陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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さよならの前のふんわりパン

五十一、

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 「別に出かけてもいいのに」
「やだ!清飛と一緒に過ごす!」

ケリーが帰る日の前日、珍しく俺は休日にしては早く起きてケリーとテテも一緒に朝食をとっていた。今日は和食で、ごはんとお味噌汁と鮭の塩焼き、テテはキウイを食べていて時々酸っぱそうな顔をしている。
 ケリーにとってここで暮らすのは明日までで、貴重な一日をこんな何もないアパートで過ごすのは退屈だろうと外出を勧めたのだが、本人に出かける気は無いようだった。俺も出かける予定は無いし、テテのことは気にしなくても良いと言ったのだが(やはりお留守番は寂しかったらしく、お墓参りの次の日はずっとケリーか俺にくっついていた)、俺と一緒に過ごすと一点張りだった。

(それなら一緒に出かけるか……いや、面倒くさい。)

一瞬だけ二人で出かけようかという考えが頭を掠めたが、すぐに却下した。出かけるのが面倒というよりも、一緒に歩いているとケリーはよく声をかけられるとこの前の墓参りの時に知った。別に仲良くしているのは良いのだが、見ているとなんとなく疎外感を感じているような気がして寂しい気持ちになってしまう……というなんとも子供じみた理由で億劫に感じていた。

「暇じゃない?ここにいて」
「暇じゃないよ!それに、清飛が学校とかバイト行ってる間出かけてるし、今日はゆっくり過ごしたい」
「そういえばそうか」

妙に納得して、頷く。ケリーにとっては何気ない日常の一つなのだろう。明日帰ることも本人にとってはさして重大なことでもないのかもしれない。俺が学校から帰ってくるような、そんな日常ことのように。

(寂しいって思ってるの、俺だけなのかな?まあ……厄介ごとから解放されるんだから思う訳ないか。)

それでも、少しの情は無いだろうかと心がチクリと痛んだ。

「ぴゃ!」
「テテ?どうしたの?……おかわり?」

いつの間にかテテはキウイを食べ終えていて、しかもケリーに空の皿を差し出していた。酸っぱそうな顔をしていても、好きな味だったみたいだ。

「一玉あげたんだけどね。俺が何個か買ってきたの見てたみたい」
「じゃあまだあるんだ」
「うん。半分だけあげようかな」

ケリーが立ち上がって、テテの皿を手に持った。それを見て、あれ?と首を傾げる。

(テテの皿ってあんな色だったっけ?)

縁が黄色のその皿は、ずっと使っていたものとよく似た色なのだが、少し色が薄いように見えた。しかし、あくまでも、そのように見えたというだけで確信はもてず、気のせいだと言われても頷けるようなそんな違和感だった。
 気になって考えていたが、キウイを用意するケリーを見るテテの後ろ姿がワクワクしているようで可愛くて(まあ、いいか。)とその様子を眺めていた。

(テテの後ろ姿、丸っこい。)

その背中を見るのも最後になると、目に焼き付けるようにじっと見つめた。ケリーとテテがアパートに来てから、触ったり撫でたりしない日は無く、見ているだけでその感触が分かる。だが、リスよりも一回り大きいテテが床に座ると、今日はその色も相まってふっくらとした柔らかなパンのようにも見えた。

(あ、そういえば……。)

テテの背中を見てふと思い出したことがあり、戻ってきたケリーに言う。

「パン焼かない?」
「いきなりどうしたの?」

キウイをテテの前に置きながら、驚いた表情のケリーが言う。流石に脈絡が無さすぎたと反省しながら、そう言った理由を話した。

「アパートに引っ越してくる時に美恵子さんが揃えた家具の中に何故かホームベーカリーがあって。大して料理もしない俺が作る訳もないし箱から出さないまま仕舞い込んでるのを今思い出した。」
「え!すごい!いいね、作ろうよ!」

ケリーも乗り気になり、何も予定が無かった一日は急遽パンを作ることになった。残りの朝ごはんを食べ終え、片付けをするケリーを横目にホームベーカリーを仕舞い込んでいるロフトへの梯子を登る。ロフトは今の時期だと冬物の服を置いてたり、使う頻度の少ない(無い)家具を置いてたり、あと、少しだけ母の形見を置いていたりする。あまり登ることはないので、どこに置いてあったかを忘れてしまって暫く探した。

「清飛ー、あった?」
「確かこの辺に……あった」

五分ほど探して目当ての物が見つかり、手に持って梯子の元に戻った。あまり大きくは無いのだが、意外と重い。

「大丈夫?先に貰うよ」
「うん、ありがと」
「結構重いね!」

梯子の上から下にいるケリーにホームベーカリーを渡して、テーブルの上に置くのを見届けてから梯子に足をかけて降りていく。
 だが、慣れない梯子に一段足を踏み外してしまい少しぐらついてしまった。

「うわっ」

咄嗟に梯子をギュッと掴む……その直後、背中に固い感触と抱え込まれるような感覚があった。

「びっくりした……!大丈夫?怪我はない?」

背後からケリーの焦ったような声がした。固い感触はケリーの胸板で、落ちそうになっていたところを支えるように、抱きしめられているような態勢になっていること気付いた。

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