陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
50 / 89
お別れまでの日々

五十、

しおりを挟む
 教師って大変だなと、当たり前のことを改めて思った。色んな生徒の相手をして、担任になるとその生徒の未来の一助となる役割も担わなきゃいけないし、俺みたいな奴に根気強く接しなきゃいけない。しかも一人ではなく、同時に何人も。

(やっぱ、早めに決めた方がいいのか。)

前向きとかではなくあくまでも、滝野の負担を軽くする為に遠ざけていた悩みに目を向けようと思った。
 


 「お疲れ様です」
「おお、遅かったね。忙しかったかい?」
「また呼び止められて、すみません」
「いいのいいの、三年生ともなると色々大変だろうしね」

ほこほことした笑みを浮かべる店長に出迎えられる。岡本書店に来る時間がいつもより三十分ほど遅くなってしまったが、いつものように大らかで怒っている様子は無かった。

「杉野くん、少し落ち着いたように見えるね」
「え?」
「昨日上の空だったから心配しとったんだ。なかなか本調子という訳ではないようだが、昨日よりかは落ち着いているように見えるよ」
「……はい、心配かけました」

そういえば昨日のバイトの記憶もあまりないと、今になって思う。一日の中でも店長と顔を合わせる時間は短いが、期間でいうともう二年もここでお世話になっているし様子が違うと心配されるのも無理は無い。しかもここ最近は、母の命日のこともあり落ち込んでいる日もあった。その日を穏やかに過ごせたことで、もう大丈夫だと思っていたところだったが、昨日ケリーが帰ってしまうことを思い出し動揺していたことで、余計に気にされたのだろう。今は一応心の整理はついているし、落ち着いてると言われるのもわかる。

「もう大丈夫です」

 これ以上、心配をかける訳にはいかないと思ってそう言った。店長の優しさに甘えないように、いちいち感情を表に出さないようにしようと。
 それに、ケリーとの別れの日を意識したその翌日に「落ち着いてる」と言われて少しホッとする気持ちがあった。そのように見えているのなら、もうこれ以上落ちることはないかもしれない。

(寂しさはあるけど、大丈夫なのかもしれない。)

 一ヶ月前の日常に戻るだけなのだ。二年間送っていた日々に戻るだけ。それなのに何故、あれほどまで動揺して寂しくなっていたのだろうと今更自分が馬鹿らしくなった。
 心が軽くなったような気がして、体の力が抜けた。頭の中の霧が晴れたような気分にもなった。


 それはきっと「諦め」によるものだと、その時の俺は気付かなかった。軽くなった心と対照的に、胸の中に巣食う息苦しさは見ないようにしていた。



 
 「ぴゃー!!」
「おかえり、清飛!」
「ただいま。テテ、ケリー」

玄関までテテが出迎えてくれた。いつものことで嬉しくてホッとした。テテを見てると癒されるし、ケリーがいると安心感に満たされる。温かい空間だが、これが無くなるのは仕方のないことなのだと自分を納得させた。

(お別れの日までは、ケリーとテテに甘えよう。)

 残された日を穏やかに過ごそうという思いは変わらない。だが、甘えるのはこれが最後にしようと決めた。
 
 (清水にも滝野にも甘えないようにちゃんと自分のことは決めよう。結局、大学行くことになるから美恵子さん達に負担がかかるのは否めないけどそれが望みなのならそうしよう。その代わり、来年からはもっとしっかりバイトして、せめて一人暮らしのお金は自分で賄えるようにしよう。滝野との話で気づいたが、奨学金という手もある。負担をかけることばかり気にしていたが、減らせることもできるはずだ。)

 「清飛?どうしたの?」

ケリーが顔を覗き込んでくる。心配そうな表情だ。

「いや、なんでもない。今日の晩ごはんなに?」
「そっか……肉じゃがにした!カレー作った時の材料余ってて」

何か言いたげなケリーに気付かないふりをして、「嬉しい、肉じゃが」と口元に笑みを浮かべた。ベッドを背に座り込むと、膝の上にのってきたテテの背中を優しく撫でた。



 それから、ケリーと暮らし始めてからの変わり映えのない日常を過ごした。アパートにいる間はケリーとテテに甘え、外に出ると心に蓋をするように周囲の人と接して余計な心配をかけないように努めた。清水がずっと何か言いたそうにしていたが、昼休憩は平田がいるしその話題に触れることがないまま時が流れた。しかし、気にかけてくれていた清水に何も伝えないのも悪い気がしたし、俺のことで気を揉んでほしくなくて大会前の金曜日、移動教室の際に廊下で、

「もう大丈夫。心配かけてごめん」

と一言だけ伝えた。僅かに驚いた顔の清水を置いて、先に教室に向かった。言い逃げのようなってしまったが、深刻さは出さないように軽い感じで言ったので懸念材料が減ってくれてたら良いと身勝手かもしれないがそう思った。
 土曜日はバイトで、岡本書店で一日を過ごした。本を棚に並べ終えたあとは読書に没頭して時間を忘れ、その日を終えた。

 そして、日曜日。明日の夜にケリーとテテは帰っていく。一日一緒に過ごせるのはこの日が最後だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...