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第十一章 箱庭の星夜

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 目が合う。

 うるりと艶めいたルリの瞳に、戸惑い顔の自分が小さく映っていた。
「どういう意味か、聞いてもいいですか?」
 よくわからない緊張で声が掠れ震える中、必死にそれだけ言葉を絞り出した。夜風で冷えたはずの頬が一気に熱を持つ。
 その頬にルリの指先が触れた。
「言葉通りの意味だと言ったら?」
 そう言い、掌で私の頬を包み込む。頬の熱がルリの冷たい手に移る。
 私は息をする事も、瞬きする事も忘れて、ルリだけを見ていた。いつもの厳しい顔ではなくて、どこか優しい目のルリを。

 そわそわして落ち着かないし、どうにも頭が上手に働かない。どんな言葉を返せばいいのか悩みに悩んで。その挙句、私の口からはひっくり返った声が飛び出していた。
「それは、私が雛鳥だからです、ヵっ?」
 なんなら、最後は噛んだ。
 
 ルリは面食らったように、目を瞬く。
「雛鳥?」
「ルリさんが、バーで言ったんです。私の事、雛鳥で、危ないからずっと見ていないとダメだって……」
 ぎゅ、っとルリの眉根が寄る。
「確かに朝陽君を見ていると、目を離してはいけない、という気持ちになるのは確かだが……」

 そこで言葉を切ると、ルリは一層近くに顔を寄せて来る。思わずギュッっと目を瞑ると、耳元に低い声が落ちた。
「雛だと思っているなら、こんな事はしない」

 頬に一瞬、温もりが触れる。

「目を開けてくれないか?」
「無理です……、多分、心臓が爆発します」
「そんな物騒な機能は、君の心臓に無いだろう」
 それはそうだけど、今まさに、爆発するんじゃないかという勢いで跳ね回っているのだから、無理なものは無理だと思う。

「閉じていてくれても構わないが、その場合は続きをして良いと見做みなすが」
 私は、ぱっと目を開いた。思ったより近くに、笑みが滲むルリの瞳があって……。

「どうやら、君の心臓は無事らしい」
 いつの間にか手は頬から背に回って、私の鼓動を確認するように優しく触れてくる。
 手付きは優しいのに、しっかりと私の座る椅子に膝をかけて動きは封じられ、気がつけば退路は断たれている。

「も、もしかして、私が向こうに帰りたくなるように?」
「随分と不思議な受け取り方をする。……こちらとしては、むしろ帰りたく無いともう一度言わせたいくらいだ。まあ、帰ったからといって逃がすつもりも、もう無いんだが」
 そこでルリは少し首を傾げる。 
「嫌、だろうか?」

 その問いに、私は「いいえ」を返せなかった。
 ルリの顔が近づいて来る、私は今度こそ拒否ではなく、受け入れる意思を示すために目を閉じて……。


「帰ったよー!」

 その時、凛としたよく通る声が全身に響いた。  
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