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土下座と「ただいま」
七十七、
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部屋に充満する良い匂いで目が覚めた。
(料理の匂い……。)
そう気付いた時、一瞬のうちに意識が覚醒してガバッと起き上がると、その拍子に胸元から「ぴゃっ」という鳴き声が聞こえてきた。寝ている時に俺の上に乗っていたらしいテテがバランスを崩してこけたのを見て慌てて声をかける。
「テテ!ごめんね、びっくりしたね!」
俺の声にテテは大丈夫というように元気良く「ぴゃー!」と鳴いて腕をつたって肩に乗った。頬に擦り寄るテテの行動が懐かしいと思うと同時に、昨夜の衝撃が去った今嬉しさよりも戸惑いの方が強く感じる。
(まだ信じられない。テテがいる……。)
昨夜のことは夢ではなかった。窓をコツン、コツンと控えめに叩く音も窓の外にテテがいて開けた瞬間に飛びついてきたことも、全て現実だった。
(なんでここに……帰ったはずじゃ……。)
もしかして帰れなかったのだろうか。満月の夜だけ帰ることができると言っていたが、時間も関係あったとか。結構遅い時間まで一緒にいてくれたし、以前のようにまたポカやらかしてうっかり帰りそびれたのかもしれない。
一人思案していると、台所からある気配を感じた。それが誰なのかはもちろん分かっている。
気配のする方へ視線を向けて、その名前を呼んだ。
「ケリー」
昨日の今日で、その声は少し震えてしまう。途中から謝まってくれたし、怖いわけでは無くもう突然あんな様子になること無いだろうが少し緊張してしまう。
ところが、俺がケリーに視線を向けてもその顔を見ることはできなかった。なぜなら、
「本当に申し訳ありませんでした」
それはもう日本人顔負けの美しい土下座で丁寧に謝られたから。(頭を下げた瞬間床がゴンって鳴ったから結構すごい勢いだと思う。)緊張感は瞬く間に霧散していき、なんだか気が抜けた。
「……」
色々と言いたいことはある。しかし、寝起きで頭がまわっていないのと、ありすぎて何から言えば良いか分からなかったから肩に乗るテテを撫でつつ、
「あー……うん」
と曖昧に頷いた。頷きながら(そういえば日本人の姿してるな。)とぼんやりと思った。
「歯磨いてくる」
「はい」
土下座のまま顔をあげないでいるケリーに伝えて、床に足をつけて立ち上がると体の変化にすぐに気付く。
(体、軽い。)
肩こりも頭痛も、気怠さも無い。疑問は残りつつも懐かしい感覚に僅かに浮き足だった。
「おじや?」
「うん」
歯を磨き制服に着替えてテーブルにつくとケリーが朝ごはんを持ってきてくれた。しかし、テーブルに置かれた料理を見て疑問の声をあげる。
「なんでおじや?」
「おじや苦手?」
「苦手では無いけど……」
苦手では無いが病人みたいじゃないか?と言いそうになるところを(まあ、作ってくれたんだし。)と口を噤む。
茶碗によそわれた玉子入りのおじやは温かな湯気とともに出汁の優しい香りを漂わせていた。見ているとお腹が空いてきて疑問はどうでもよくなってくる。以前と同じ場所にケリーとテテが座る。(テテは恐らく味付けしてないおじや。)
「いただきます」
「いただきまーす!」
「ぴゃー!」
三人で手を合わせて、おじやを食べ始めた。久しぶりに食べるケリーの手料理は美味しく、心が綻んでいくのを感じた。
食べ終わって一息ついた頃に漸くケリーに疑問をぶつける。
「帰れなかったの?」
前の満月の夜に帰ったのでは無かったのか。行き来できるのは満月の時だけじゃ無かったのか。もしかしてまた帰りそびれたのだろうか……先程浮かんだ考えが頭の中を巡る。また一ヶ月は一緒にいることができるのかと少し期待してケリーの言葉を待った。
だが、
「帰らなかった」
「え?」
「この一週間、ずっと日本にいた」
呆気にとられて何も言えなかった。
(「帰らなかった」?)
ということはケリーの意思でそうしたということか。
意味が分からない。だってケリーはただ日本に旅行に来ていただけのはずだ。そろそろ帰ろうと思った時には満月の日が過ぎていて帰りそびれてしまったけど帰る意思はあったはずだし、待っている人もいるはずなのに。
それなのに、なぜ?と考え込んでいるとケリーは優しく微笑んで、言った。
「俺、清飛に日本には旅行に来たって言ったでしょ」
「え、うん」
「あれ半分は本当。半分っていうか、理由の一つかな。大きな理由はもう一つあって」
「もう一つ?」
テテが俺に向かって「ぴゃ!」と手をあげる。まるで「一つ!」と言っているみたいに。この様子を見ると、テテもケリーが帰らなかった選択を肯定しているように見えた。
テテに向かって手を伸ばすと駆け寄ってきて掌の上にのった。反対の手で頭を撫でる。
「いいなぁ、テテ」
「何が?……って、それよりももう一つの理由聞かせて」
「そうだね」
一呼吸置いて、ケリーは言った。
「人間の世界に移住しようかなって思って、その場所を探しにきたんだ。これまで何回か人間の世界には来てたけど、今回はたまたま日本だった。それであの日、清飛に会った」
(料理の匂い……。)
そう気付いた時、一瞬のうちに意識が覚醒してガバッと起き上がると、その拍子に胸元から「ぴゃっ」という鳴き声が聞こえてきた。寝ている時に俺の上に乗っていたらしいテテがバランスを崩してこけたのを見て慌てて声をかける。
「テテ!ごめんね、びっくりしたね!」
俺の声にテテは大丈夫というように元気良く「ぴゃー!」と鳴いて腕をつたって肩に乗った。頬に擦り寄るテテの行動が懐かしいと思うと同時に、昨夜の衝撃が去った今嬉しさよりも戸惑いの方が強く感じる。
(まだ信じられない。テテがいる……。)
昨夜のことは夢ではなかった。窓をコツン、コツンと控えめに叩く音も窓の外にテテがいて開けた瞬間に飛びついてきたことも、全て現実だった。
(なんでここに……帰ったはずじゃ……。)
もしかして帰れなかったのだろうか。満月の夜だけ帰ることができると言っていたが、時間も関係あったとか。結構遅い時間まで一緒にいてくれたし、以前のようにまたポカやらかしてうっかり帰りそびれたのかもしれない。
一人思案していると、台所からある気配を感じた。それが誰なのかはもちろん分かっている。
気配のする方へ視線を向けて、その名前を呼んだ。
「ケリー」
昨日の今日で、その声は少し震えてしまう。途中から謝まってくれたし、怖いわけでは無くもう突然あんな様子になること無いだろうが少し緊張してしまう。
ところが、俺がケリーに視線を向けてもその顔を見ることはできなかった。なぜなら、
「本当に申し訳ありませんでした」
それはもう日本人顔負けの美しい土下座で丁寧に謝られたから。(頭を下げた瞬間床がゴンって鳴ったから結構すごい勢いだと思う。)緊張感は瞬く間に霧散していき、なんだか気が抜けた。
「……」
色々と言いたいことはある。しかし、寝起きで頭がまわっていないのと、ありすぎて何から言えば良いか分からなかったから肩に乗るテテを撫でつつ、
「あー……うん」
と曖昧に頷いた。頷きながら(そういえば日本人の姿してるな。)とぼんやりと思った。
「歯磨いてくる」
「はい」
土下座のまま顔をあげないでいるケリーに伝えて、床に足をつけて立ち上がると体の変化にすぐに気付く。
(体、軽い。)
肩こりも頭痛も、気怠さも無い。疑問は残りつつも懐かしい感覚に僅かに浮き足だった。
「おじや?」
「うん」
歯を磨き制服に着替えてテーブルにつくとケリーが朝ごはんを持ってきてくれた。しかし、テーブルに置かれた料理を見て疑問の声をあげる。
「なんでおじや?」
「おじや苦手?」
「苦手では無いけど……」
苦手では無いが病人みたいじゃないか?と言いそうになるところを(まあ、作ってくれたんだし。)と口を噤む。
茶碗によそわれた玉子入りのおじやは温かな湯気とともに出汁の優しい香りを漂わせていた。見ているとお腹が空いてきて疑問はどうでもよくなってくる。以前と同じ場所にケリーとテテが座る。(テテは恐らく味付けしてないおじや。)
「いただきます」
「いただきまーす!」
「ぴゃー!」
三人で手を合わせて、おじやを食べ始めた。久しぶりに食べるケリーの手料理は美味しく、心が綻んでいくのを感じた。
食べ終わって一息ついた頃に漸くケリーに疑問をぶつける。
「帰れなかったの?」
前の満月の夜に帰ったのでは無かったのか。行き来できるのは満月の時だけじゃ無かったのか。もしかしてまた帰りそびれたのだろうか……先程浮かんだ考えが頭の中を巡る。また一ヶ月は一緒にいることができるのかと少し期待してケリーの言葉を待った。
だが、
「帰らなかった」
「え?」
「この一週間、ずっと日本にいた」
呆気にとられて何も言えなかった。
(「帰らなかった」?)
ということはケリーの意思でそうしたということか。
意味が分からない。だってケリーはただ日本に旅行に来ていただけのはずだ。そろそろ帰ろうと思った時には満月の日が過ぎていて帰りそびれてしまったけど帰る意思はあったはずだし、待っている人もいるはずなのに。
それなのに、なぜ?と考え込んでいるとケリーは優しく微笑んで、言った。
「俺、清飛に日本には旅行に来たって言ったでしょ」
「え、うん」
「あれ半分は本当。半分っていうか、理由の一つかな。大きな理由はもう一つあって」
「もう一つ?」
テテが俺に向かって「ぴゃ!」と手をあげる。まるで「一つ!」と言っているみたいに。この様子を見ると、テテもケリーが帰らなかった選択を肯定しているように見えた。
テテに向かって手を伸ばすと駆け寄ってきて掌の上にのった。反対の手で頭を撫でる。
「いいなぁ、テテ」
「何が?……って、それよりももう一つの理由聞かせて」
「そうだね」
一呼吸置いて、ケリーは言った。
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