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貴方を救う為にーリリアーデ
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ある日父が訪ねてきた。
「何か、王宮に御用でも?」
ここは離宮で、王宮からは庭を徒歩で10分程の距離にある。
リリアーデの問いかけに、ポワトゥ伯爵は気まずそうに身じろいだ。
「もう1年も経つのだ。……その、病は治らぬと聞いている。いつまでここに留まるつもりか」
エリンギル王子の容体は安定しない。
大体は深く眠っているか、呆けているか。
だが、時々酷く暴れたりもする。
どちらにしても快復の兆しは全くなかった。
時折訪れる医師も、最初から匙を投げていて、回復させようと訪れているのではない。
ただ、死ぬ時期を確認しに来ているようなものだ。
エリーナ姫も、そう。
最近は阻害薬を偶に与えているからか、意識を浮上させては口汚く罵ってくる。
慣れてしまったというよりは、親しみすら覚えるほどになっていた。
ここにはそんな風に、対等に話してくれる人は誰もいない。
誰もが傅き、丁寧に振る舞うけれど、それは仕事だからだ。
余計な口は利かずに、業務に携わる部分だけ。
皆が静かに、エリンギルの死を願っているようで、叫びだしたくなる日もある。
「殿下が快復されるか、お亡くなりになるまででございます」
「だが……」
そう、回復はしない。
でも、まだ分からない。
奇跡だって起きるかもしれない。
エデュラとリーヴェルトの様に。
二人の華々しい噂は、海を越えて、寂れたこの離宮にまで届くほどだ。
あの二人が国を去る時に、共に海を越えた貴族は少なくない。
学生時代の友人達や、不遇な扱いを受けていた者、公爵家や侯爵家に仕えていた者とその家族。
国で重要な立場を得ていた人ですら。
それはエデュラとリーヴェルトの人徳だけではなく、侯爵や侯爵夫人、妹令嬢の力も大きい。
かの一族の美点は、人へ対しての真心があった、というところだろうか。
お陰で暫くは抜けた穴を埋める為に、国王が頭を抱えるほど忙しかったと聞く。
「今更伯爵家に戻ってどうなります。番を引き裂いた悪女であり、そこに病に堕ちた王子を見捨てた女、と汚名が追加されるだけですわ」
父親はむむ、と唸って黙り込む。
リリアーデがいくら美しいと言っても、さすがにその二つが重なっては嫁の貰い手もない。
だが、商品価値は年々下がっていくのだ。
「でも、お父様、念の為「忘却薬」を手に入れてくださいませ」
「まさか、大罪だぞ!」
「もしもですが、竜人族の王族とはいえ、子供ならばいつ儚くなってもおかしくありません。その時にエリンギル殿下が快復なさいましたら、どうなりますでしょう?」
王位の道が見える、とでも父親は思っただろう。
実際にはそんな事は起きない。
エリンギルとエリーナが打ち捨てられたその分、生まれた王子には警備も教育も全てが厳重に大切に行われているのだから。
でも、リリアーデにはどうしても「忘却薬」は必要だった。
父の野心を刺激すれば、それは叶う。
「そういう事ならば、分かった」
訪れた時とは違い、上機嫌になった父は鼻歌交じりに帰っていく。
呆れた目を向けつつも、リリアーデは首を横に振った。
責める資格は無い。
私も似たようなものだわ。
自分の欲の為に、人を傷つけて貶めて、笑って過ごしてきたのだもの。
リリアーデは、父に応対した応接室から、エリンギル王子の眠る部屋へと静かに戻った。
例え、意識がなくなっても、余計な話は聞かせたくない。
本当は死ぬという言葉だって、口にはしたくないのだから。
「本当に、エリーナの言う通り、馬鹿よね」
過去に戻れたのなら。
エデュラにエリンギルを返して、リーヴェルトの妻になれる、などと考えていたけれど。
今はもうその気持ちすらない。
きっと。
真っ先に「忘却薬」を飲むだろう。
あの時は幼い、ただの恋だったのかもしれない。
それでも今は、違うと言える。
例え、報われないとしても傍に居たい。
出来るならまた、あの優しい眼で見つめてほしい。
普段は鋭い眼差しが、自分へ向ける時に優しくなるのが好きだった。
今度は、貴方の事を考えて苦言も言うし、その手もきちんと離すから。
だから、どうか、目を開けて。
「何か、王宮に御用でも?」
ここは離宮で、王宮からは庭を徒歩で10分程の距離にある。
リリアーデの問いかけに、ポワトゥ伯爵は気まずそうに身じろいだ。
「もう1年も経つのだ。……その、病は治らぬと聞いている。いつまでここに留まるつもりか」
エリンギル王子の容体は安定しない。
大体は深く眠っているか、呆けているか。
だが、時々酷く暴れたりもする。
どちらにしても快復の兆しは全くなかった。
時折訪れる医師も、最初から匙を投げていて、回復させようと訪れているのではない。
ただ、死ぬ時期を確認しに来ているようなものだ。
エリーナ姫も、そう。
最近は阻害薬を偶に与えているからか、意識を浮上させては口汚く罵ってくる。
慣れてしまったというよりは、親しみすら覚えるほどになっていた。
ここにはそんな風に、対等に話してくれる人は誰もいない。
誰もが傅き、丁寧に振る舞うけれど、それは仕事だからだ。
余計な口は利かずに、業務に携わる部分だけ。
皆が静かに、エリンギルの死を願っているようで、叫びだしたくなる日もある。
「殿下が快復されるか、お亡くなりになるまででございます」
「だが……」
そう、回復はしない。
でも、まだ分からない。
奇跡だって起きるかもしれない。
エデュラとリーヴェルトの様に。
二人の華々しい噂は、海を越えて、寂れたこの離宮にまで届くほどだ。
あの二人が国を去る時に、共に海を越えた貴族は少なくない。
学生時代の友人達や、不遇な扱いを受けていた者、公爵家や侯爵家に仕えていた者とその家族。
国で重要な立場を得ていた人ですら。
それはエデュラとリーヴェルトの人徳だけではなく、侯爵や侯爵夫人、妹令嬢の力も大きい。
かの一族の美点は、人へ対しての真心があった、というところだろうか。
お陰で暫くは抜けた穴を埋める為に、国王が頭を抱えるほど忙しかったと聞く。
「今更伯爵家に戻ってどうなります。番を引き裂いた悪女であり、そこに病に堕ちた王子を見捨てた女、と汚名が追加されるだけですわ」
父親はむむ、と唸って黙り込む。
リリアーデがいくら美しいと言っても、さすがにその二つが重なっては嫁の貰い手もない。
だが、商品価値は年々下がっていくのだ。
「でも、お父様、念の為「忘却薬」を手に入れてくださいませ」
「まさか、大罪だぞ!」
「もしもですが、竜人族の王族とはいえ、子供ならばいつ儚くなってもおかしくありません。その時にエリンギル殿下が快復なさいましたら、どうなりますでしょう?」
王位の道が見える、とでも父親は思っただろう。
実際にはそんな事は起きない。
エリンギルとエリーナが打ち捨てられたその分、生まれた王子には警備も教育も全てが厳重に大切に行われているのだから。
でも、リリアーデにはどうしても「忘却薬」は必要だった。
父の野心を刺激すれば、それは叶う。
「そういう事ならば、分かった」
訪れた時とは違い、上機嫌になった父は鼻歌交じりに帰っていく。
呆れた目を向けつつも、リリアーデは首を横に振った。
責める資格は無い。
私も似たようなものだわ。
自分の欲の為に、人を傷つけて貶めて、笑って過ごしてきたのだもの。
リリアーデは、父に応対した応接室から、エリンギル王子の眠る部屋へと静かに戻った。
例え、意識がなくなっても、余計な話は聞かせたくない。
本当は死ぬという言葉だって、口にはしたくないのだから。
「本当に、エリーナの言う通り、馬鹿よね」
過去に戻れたのなら。
エデュラにエリンギルを返して、リーヴェルトの妻になれる、などと考えていたけれど。
今はもうその気持ちすらない。
きっと。
真っ先に「忘却薬」を飲むだろう。
あの時は幼い、ただの恋だったのかもしれない。
それでも今は、違うと言える。
例え、報われないとしても傍に居たい。
出来るならまた、あの優しい眼で見つめてほしい。
普段は鋭い眼差しが、自分へ向ける時に優しくなるのが好きだった。
今度は、貴方の事を考えて苦言も言うし、その手もきちんと離すから。
だから、どうか、目を開けて。
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