陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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日常に追加された

十三、

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 学校から徒歩十分、駅の方角に歩いてバイト先である岡本書店に向かう。路地に入った少し奥まった場所にある為、あまり多くの人は訪れない。専ら常連客で営業が続いているような店舗である。俺も偶然学校帰りに散歩してた時に見つけたし、同じ学校の生徒でも知らない人が多いんじゃないだろうか。
 だが、俺が生まれる前の本の愛蔵版がだったり、絶版になった単行本だったり、今では手に入らない珍しい商品が多くて気に入っていた。

 「お疲れさまです」
「おお、杉野くん。お疲れさま。今日は少し遅かったね」

 店に入り、店長の岡本拓造さんに声をかける。店長は腰の曲がったおじいちゃんなので視線を合わせようとすると自然と下を向く。

「先生に呼び止められて。これ運んだらいいですか?」
「頼むよ。あと、そこの棚に並べてくれるかい?」
「はい」

 本が入ったダンボールを運び、その中身を棚に並べていく。この大量の本は店長が一冊一冊値札を貼って、傷がついたものはできるだけ修復してある。
 片付けながら店長を見るとレジカウンターの前に座ってお茶を飲んでいた。こういうまったりとした雰囲気も気に入っていた。

 「終わりました」
「ありがとね。お客さん来るまで本読んでていいよ」

 本棚にしまって店長に声をかける。実を言うとこれで今日の仕事がほとんど終了する日が多い。お客さんが来たら対応するが、来ない日は本棚の側に置いてある丸椅子に座って営業終了の十九時を待つ。十九時になったら軽く掃除をしてレジ締めをして終了だ。

 (店長はのんびりしてるし、本は読めるし良いバイト先だ。)

 本棚から昨日の読みかけだった本を手に取り、読み始める。読んでる途中、二人お客さんが来て本を探すのを手伝ったがこの日の営業時間内の仕事はこれだけだった。


 最寄り駅に着いて、スマホで時間を確認すると二十時前だった。今日は時間通りにバイトを終えることができ、普段と同じ時間に家に着きそうだった。

 (昨日はまだ店にいたよな。それで帰り道でケリーを助けて……ってあれ?)

 そこまで考えてふと気づく。学校にいる時は特に気にしていなかったし、バイトの時は正直言うと本に夢中でケリーのことを忘れていた。だが、今思うとまずい状況になってるんじゃないかと心配になり足を早める。

(今日まだ血吸ってないけど、倒れてないよな?)

 食事では無くても、生命維持の為に吸血は必要な行為だ。どのくらいの量が必要なのかは分からないが、一日三回とは言わなくても毎日吸った方が良いんじゃないか?

(でも朝は元気そうだったし。必要だったら言って……いや、何度大丈夫だと言ってもまだ躊躇してたのだ。もしかして、朝もしんどくなるのは分かってて言わなかったっていうこともありえる)

 折角助けたのに、ましてや料理と弁当も作ってくれたのに結局倒れられるのは嫌だった。早足で歩いてたのが次第に駆け足になり、アパートに向かった。


 「あ、清飛ー!おかえり!」
(元気だ……。)

アパートに着いた途端、呑気に元気よく迎え入れられ体の力が抜けて膝から崩れ落ちる。

「わ!清飛、どうしたの!体調悪い?もう寝る?」
「いや……なんでもない。ケリー、血吸わなくて平気なの?」
「え、ああ。うん、特に姿変えたり何か力使おうとしない限り吸血は三日に一回くらいで大丈夫だよ」
「なんだよ、燃費いいな」

 心配して損した、と立ち上がろうとして腕をひかれグイッと上に引っ張られる。

「うわっ」

立ち上がるのを手伝ってくれたのだと思い、軽くお礼を言おうとした時、

「もしかして、心配してくれたの?」

と真っ直ぐ目を見られなんだか急に恥ずかしくなる。

「そりゃ、するだろ。また倒れられでもしたら大変だし」
「……!そっか、ありがとう!」

(何がそんなに嬉しいんだ。)

キラキラとした笑顔を浮かべて喜ぶケリーに疑問が浮かぶも、なんか楽しそうだし、まあいいかとどうでもよくなる。

(そういえば違和感無かったけど、今は日本人の姿をしてるんだな)

 日中何をしてたか知らないが、朝の口ぶりからして買い物でも行ってたのかもしれない。それなら日本人の姿で紛れていた方が良いだろう。

「清飛、晩ごはん作ってるけど食べる?昨日食べてなかったから夜は食べないのかなとも思ったんだけど」
「……食べる」

朝と昼に続いて、夜まで。今日だけで三食もケリーが作ってくれたごはんを食べることになった。晩ごはんは親子丼で、またもや美味しかった。
 そして、晩ごはんを食べてる最中、掃除と洗濯を終わらせていることを知った。この吸血鬼の生活力の高さに驚き、本当にここまでしてくれていいのか?と迷いが生じたが、結局のところ(まあいいか。)と受け入れることにした。


 学校に行って、清水達と話して、先生にしつこく口出しされて、岡本書店でバイトして本を読んで……そんな普段通りの日常の中にケリーの存在が追加された、そんな風に感じた一日だった。
 
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