陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
上 下
50 / 87
お別れまでの日々

五十、

しおりを挟む
 教師って大変だなと、当たり前のことを改めて思った。色んな生徒の相手をして、担任になるとその生徒の未来の一助となる役割も担わなきゃいけないし、俺みたいな奴に根気強く接しなきゃいけない。しかも一人ではなく、同時に何人も。

(やっぱ、早めに決めた方がいいのか。)

前向きとかではなくあくまでも、滝野の負担を軽くする為に遠ざけていた悩みに目を向けようと思った。
 


 「お疲れ様です」
「おお、遅かったね。忙しかったかい?」
「また呼び止められて、すみません」
「いいのいいの、三年生ともなると色々大変だろうしね」

ほこほことした笑みを浮かべる店長に出迎えられる。岡本書店に来る時間がいつもより三十分ほど遅くなってしまったが、いつものように大らかで怒っている様子は無かった。

「杉野くん、少し落ち着いたように見えるね」
「え?」
「昨日上の空だったから心配しとったんだ。なかなか本調子という訳ではないようだが、昨日よりかは落ち着いているように見えるよ」
「……はい、心配かけました」

そういえば昨日のバイトの記憶もあまりないと、今になって思う。一日の中でも店長と顔を合わせる時間は短いが、期間でいうともう二年もここでお世話になっているし様子が違うと心配されるのも無理は無い。しかもここ最近は、母の命日のこともあり落ち込んでいる日もあった。その日を穏やかに過ごせたことで、もう大丈夫だと思っていたところだったが、昨日ケリーが帰ってしまうことを思い出し動揺していたことで、余計に気にされたのだろう。今は一応心の整理はついているし、落ち着いてると言われるのもわかる。

「もう大丈夫です」

 これ以上、心配をかける訳にはいかないと思ってそう言った。店長の優しさに甘えないように、いちいち感情を表に出さないようにしようと。
 それに、ケリーとの別れの日を意識したその翌日に「落ち着いてる」と言われて少しホッとする気持ちがあった。そのように見えているのなら、もうこれ以上落ちることはないかもしれない。

(寂しさはあるけど、大丈夫なのかもしれない。)

 一ヶ月前の日常に戻るだけなのだ。二年間送っていた日々に戻るだけ。それなのに何故、あれほどまで動揺して寂しくなっていたのだろうと今更自分が馬鹿らしくなった。
 心が軽くなったような気がして、体の力が抜けた。頭の中の霧が晴れたような気分にもなった。


 それはきっと「諦め」によるものだと、その時の俺は気付かなかった。軽くなった心と対照的に、胸の中に巣食う息苦しさは見ないようにしていた。



 
 「ぴゃー!!」
「おかえり、清飛!」
「ただいま。テテ、ケリー」

玄関までテテが出迎えてくれた。いつものことで嬉しくてホッとした。テテを見てると癒されるし、ケリーがいると安心感に満たされる。温かい空間だが、これが無くなるのは仕方のないことなのだと自分を納得させた。

(お別れの日までは、ケリーとテテに甘えよう。)

 残された日を穏やかに過ごそうという思いは変わらない。だが、甘えるのはこれが最後にしようと決めた。
 
 (清水にも滝野にも甘えないようにちゃんと自分のことは決めよう。結局、大学行くことになるから美恵子さん達に負担がかかるのは否めないけどそれが望みなのならそうしよう。その代わり、来年からはもっとしっかりバイトして、せめて一人暮らしのお金は自分で賄えるようにしよう。滝野との話で気づいたが、奨学金という手もある。負担をかけることばかり気にしていたが、減らせることもできるはずだ。)

 「清飛?どうしたの?」

ケリーが顔を覗き込んでくる。心配そうな表情だ。

「いや、なんでもない。今日の晩ごはんなに?」
「そっか……肉じゃがにした!カレー作った時の材料余ってて」

何か言いたげなケリーに気付かないふりをして、「嬉しい、肉じゃが」と口元に笑みを浮かべた。ベッドを背に座り込むと、膝の上にのってきたテテの背中を優しく撫でた。



 それから、ケリーと暮らし始めてからの変わり映えのない日常を過ごした。アパートにいる間はケリーとテテに甘え、外に出ると心に蓋をするように周囲の人と接して余計な心配をかけないように努めた。清水がずっと何か言いたそうにしていたが、昼休憩は平田がいるしその話題に触れることがないまま時が流れた。しかし、気にかけてくれていた清水に何も伝えないのも悪い気がしたし、俺のことで気を揉んでほしくなくて大会前の金曜日、移動教室の際に廊下で、

「もう大丈夫。心配かけてごめん」

と一言だけ伝えた。僅かに驚いた顔の清水を置いて、先に教室に向かった。言い逃げのようなってしまったが、深刻さは出さないように軽い感じで言ったので懸念材料が減ってくれてたら良いと身勝手かもしれないがそう思った。
 土曜日はバイトで、岡本書店で一日を過ごした。本を棚に並べ終えたあとは読書に没頭して時間を忘れ、その日を終えた。

 そして、日曜日。明日の夜にケリーとテテは帰っていく。一日一緒に過ごせるのはこの日が最後だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

煌めくルビーに魅せられて

相沢蒼依
BL
バイト帰りにすれ違った人物に、いきなり襲われて―― バイトを掛け持ちして大学に通う片桐瑞稀。夜遅くの帰宅途中に、意外な人物に出会ったのがはじまりだった。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

【Rain】-溺愛の攻め×ツンツン&素直じゃない受け-

悠里
BL
雨の日の静かな幸せ♡がRainのテーマです。ほっこりしたい時にぜひ♡ 本編は完結済み。 この2人のなれそめを書いた番外編を、不定期で続けています(^^) こちらは、ツンツンした素直じゃない、人間不信な類に、どうやって浩人が近づいていったか。出逢い編です♡ 書き始めたら楽しくなってしまい、本編より長くなりそうです(^-^; こんな高校時代を過ぎたら、Rainみたいになるのね♡と、楽しんで頂けたら。

処理中です...