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六十七、杉野清飛
しおりを挟む祖母と一緒に救急車に乗って病院に向かった。俺の手はずっと震えていて、検査している間に祖母が呼んだ美恵子さんの姿を見た瞬間、思わず傍に駆け寄った。美恵子さんはぎゅっと俺を抱きしめてくれた。
検査の結果、祖父は命に別状はなく手術も必要無かった。点滴を打ったあとはケロリとしていて、俺と祖母の手を握りながら「心配かけたな」と申し訳無さそうにしていた。
「本当に心配したわ。寿命が縮まるかと思った」
そう言って祖母はコロコロ笑って、先程までとはうってかわって穏やかな時間が流れていたが俺の心は曇ったままだった。祖父は大事をとって、数日間入院するらしく、祖母に付き添ってもらって俺と美恵子さんは必要なものを取りに車で祖父母の家に向かうことになった。
「あんたはもう家にいなさい」
「え?」
祖父母の家に行くのだと思っていた車は、なぜか家に着いた。不思議に思っていると、美恵子さんからそのように言われてもう一度病院に行くつもりでいた俺は反射的に聞き返した。
「なんで?」
「酷い顔してるわよ。家で休みなさい」
「そんなこと……」
祖父が大丈夫だと知って、一応気持ちの整理はついていた。それほど酷い顔をしているとは思っておらず、首を傾げていると運転席に座っている美恵子さんが助手席にいる俺をぎゅっと抱きしめた。
「仁も早く帰ってくるから、大丈夫だからね」
心配そうな美恵子さんの様子を不思議に思ったが、頷いて車から降りた。家の中に入り、廊下を歩いていると突然足元がふわっとして驚いてしゃがみ込んだ。
え……と思った瞬間、体が震えているのに気づいた。同時に、信じられない程の恐怖が沸き上がってくる。
(え、なんで……。)
壁に凭れ掛かり、自身を抱くようにぎゅっと縮こまる。いきなり襲ってきた恐怖が信じられなくて、頭の中はパニックになり嫌だ嫌だど、悲鳴をあげ続けた。
(おじいちゃん、大丈夫なのに……なのに……。
怖い、いなくならないで……)
自分の中の、幼い自分が声をあげる。
(ああ、そっか……思い出したんだ。)
祖父が母と同じように、突然いなくなるかと思った。もう話すことはできず、冷たい氷のような存在になってしまうと。
美恵子さんと母の違いに寂しさを感じても、悲しみで何も手につかないということはもう無かったから一応は克服できたと思っていた。
しかし、それは間違いだった。一度、何かきっかけがあればすぐに誰かがいなくなる恐怖を思い出してしまう。それもふんわりとした記憶では無く、明確なトラウマとして。
(これから、俺はずっとこんな爆弾を抱えて生きていくのだろうか。)
こんな思いをするくらいなら、もういなくなってしまいたい。母が亡くなった時、幾度となくそう思った。時間が経つにつれて、美恵子さん達のおかげて克服したと思っても結局はこうだ、と絶望してしまいそうになる。今も体の震えは止まらなくて、ここからどうやって気持ちを落ち着かせたら良いのかが分からない。
「……清飛くん?」
突然聞こえた声に顔をあげると、リビングに通じるドアから大翔の姿が見えた。
「なんで座ってるの?こっち来て、暖かいよ」
大翔が不思議そうにしながらも傍に来てくれた。俺は情けないけど、大翔の顔を見て言葉にできない程安堵した。
傍に来てくれた大翔に腕を伸ばして、ぎゅっと抱きしめる。腕から大翔の、生きている人の温もりを感じて安心感を抱いた。
「清飛くん?どうしたの?」
「ごめん、ちょっと……」
「泣いてるの?」
体の緊張が緩むと、自然と涙が頬を伝った。急に抱きついてきた兄に驚いても、振り解かないでいてくれたことに感謝し、情けない兄で申し訳ないと心の中で謝った。
「大丈夫だよ!僕がいるもん!」
「……ありがとう」
小さな大翔に励まされるなんて恥ずかしい。しかし、一人で耐えることはできなかった。
暫くして、大翔に手を引かれてリビングのソファに座った。リビングは暖かいのだが、「清飛くん寒いよね!」と言ってブランケットをかけられ、お湯で溶かすタイプのコーンスープを作ってくれた。
マグカップに入ったコーンスープを飲んでいると、仁さんが帰ってきた。傍に来てくれて頭を撫でられると、また泣きそうになってしまった。二人がいてくれたことで気持ちは落ち着き、一先ずは安心することができた。
しかし、祖父が倒れたことは俺にとって大きな傷となってしまった。
(そういえば、今日は清水の試合だったな。)
土曜日の夕方、ベッドに横になりながら重たい頭で思い出した。二日もずっとベッドにいると、ここが自分の住処のように思えてくる。
昨日から一夜明けると、まだ微熱はあるものの身体は随分楽になっていた。バイト先に連絡すると「土日もしっかり休みんさい」と言われたので、お言葉に甘えることにした。
(試合、どうだったんだろ。それともまだやってるのかな。)
気にはなるが、スマホを触るのも面倒だった。一応食事はとっておいた方が良いだろうと起き上がり、ふらふらとした足取りで冷蔵庫に向かった。
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