上 下
5 / 8

5

しおりを挟む

 今ピンポン鳴らなかった? 大沢の妻であろう、高い声だ。品のある、といった表現が適切か。

 その姿を実際に見たことはない。だから想像に頼るしかない。この壁の向こうにいる。この一軒家の、壁の向こうに。

 どんな女なのか。大沢の愛した女。今さえも愛しているのか。その髪に触れ、頬を撫でながら、一体どんな目でその目を見るのか。その唇を割って舌を求める時それはどんな音を立てるのか。

 僕は勝手にインターホンを押していたのだ。今になって気づいた。女が玄関に近づいてくる気配に僕は身を翻し、近くの電柱に隠れた。

 知らぬ間に僕の足は大沢のあとをつけていたのだ。そしてここにたどり着いた。そして当たり前の現実を知るのである。大沢には妻がいて、僕と同い年くらいの子供がいる、との。

 子供は娘であった。一人で歩いて帰宅してきた。セーラー服だ、その顔は大沢とあまり似ていない。目が合った。それは僕をすでに知っているような目だった。急激にその頬が赤く染まった。そして彼女は小走りに僕の前を通り過ぎた。よく知った反応だ、同年代の女子達は大抵こういった反応をよこす。

 あの娘と結婚すれば大沢は僕の義父になり、死ぬまで一緒なのだと、娘の背中を眺めながら一瞬そう思った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【4話完結】好きなだけ愛しているとは言わないで

西東友一
青春
耳が聞こえず、言葉も喋れない女の子「竜崎」に恋していた。けれど、俺は彼女と会話する努力をせずに日々を過ごしていた。そんなある日、幼馴染の「桜井」から体育館裏に呼ばれ歯車が動き出す―――

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

一途に好きなら死ぬって言うな

松藤かるり
青春
私と彼、どちらかが死ぬ未来。 幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる、青春の16日が始まる―― *** 小学生の頃出会った女の子は、後に幽霊として語られるようになった。 兎ヶ丘小学校の飼育小屋には幽霊がいる。その噂話が広まるにつれ、鬼塚香澄は人を信じなくなっていた。 高校二年生の九月。香澄は、不思議な雰囲気を持つ男子生徒の鷺山と出会った。 二人は神社境内の奥で転び、不思議な場所に辿り着いてしまった。それはまもなく彼らにやってくる未来の日。お祭りで事件に巻き込まれて死ぬのはどちらかと選択を迫られる。 迷わず自分が死ぬと告げた鷺山。真意を問えば「香澄さんが好きだから」と突然の告白が返ってきた。 超マイペースの変人な鷺山を追いかけ、香澄はある事実に辿り着く。 兎ヶ丘町を舞台にはじまる十六日間。 幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる最終日。二人が積み上げた結末とは。

水着の下にTシャツって、そそる!

椎名 富比路
青春
pixivお題「Tシャツ」より

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

ペア

koikoiSS
青春
 中学生の桜庭瞬(さくらばしゅん)は所属する強豪サッカー部でエースとして活躍していた。  しかし中学最後の大会で「負けたら終わり」というプレッシャーに圧し潰され、チャンスをことごとく外してしまいチームも敗北。チームメイトからは「お前のせいで負けた」と言われ、その試合がトラウマとなり高校でサッカーを続けることを断念した。  高校入学式の日の朝、瞬は目覚まし時計の電池切れという災難で寝坊してしまい学校まで全力疾走することになる。すると同じく遅刻をしかけて走ってきた瀬尾春人(せおはると)(ハル)と遭遇し、学校まで競争する羽目に。その出来事がきっかけでハルとはすぐに仲よくなり、ハルの誘いもあって瞬はテニス部へ入部することになる。そんなハルは練習初日に、「なにがなんでも全国大会へ行きます」と監督の前で豪語する。というのもハルにはある〝約束〟があった。  友との絆、好きなことへ注ぐ情熱、甘酸っぱい恋。青春の全てが詰まった高校3年間が、今、始まる。 ※他サイトでも掲載しております。

処理中です...