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しおりを挟む今ピンポン鳴らなかった? 大沢の妻であろう、高い声だ。品のある、といった表現が適切か。
その姿を実際に見たことはない。だから想像に頼るしかない。この壁の向こうにいる。この一軒家の、壁の向こうに。
どんな女なのか。大沢の愛した女。今さえも愛しているのか。その髪に触れ、頬を撫でながら、一体どんな目でその目を見るのか。その唇を割って舌を求める時それはどんな音を立てるのか。
僕は勝手にインターホンを押していたのだ。今になって気づいた。女が玄関に近づいてくる気配に僕は身を翻し、近くの電柱に隠れた。
知らぬ間に僕の足は大沢のあとをつけていたのだ。そしてここにたどり着いた。そして当たり前の現実を知るのである。大沢には妻がいて、僕と同い年くらいの子供がいる、との。
子供は娘であった。一人で歩いて帰宅してきた。セーラー服だ、その顔は大沢とあまり似ていない。目が合った。それは僕をすでに知っているような目だった。急激にその頬が赤く染まった。そして彼女は小走りに僕の前を通り過ぎた。よく知った反応だ、同年代の女子達は大抵こういった反応をよこす。
あの娘と結婚すれば大沢は僕の義父になり、死ぬまで一緒なのだと、娘の背中を眺めながら一瞬そう思った。
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