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第5章 西と東の思惑
59話・大阪支社長の目的
しおりを挟む「九里峯と通じているなんて見損ないました」
「誤解だ!これには理由が」
「しかも平然と和地さんのゴハン食べて……」
「それはオレもどうかと思ったけどさ」
ひと気のない廊下に鍬沢を連れ出し、阿志雄は必死で弁解した。ざっと事情を説明された鍬沢は不服そうではあるが、とりあえず納得した。
「東京支社だけでなく本社とも業務提携ですか」
「実績もあるし、たぶんそうなると思う」
「はぁ~、よりによって九里峯と……」
もちろん阿志雄も気は進まないが、提携するかしないかは上が決定することだ。それに、尊敬する先輩である伊賀里が直々に紹介しに来たことで無視するという選択肢すら奪われた。また何か仕出かすかもしれないが、近くで見張ると考えれば何とか気持ちの折り合いもつく。
「それより穂堂さんは?今日は一緒じゃないのか」
「さっき連絡来ましたよ。昼は外に食べに行くって。大阪支社長のお供をするとかで」
「えっ!?」
車で三十分ほど走った先にある和食料理店。平日の昼間は客も疎らで、予約無しでもすんなりと席に案内された。
「このお店、五年ぶりくらいに来たけど全然変わらないわ~!」
「雰囲気のあるお店ですねぇ奏さん」
「でしょ?昔よくお父さんが連れてきてくれたのよ。ほんと懐かしいわ。ねえ?徹くん」
ひとつのメニュー表を一緒に見ながら盛り上がっている奏と佐々原を眺めながら、穂堂は小さく息をついた。
奏の希望とはいえ、昼休みにこんな離れた場所まで出てきてしまった。午後の業務に遅れが出ないか、呼び出しの電話が鳴らないか。そわそわと落ち着かない気持ちを表に出さぬように努める。
「海鮮丼も良いけど、今日はちょっと肌寒いからあったかいもの食べたいかなぁ。藍ちゃんは何にする?」
「えっ、奢りですか?それなら高いの頼んじゃおっかなー」
「いいわよ好きなの食べなさい。徹くんも」
「……はい、ありがとうございます」
下手に遠慮すると逆に面倒なことになるのは経験から分かっている。女性陣の勢いに圧され、穂堂は二人の注文したメニューと同じ価格帯の日替わり御膳を注文した。
「それで、ぶっちゃけ藍ちゃんはどう?気に入った?」
食事をしながら、奏がニヤニヤと笑いながら話し掛ける。その問いに穂堂は表情を一切変えず、少し考えてから口を開いた。
「とても優秀で、ほかの社員の皆さんからも慕われていますよ。仕事覚えも良く助かっております」
仕事面での感想を述べれば、佐々原は嬉しそうにはにかんでいるが、奏は頬を膨らませ「そうじゃなくてさぁ」とボヤいた。
彼女が何を聞きたいのか理解しているが、穂堂はそれに対して明確な答えを持たない。佐々原が嫌いなわけではない。自分のことすらままならないのに他人の人生まで背負う覚悟など無いからだ。
奏はお気に入りの部下である佐々原と結婚させることで穂堂との縁を確たるものにしようとしている。好意が下地にあるぶん断りづらい。そして、佐々原は奏の意に忠実に従う。万が一結婚したとしても彼女の最優先は奏から替わることはない。
身の置き場のない状況の中で、前回この店を訪れた時は阿志雄が一緒だったと思い出す。
同じものを食べ、とりとめのない話をして笑い合った。ふたりだけで食事をして純粋に楽しいと思えた相手は亡くなった先代社長以来かもしれない。
阿志雄ならこういう時どうするか。きっぱり断るだろうか。相手の気分を害さず、自分の意志を伝えることが出来るだろうか。少なくとも流されるだけでは終わらないはずだ。
『嫌なら嫌でいいじゃないですか。オレは穂堂さんがしたいようにすればいいと思います』
情けなく弱音をこぼした時に言われた言葉を思い出し、何かが胸に込み上げる。
目の前にいる奏や佐々原でなく、今ここに居ない阿志雄のことばかり考えてしまう。穂堂は自分がどれだけ彼を心の拠り所としているかを知った。
【大阪支社長 翁崎 奏】
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