3 / 89
出会い
三、
しおりを挟む(そんな反応、肯定しているようなものだろう。)
目の前の男は何も言わない。自分の言った言葉に後悔しているように口を噤んで、目を伏せた。
「なんでそんな反応すんの?バレて不都合なことあんの?」
「いや……そういうわけでは……」
どうも煮え切らない言葉を返され、モヤモヤするが先程のような苛立ちは無かった。それよりも、母の言っていた「怖いとは思わなかった」という言葉を思い出して妙に納得してしまった。目の前にいるのは動けなくて困ってる情けない男だし、人を襲って血を吸うことに快感を覚えるような存在にも思えなかった。
(ま、いっか。面倒くさいし。)
「どうぞ」
普段より帰宅時間が遅く、人助け(吸血鬼助け?)なんて慣れないことをしようとして、とてつもなく疲れていた俺はもう帰りたかった。血あげたらこの男も満足だろうし、母の言葉が事実なら吸われた人に被害は無さそうだし。
「……いいのか?」
男が目を見開き、口元に伸ばされた手首と俺の顔を交互に見る。
「動けないんでしょ。だったら吸った方が俺が移動させなくてすむし、楽だから。それとも首の方がいいの?」
「いや、そう言うわけでは……。すまない、ありがとう」
そう言って、迷いを振り払うように目を閉じたあと、男は手首に噛みついた。噛みつかれた瞬間はチクリと痛みを感じたが、すぐに治まった。そのかわり血の抜かれていく不快感を僅かに覚え、吸血鬼の食事となっていること以外は採血と一緒だなと呑気なことを考えていた。
血を吸われていた時間は十秒程だった。男の口が手首から離れる直前、一度ペロリと噛まれた場所を舐められて少しぞくっとした。
「はあ……」
一息吐いて、男は身を起こし座り込んだ。目は閉じられていたが、先程よりも顔色が良い。
「もう大丈夫なの?」
声をかけると、俺の方を向いて目を開いた。
「助かった、ありがとう」
その目を見て、「あ」と声が漏れる。
「目の色……」
「ああ、やっぱり。青くなってたか」
男は俺の言おうとしてることに気づいたように、瞼に触れた。
宝石のような青い瞳はそこには無かった。今の瞳の色は茶色がかった黒色になっており、黒色の髪と男の顔立ちによく馴染んでいた。
(空腹になったら目の色変わるのか?)
なんとも不思議な変化だと、どう言う理由で色が変わったのか聞こうとしたが、いや待てと思いとどまる。
(動けるようになったんだし、もういいか。もう会うこともないだろうし。)
疲れたな、と立ち上がり振り返りながら声をかける。
「大丈夫なら良かった。じゃあな、もう倒れるなよ」
踵を返し、歩き出す。長い一日だったと、欠伸を噛み殺しながら早くシャワーを浴びて寝ようと思っていたその時、背後から「待って」と声をかけられた。
「なに?」
もう仕事は終わったと切り替えていた俺は不機嫌そのものの声を男にぶつける。男はまだそこに座ったままだった。もう本当に帰りたい、明日も学校あるし、課題は……清水に見せてもらうとして早く休みたかった。
(やっぱり吸血鬼であること知られるとマズいから今日の記憶消されるとか?それならそれでいいから早くしてしてほしい)
だが、男の言葉は信じられないものだった。
「君の家に行かせてくれないか?」
「はぁ?」
不機嫌よりも驚きの方が勝ち、素っ頓狂な声をあげて男に向き直る。
「意味わかんないんだけど。なんで?」
「……さっき言ってたカップ麺を恵んでほしい」
「……」
(え、吸血鬼なんだよね?血飲んだよね?何言ってんの?)
「人間が食べるもの食べられるの?ってかなんで?」
「食べられる。血は生命維持とかに必要なもので食事は別なんだ。お腹は減る」
「なにそれ」
頭の中が「?」でいっぱいになった。ただでさえ吸血鬼らしくないと思っていたのに更に血自体は食料とは別だとか、どうも理解が追いつかない。
だからこそ、もう理解しなくていいやと諦めた。
「じゃあ来れば?」
「え?」
「何その反応。あんたが来たいって言ったんじゃん。あ、でも歩けるよな?さっきも言ったけど担ぐとか無理だから」
「ああ、歩ける。すまないな、ありがとう」
男が立ち上がり、俺の横に並ぶ。俺よりも背が高く癪に触ったが、もう何も言わなかった。そのまま二人で並んで歩き出し、アパートに向かった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる