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お別れまでの日々
四十八、
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「好きっていうか……」
「どんな人なの?」
「おっとり、マイペース、ぼんやりしてる」
「……本当にタイプ違う」
遠目から見るだけだったが、平田と一緒にいる女子はみな派手目で少々キツめな性格だったはずだ。大人しそうな人と好んで話している印象は薄い。
俺の反応を見かねてか、清水が言う。
「俺と平田が一年の時のバレー部部長の妹さん。濱谷先輩とは対照的にぽやっとしてる」
「ああ、先輩ってあの人か」
「杉野知ってるんだ」
「あの人知らない人いないでしょ」
どこで出会ったのだろうと疑問に思ったが、その言葉で腑に落ちた。深い交流があった訳では無いが、その先輩の姿はすぐに頭に浮かぶ。四階の教室にいても時々校庭からの声が聞こえてくるようくらい元気な先輩で、ちょっとした有名人だった。名前を知らなくても「元気な先輩」か「優しい先輩」と言えば話が通じる。しかし、話を聞く限り兄妹でそこまで性格が違うのかと上手く想像できなかった。
「今年入学して、部室に挨拶に来てくれたんだけどその時平田いなくて。それから暫くして二人が話してるの見てたらピンときた」
「まだそんなに話してないんだけど。最初に見たのいつ?」
「生物学室の前のメダカの水槽見てる時」
「めっちゃ前じゃん」
「そう?先々週くらいじゃない?」
「その間部活で会ってたのに何も言わなかったし」
「人の恋路はそっと見守る人です」
二人だけで話し始めたのでもう何も言わずに、心の中で清水に感謝しながら弁当を食べ進めた。ケリーの作ってくれたオムライスは弁当箱にぴったりとおさまっていて、薄焼きたまごの黄色がツヤツヤしていた。手の込んだ料理に嬉しさはあるが、同時に切なくもなった。
清水は俺が話し辛そうにしているのを気遣って話を逸らそうとしてくれたのだと思う。昨日の話はきちんと終わらせていないし、聞きたいことはまだあるはずだ。平田と一緒になって詰問することもできたはず。しかし、そのようなことはせずに俺の気持ちを汲み取って話題を遠ざけようとしてくれた。
(何も聞いてこなくても、清水たちの大会が終わったらできるだけ話そう。)
そう心に決めて二人の会話を片耳で聞いていた。
「結局やりたいことはないのか?杉野」
「経済学部か文学部ですかね」
「その学部で何がしたいんだ?」
「よく分かってないです」
「お前な」
「はぁ……」とわかりやすくため息を吐かれてげんなりする。テスト期間前以来、久しぶりに滝野に呼び止められた。受験の申し込み直前まで放っておいてくれたら良いのにと思いながら、余計なことは言わずに静かに聞いて相槌をうつ。どうせ今日も説教だと、深く考えずに聞き流そうとした。
だが、今日の滝野の言葉はこれまでと少し違っていた。
「杉野は変な所で真面目だよな。適当に決められないんだろ」
「え?そりゃ真面目か不真面目かで言われたら真面目でしょうけど。なんですか?その言い方」
「普通こんなに口煩く言われたら適当にでもこの学校って決めようとするだろ。それが本意じゃなくても。だけどお前の場合これだけ言っても「とりあえずここ」って決めようとはしないし、言うならちゃんと考えないとダメだって思ってそうなんだよな」
「別にそう言う訳では……」
可笑しな心配をされているような気がしたが、上手く反論できずつい口ごもる。滝野の中で過大評価されてる気がして少し恥ずかしくなった。
しかし、続けられた言葉に恥ずかしさも吹き飛んだ。
「俺の思い込みかもしれないし、担任になってまだ二ヶ月程の奴に言われたくないかもしれないが、「学費を出してくれる」って思いがあるから決めきれないんじゃないか?大学って本当に真面目に勉強する奴もそりゃあいるが、まだ学生のまま遊びたいって言う奴やまだ社会になりたくなくてとりあえず行くって奴もも多いぞ。そういう奴らと比べたら杉野は真面目過ぎるっていうか。もう少し気楽に考えても良いと思うんだが」
「……」
俺が密かに思っていたことをまさか滝野に言い当てられるとは思わず、頭の中が真っ白になる。
(だって、親でもないのに……。)
美恵子さんも仁さんも、とても良くしてくれるが二人には実の息子の大翔がいる。俺にお金をかけると、もしかしたら大翔が今後何かを諦める事態が起こることが無いとも言い切れない。二人が一番に大切にすべきなのは大翔で、俺では無い。俺はもう十分だから、余計な手間をとらなくていい。
それに、母が亡くなったと実感したあの瞬間から何事もどうでも良いと思うようなってしまった。「ただ生きてるだけ」それが今の俺だ。そんな俺の為に大金を使ってほしくない。
だけど、美恵子さんたちの想いを無下にすることもできない。「大切にされていない」なんて口が裂けても言えない程、愛情を持って接してくれているのは実感してる。
ーー俺なんかより実の息子の大翔にお金を使って欲しい。
ーーやりたいこともなく、ただ生きてるだけの俺に大金を使って欲しくない。
何を言っても悲しませるということは容易に理解できる。それは嫌だと強く心に思うのだが、本当にどうしたら良いのか分からないのだ。何をしても誰かが無理をするのなら、俺一人がより不幸であれば良いと思うのだ。
「どんな人なの?」
「おっとり、マイペース、ぼんやりしてる」
「……本当にタイプ違う」
遠目から見るだけだったが、平田と一緒にいる女子はみな派手目で少々キツめな性格だったはずだ。大人しそうな人と好んで話している印象は薄い。
俺の反応を見かねてか、清水が言う。
「俺と平田が一年の時のバレー部部長の妹さん。濱谷先輩とは対照的にぽやっとしてる」
「ああ、先輩ってあの人か」
「杉野知ってるんだ」
「あの人知らない人いないでしょ」
どこで出会ったのだろうと疑問に思ったが、その言葉で腑に落ちた。深い交流があった訳では無いが、その先輩の姿はすぐに頭に浮かぶ。四階の教室にいても時々校庭からの声が聞こえてくるようくらい元気な先輩で、ちょっとした有名人だった。名前を知らなくても「元気な先輩」か「優しい先輩」と言えば話が通じる。しかし、話を聞く限り兄妹でそこまで性格が違うのかと上手く想像できなかった。
「今年入学して、部室に挨拶に来てくれたんだけどその時平田いなくて。それから暫くして二人が話してるの見てたらピンときた」
「まだそんなに話してないんだけど。最初に見たのいつ?」
「生物学室の前のメダカの水槽見てる時」
「めっちゃ前じゃん」
「そう?先々週くらいじゃない?」
「その間部活で会ってたのに何も言わなかったし」
「人の恋路はそっと見守る人です」
二人だけで話し始めたのでもう何も言わずに、心の中で清水に感謝しながら弁当を食べ進めた。ケリーの作ってくれたオムライスは弁当箱にぴったりとおさまっていて、薄焼きたまごの黄色がツヤツヤしていた。手の込んだ料理に嬉しさはあるが、同時に切なくもなった。
清水は俺が話し辛そうにしているのを気遣って話を逸らそうとしてくれたのだと思う。昨日の話はきちんと終わらせていないし、聞きたいことはまだあるはずだ。平田と一緒になって詰問することもできたはず。しかし、そのようなことはせずに俺の気持ちを汲み取って話題を遠ざけようとしてくれた。
(何も聞いてこなくても、清水たちの大会が終わったらできるだけ話そう。)
そう心に決めて二人の会話を片耳で聞いていた。
「結局やりたいことはないのか?杉野」
「経済学部か文学部ですかね」
「その学部で何がしたいんだ?」
「よく分かってないです」
「お前な」
「はぁ……」とわかりやすくため息を吐かれてげんなりする。テスト期間前以来、久しぶりに滝野に呼び止められた。受験の申し込み直前まで放っておいてくれたら良いのにと思いながら、余計なことは言わずに静かに聞いて相槌をうつ。どうせ今日も説教だと、深く考えずに聞き流そうとした。
だが、今日の滝野の言葉はこれまでと少し違っていた。
「杉野は変な所で真面目だよな。適当に決められないんだろ」
「え?そりゃ真面目か不真面目かで言われたら真面目でしょうけど。なんですか?その言い方」
「普通こんなに口煩く言われたら適当にでもこの学校って決めようとするだろ。それが本意じゃなくても。だけどお前の場合これだけ言っても「とりあえずここ」って決めようとはしないし、言うならちゃんと考えないとダメだって思ってそうなんだよな」
「別にそう言う訳では……」
可笑しな心配をされているような気がしたが、上手く反論できずつい口ごもる。滝野の中で過大評価されてる気がして少し恥ずかしくなった。
しかし、続けられた言葉に恥ずかしさも吹き飛んだ。
「俺の思い込みかもしれないし、担任になってまだ二ヶ月程の奴に言われたくないかもしれないが、「学費を出してくれる」って思いがあるから決めきれないんじゃないか?大学って本当に真面目に勉強する奴もそりゃあいるが、まだ学生のまま遊びたいって言う奴やまだ社会になりたくなくてとりあえず行くって奴もも多いぞ。そういう奴らと比べたら杉野は真面目過ぎるっていうか。もう少し気楽に考えても良いと思うんだが」
「……」
俺が密かに思っていたことをまさか滝野に言い当てられるとは思わず、頭の中が真っ白になる。
(だって、親でもないのに……。)
美恵子さんも仁さんも、とても良くしてくれるが二人には実の息子の大翔がいる。俺にお金をかけると、もしかしたら大翔が今後何かを諦める事態が起こることが無いとも言い切れない。二人が一番に大切にすべきなのは大翔で、俺では無い。俺はもう十分だから、余計な手間をとらなくていい。
それに、母が亡くなったと実感したあの瞬間から何事もどうでも良いと思うようなってしまった。「ただ生きてるだけ」それが今の俺だ。そんな俺の為に大金を使ってほしくない。
だけど、美恵子さんたちの想いを無下にすることもできない。「大切にされていない」なんて口が裂けても言えない程、愛情を持って接してくれているのは実感してる。
ーー俺なんかより実の息子の大翔にお金を使って欲しい。
ーーやりたいこともなく、ただ生きてるだけの俺に大金を使って欲しくない。
何を言っても悲しませるということは容易に理解できる。それは嫌だと強く心に思うのだが、本当にどうしたら良いのか分からないのだ。何をしても誰かが無理をするのなら、俺一人がより不幸であれば良いと思うのだ。
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