陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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さよならの前のふんわりパン

五十三、

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「今日はたくさんパン食べようね」
「ぴゃ!」
「うん、楽しみだね」

テテが嬉しそうな反応をしてくれたので安心する。

(でも、あれだな。ドライイースト一箱買ってきても使い切れない……。)

ケリーとテテがいなくなった後に使うことなんてあるのだろうか。明日帰る時に持って帰ってもらうか、もしくは気が向いた時に一人で作ってみるか。ホームベーカリーの存在すら忘れていたが、一度箱から出すと使いたくなってくる。趣味らしい趣味も無いし、これを機に料理を始めてみても良いかもしれない。

(何はともあれ、今日上手く作れるかどうかだな。)

早く帰ってこないかなと、テテと二人でケリーの帰りを待った。

 
 「ただいまー!」
「おかえり……なんか色々買ってない?」

 暫くして、ケリーが帰ってきた。ドライイーストだけかと思いきや、何やら色々と買い込んでいる。

「パンに塗るジャムとかも買ってきた!作ろうかなとも思ったけど」
「そっか。確かに無くなってたね。ありがと」
「好きなの塗って食べようね!」
「ピーナッツバターだ。久しぶりに食べる」

買ってきてくれた物を一度冷蔵庫に入れて、漸くパン作りにとりかかった。といっても、材料をホームベーカリーに入れてボタンを押すだけなので、すぐに終わりそうだ。このアパートだと二人でキッチンに立つと狭いので、テーブルの上で計量をしてバターはケリーが切ってくれた。なんてことのない作業だが、二人で何かを作るのは初めてで楽しい。

「よし!材料全部入った!」
「うん」
「設定も大丈夫そうだね!」
「ぴゃ!」
「じゃあ清飛、スイッチ押してくれる?」
「うん」

ピッとボタンを押すと液晶に焼き上がりまでの時間が表示された。十四時過ぎに出来上がりで、早めのおやつになりそうだ。

「焼き上がりが楽しみ!」

ワクワクして、暫くみんなで眺めていたが、当然だが何も変化は無いのでホームベーカリーにそっとエールを送りながら目を離した。

「便利な機械があるねー!こんなに簡単にパン作りできるんだ」
「そっちの世界には無いの?」
「あるにはあるけど、一から作るのを楽しむ吸血鬼が多いからね」
「なるほど」
「うん、かまどから作る」
「……なるほど」

酵母からかなと思っていたが、まさかの調理器具(?)からだった。吸血鬼は寿命が長いし、時短よりも手が込んだものを作る方が好きなのかなと勝手に納得する。ケリーがむこうで働いているというお店もそんな感じなんだろうか。

「そういえば、ケリーって仕事休んでこっち来てるんだよね。こんなに長く休んで大丈夫なの?」
「ん?問題無いよ。自分の店だから。一人でやってたし」
「あ、雇われじゃなかったんだ」

一ヶ月一緒に暮らしていたのに新事実だった。料理人として働いていたとしか知らなかったので、まさか自分の店だとは思わなかった。

「お店の名前なに?」
「ケリー食堂!」
「そのまんまだね」
「ちゃんと春夏冬中あきないちゅうって札もぶら下げてたよ!」
「それやってるとこ直接見たことないんだけど」
「え、ほんと?」

「だから全然見なかったのか……」と半ばショックを受けているケリーに日本の文化好きなんだなぁと感心してしまった。

「でも、尚更いいの?二ヶ月間くらいお店閉めて客足遠のいたりとか」
「貯金はあるし大丈夫!それに、こっちは自由だから。生きる為に働くけど、お金貯めたあとは旅に出るなりのんびり過ごすなり色んな生き方してる。働くのがしんどくなったら休むなり辞めて友達と一緒に働くなり、みんなそんな感じだから」
「ああ、そっか。そっちは色々と自由だったね」

ケリーの話を聞いて楽しそうだなと、羨ましいとも少し思った。だけど、同時に俺には無理そうだとも。公な求人票など無いのだろうし、お金を稼ぐ手段を得る為には自分から動かなければいけないということだ。何もやる気も無くて、面倒くさがりな俺だったらどうしたら良いのか分からず路頭に迷うだろう。自由っていうのは何をしても良いということだけど、その分生きる為の力が無いと生活できないのだと気付き、吸血鬼の世界が少し怖くなった。
 だけど、話しているケリーは楽しそうでその差に少し寂しくなってしまう。

(やっぱり、ケリーは向こうの生活の方が合っているんだ。俺とは違う。)

最初から引き留めようとなんて思っていなかったが、違う種族なのだと実感してしまって何度目かも分からない悲しみが襲ってきた。だが、しっかり話せる時間はもうあまり無いのだとその気持ちを払拭する。

(ダメだ。穏やかに。暗い気持ちになってしまったら、嫌な思い出が残ってしまう。)
「というか、ケリーはなんで料理を始めたの?何かきっかけってあった?」

話題を逸らし、素朴な疑問をケリーにぶつけた。

「まだ小さい時だったなぁ。信じられないかもしれないけど、俺すっごく大人しい子だったんだよ」


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