陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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十二、

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 「杉野、ちょっと来い」
 
 放課後、バイトに行こうと教室を出ようとしたタイミングで滝野に声をかけられた。またか、と言われることが理解できてしまい、ため息を吐く。

「じゃ、杉野。また明日」
「ああ、部活頑張って」

部活に行く清水を見送り、教卓に向かう。わざわざ物理準備室に呼ぶ訳ではないだろうし早く終わるだろう。

「なんですか?」
「お前、俺と話すのはそんなに面倒くさいか」
「先生と話すことじゃなくて、聞かれることが面倒くさいんです」
「おう、気付いてるようだな。進路どうするんだ?」

 予想通り。思っていた通りのことを言われてげんなりする。

「まだ五月ですよ。そんなに焦る程、余裕が無い訳ではないじゃないですか」
「そりゃまだ時間はあるげどな。お前の場合逐一聞いとかないとずるずる先延ばしにしそうだから言ってんだよ。面談の時にも「行けるとこ行きます」しか言わないんじゃこっちは心配なんだよ」

 それなら俺にじゃなくて、美恵子さんや祖父母に言ってほしい。行く気は無かったが高校は出た方が良いと言われて、ずっと断り続けるのが面倒くさくなって受験した。大学も行った方が良いと言われたから受ける方向で考えてるけど、特に行きたい所なんて無い。

 昨年は良かった。二年次と三年次はクラスが一緒で担任も持ち上がりになるはずだった。昨年の担任は適当な人で、「行ける所に行く」とだけ言っても「杉野ならどうにでもなるな」としか言われず特に問題にされなかった。だが今年、他の学校に異動になり担任が滝野に変わってから同じように伝えても口出しされるようになった。
 滝野は別に熱血っていうタイプの教師ではない。校則についてはあまり厳しくは言わないし、遅刻についても「気をつけろよー」と軽く注意する程度だ。昨年までならあまりしつこく言わない滝野が俺は好きだったし、担任と聞いて嬉しかったのだが、こうも何度も声をかけられると顔を見るだけでも嫌になってしまう。

 (そもそも、俺は成績は良い方で、悪い生徒なんてたくさんいるのになんで俺ばかり声をかけられるんだ。)

 さすがにまだ五月だからかもしれないが、もっと他に気にかける生徒はいると思う。

「進学希望だと言ってたが、そんなに乗り気では無いんだろう。就職もいいなーとか言ってたじゃねーか。まあ……色々考えて早く自立したいのかもしれないが保護者が進学してほしいって言ってるならその方がいいんじゃないか?」
「そうですね」
「また適当に流してるんだろ、おい」

 三年生になって最初の個人面談で、両親がいないことや親戚に保護者についてもらって一人暮らしをしていること等を確認され、「困ることはないか?」と普段より柔らかな口調で尋ねられた。これまでの教師は異常に同情や心配するか、形式的に確認されるだけで、滝野はずっと後者だと思っていた。事実、担任になるまではそのことで声をかけられることは無かったし。だからあまり踏み込んでこないにも関わらず、親身になってくれようとする姿に少し驚いた。そのせいでつい口が滑って「就職でもいいかなって思ってるんですけど」と言ってしまったのだが。

 「何かやりたいこととか無いのか?」
「株で儲けたいです」
(働かなくて良いから知識さえあれば楽そうだし。)
「じゃあ経済学部かな。杉野から国立も狙えると思うぞ。住んでる場所からもギリ通学圏内だな」
「わかりました。それで良いです」
「おま……はあー、全く」

 言われた通りにしてもこれである。どうしたら良いのか分からない。

「今日のところはこれぐらいにしておこう。変更してもいいし、突拍子もないことを言い出してもいいから、お前が進路に前向きになるまでしつこく聞き続けるからな」
「はい」

 嫌だったが、そう答えないと長くなりそうだった。「全く、二年続けてこういう役回りとは大変だな俺は」と言いながら滝野は教室から出て行った。昨年も三年生の担任だったのだ。大変だろうとは思うが、それなら尚更俺みたいな生徒ではなく、きちんとした進路希望がある生徒や本当にどうしようもないほど成績の悪い生徒を相手にすればいいのに。

 滝野を見送り、そろそろバイトに行かなければと教室を出た。今日は眼鏡を無くさなければ良いのだが。
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