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オオカミさんたちの事情

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「はぁ…」

 慶斗はため息をついた。
 父からの仕事の引き継ぎは順調に進んでいる。
 慶斗の悩みの種は澪とのことだった。

 澪は小さくて可愛い。守りたいと思えるような存在だ。
 でも、昨夜自分は澪を激しく抱いてしまった。

 もっと優しくしてあげたいのに。
 自分の中のオオカミの本能は獣のようなまぐわいを求めている。

「ため息ついてどうしたんだ?」
「っ…兄さん」

 唐突に話しかけてきたのは兄の北斗だった。

「珍しいですね、ここに来るなんて」

 北斗が仕事場所に来ることは少ない。
 仕事場は自宅と同じ敷地内にあるのだが、北斗は避けるように仕事場所にはこないのだ。

 その理由もなんとなく慶斗は知っていた。

 北斗は自分が後を継ぐつもりがないことをそうして示そうとしているのだ。

「んー…あのときは悪いことしたかなって。あの子に手を出すつもりはないから安心して」
「…兄さんがそんなことするわけないってことは元から知ってます。ただ…」
「うん、わかってる」

 北斗が澪に近寄っていることが知られたら、慶子がどんな反応をするかは目に見えている。

 澪だけじゃなく、北斗のほうにも慶子が何をするか分かったものではない。

「お前はいい子だな」

 北斗はにっこりと笑って慶斗の頭を撫でた。

 厳しい母と無干渉な父の代わりにこうして頭を撫でてくれたのは北斗だけだ。

「兄さん…」
「だからこそ心配だよ。もうお前も大人なんだから、自分がしたいようにしていいんだぞ。後継だって結婚だって、何もかも慶子さんの言いなりにならなくても…」
「…いや、いいんです。後継も、この仕事は楽しいですし、結婚も…」
「結婚も?」
「……澪は、可愛いですから」
「ぶはっ…」

 北斗ば思わず吹き出したのを慶斗が訝しげに見つめる。

「そうだよな、お前、昔から可愛いもの好きだったもんな。見かけに似合わず」
「だめですか」
「ううん。面白くていいよ」

 こほん、と北斗は気を取り直すように咳をした。

「俺がここにきたのは、慶子さんのことだけど…」
「母さん?」
「父さんの五十歳の誕生日まであと一年もないだろ」
「…そうですね」

 狼種は現当主が五十を過ぎた頃から後継を決める。

「ってなるとさ…慶子さん的にはいち早く子供欲しいと思うんだよね」
「まぁ、そうでしょうね」
「あの人、何するかわかんないじゃん?だから、気をつけた方がいいかもって、それだけ」
「…そうですね」

 たしかに母はすぐにでも子供が欲しいだろう。

 でも子供は授かりものだし、人為的にどうこうできるとは思えないが。

 しかし、警戒するに越したことはないと思って心に留めておくことにした。

「ありがとう、兄さん」
「うん…がんばれよ」

 北斗を見送って慶斗は仕事を再開した。
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