箱庭温泉の不機嫌な神様 〜普通のデザイナーですが、あやかし温泉街の宣伝係をやってます〜

オトカヨル

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第十二章 もとの日々へ

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 人ではありえ無い。
 
 私は目を開け、最初にそう思った。

 滑らかな肌は仄かに白く輝き、ふわりと舞う長い黒髪は星空を映し取ったようにキラキラと光っている。こちらに向けられた瞳は、見るたびに色が移り変わる。身に纏っている衣は、真珠のように艶めいて。
 そんな女性が、テラスラウンジの真ん中に仁王立ちしていた。

「主!」
 ルリが名残惜しそうに少しだけ私の頬を撫でてから、体を離し駆け寄っていく。ルリが『主』と呼んだと言う事は、この女性が三峰五岳からなる雲仙岳の神様。

「ただいまルリ、それからツツジに、キリカも」
 『主』が笑ってそう言う。
 私はそれを聞いて、慌てて辺りを見回す。屋上へ続く階段からの扉、その向こうから、ひょこっと二つ頭が出てきた。

「ーー!!」
 私は声にならない悲鳴を上げて、身悶える。もしかしなくても、あの一部始終を見られていたのだとしたら。
「主、もうちょっと待ってくれたら良かったのに」
 口を尖らせてそう言うキリカを、ルリが睨む。……やっぱり、見られてた。
「間が悪かったかな?」
 なんなら、この方にも見られたという事になるんだなあと私は遠い目になる。

「ねえねえ主様、何処に行ってたのー?」
 ツツジが『主』の衣を握り、そう問う。
「ん? ちょっと宴に呼ばれてるって、出かける時に言って……」
「言っていませんし、前に出かけた時は数年はお戻りにならなかったでしょう」
 責めるようなルリの言葉。誤魔化すように、『主』が頬を掻いてそっぽを向く。

「それに、人間と誓約を交わして『箱庭』で働かせたかと思ったら、すぐに姿を消すなんて」
 続くルリの言葉に、ああ、と『主』がワザとらしく手を一つ打ち、私に微笑みかけた。

「そうそう、人間と言えば、私が居ない間にこの子が頑張ってくれてたんだろう」
 音もなく、気が付いたら『主』が私の目の前に立っていた。そのまま頭を撫でられる。
「おかげで随分と集まった」
 『主』が衣の胸元からするりと短冊のような紙の束を取り出した。

「はい、これ」
 『主』にそれを手渡され、ルリは一枚一枚確認していく。
「『箱庭温泉』への滞在予約、ですか?」
「そう! 宴席にちょうどよくお手紙青い鳥が飛び込んできてなあ、そこからSNS? で写真を見たって連中が続々と宴席で詰め寄ってきて大変だったよ。眷属にする予定の妖を連れて行きたいとか、『雲仙寒ざらし』を食べたいだとか、猫と戯れたいとか、ツツジに会いたいだとか」

 私は、その一言一言に、目を丸くする。
 ちゃんと見てくれていた。ちゃんと効果は出ていたんだ。
 
「人の身でよくやったね。ここまでの頑張りに、神として私から何も返さないワケにはいかないだろう」
 『主』が私の顔を覗き込む。そうして、眩しいくらいに美しく微笑んでこう言った。

「そうだな、元の世界に戻してやろう」
 真っ白に染まっていく視界の中で、ルリが驚きに目を見張っているのが見えて。

 それが『箱庭温泉』で最後に見た光景だった。
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