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知らされた愛ーエリンギル
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声も枯れ果て呆然とした頃に、騎士が一人進み出た。
いつか、エデュラの事でエリンギルに楯突いた男である。
「姫様のご遺体は我々が埋葬致します。殿下も亡くなった事に致します故、ご準備を」
「……何処にも行く場所など……」
「なくてもです。それが殿下に与えられた罰です。そうエリーナ様が仰ったのです」
エリーナ。
やつれてはいるが、思い出の中のエリーナよりも成長していた。
のろのろと、差し出された荷物を受け取り、服を着替える。
エリーナの遺体が、騎士達によって運び出されていった。
「エリーナ様からお手紙を預かっております。どうぞ」
エリンギルはゆるりと頷くと、それを服の中に仕舞い込んで、案内役の後へと続いて歩き出した。
城を抜け、地下水路を通り、上を目指して行き着いたのは、山の麓だ。
「今は夏でございますれば、山越えも難しくは無いでしょう。旅路に幸あらん事を」
短く挨拶をして、案内人は踵を返す。
エリンギルは力なく近場の木に背を預けて座り込んだ。
そして、懐から手紙を取り出した。
「馬鹿な兄上へ
一人目の愛する人は追放して遠くにやって、
二人目の愛する人は殺すなんて、本当に馬鹿よね。
リリアーデも病人みたいな兄上なんてさっさと捨てればいいのに、面倒看て馬鹿みたい。
もうそろそろ死ぬかもしれないって。
だから、リリアーデは兄上に薬を飲まそうとした。
で、殺されたってわけ。
リリアーデ馬鹿過ぎるでしょ。
馬鹿過ぎて、私にも移ったわよ。
それに、いい罰だと思ったの。
愛してくれる人が一人もいなくなった世界で、生きればいい。
自分のやった事くらいちゃんと直視しなさいよね。
狂って弱って終わりだなんて、許されないの。
リリアーデの日記を読みなさい。
馬鹿みたいで笑えるから。
どれだけ愛されてたのか思い知って、一人で生きればいい。
ざまあみろ」
手紙でも、口の悪い妹だった。
それでも、ずっといがみ合ってた筈のリリアーデとエリーナが、馬鹿が移るほど仲良くなるとは思いもよらなかった。
荷物の中を探れば、分厚い本のような日記が出てくる。
適当な頁を繰ると、日付と天候が書かれている。
〇月〇日、晴れ
今日の殿下は少し機嫌が良い。
エデュラ様のお名前を呼んでいた。
きっと楽しい夢が見れたのでしょう。
ハルニとヨモ、魚のスープ。
〇月×日、曇り
我を失われていた。
怪我人は出なかったけれど、私が席を外す時は皆にも下がって貰おう。
国王陛下や王妃殿下のお耳に入ったら大変だもの。
それから、引退された騎士か、騎士見習いを寄越してもらえないか、
聞いてみなくては。
セロとホレン、豚のスープ。
エリーナの手紙で耐えていた涙腺が決壊して、ポタポタと日記に雫が落ちた。
慌ててそれを拭う。
少し文字が滲んでしまった。
日付を見れば、五年。
そんなにも長く生きられたのは、手厚い看護があったからだ。
あのエリーナが生きてこれたのも、リリアーデが与えた阻害薬のお陰だと読んでいくうちに分かった。
それでも、エリンギルが先か、エリーナが先かといったところで。
リリアーデは決断をした。
「この国を捨てても構わない。
愛を忘れても、私を拒絶したとしても仕方がない。
でも、生きていてほしい。
出来る事なら、一緒に生きていきたい。
番を望んでいた貴方を邪魔したように、多分、
こんな事は貴方は望んでいないだろうけれど。
私の我儘です。
ごめんなさい」
それが最後の言葉だった。
王妃として考えるならば、全てがエデュラに劣っていたけれど、それでも確かに愛していた。
屈託なく笑う、ギル様、と呼びかける声が耳に蘇る。
もう取り返しはつかない。
失った命も愛も戻ってはこないけれど。
彼女達が命をかけて望んだように、長い人生を歩んで行かなくてはならない。
いつか、生まれ変わった愛しい者達に出会った時に、気が付ける自分で在るように。
いつか、エデュラの事でエリンギルに楯突いた男である。
「姫様のご遺体は我々が埋葬致します。殿下も亡くなった事に致します故、ご準備を」
「……何処にも行く場所など……」
「なくてもです。それが殿下に与えられた罰です。そうエリーナ様が仰ったのです」
エリーナ。
やつれてはいるが、思い出の中のエリーナよりも成長していた。
のろのろと、差し出された荷物を受け取り、服を着替える。
エリーナの遺体が、騎士達によって運び出されていった。
「エリーナ様からお手紙を預かっております。どうぞ」
エリンギルはゆるりと頷くと、それを服の中に仕舞い込んで、案内役の後へと続いて歩き出した。
城を抜け、地下水路を通り、上を目指して行き着いたのは、山の麓だ。
「今は夏でございますれば、山越えも難しくは無いでしょう。旅路に幸あらん事を」
短く挨拶をして、案内人は踵を返す。
エリンギルは力なく近場の木に背を預けて座り込んだ。
そして、懐から手紙を取り出した。
「馬鹿な兄上へ
一人目の愛する人は追放して遠くにやって、
二人目の愛する人は殺すなんて、本当に馬鹿よね。
リリアーデも病人みたいな兄上なんてさっさと捨てればいいのに、面倒看て馬鹿みたい。
もうそろそろ死ぬかもしれないって。
だから、リリアーデは兄上に薬を飲まそうとした。
で、殺されたってわけ。
リリアーデ馬鹿過ぎるでしょ。
馬鹿過ぎて、私にも移ったわよ。
それに、いい罰だと思ったの。
愛してくれる人が一人もいなくなった世界で、生きればいい。
自分のやった事くらいちゃんと直視しなさいよね。
狂って弱って終わりだなんて、許されないの。
リリアーデの日記を読みなさい。
馬鹿みたいで笑えるから。
どれだけ愛されてたのか思い知って、一人で生きればいい。
ざまあみろ」
手紙でも、口の悪い妹だった。
それでも、ずっといがみ合ってた筈のリリアーデとエリーナが、馬鹿が移るほど仲良くなるとは思いもよらなかった。
荷物の中を探れば、分厚い本のような日記が出てくる。
適当な頁を繰ると、日付と天候が書かれている。
〇月〇日、晴れ
今日の殿下は少し機嫌が良い。
エデュラ様のお名前を呼んでいた。
きっと楽しい夢が見れたのでしょう。
ハルニとヨモ、魚のスープ。
〇月×日、曇り
我を失われていた。
怪我人は出なかったけれど、私が席を外す時は皆にも下がって貰おう。
国王陛下や王妃殿下のお耳に入ったら大変だもの。
それから、引退された騎士か、騎士見習いを寄越してもらえないか、
聞いてみなくては。
セロとホレン、豚のスープ。
エリーナの手紙で耐えていた涙腺が決壊して、ポタポタと日記に雫が落ちた。
慌ててそれを拭う。
少し文字が滲んでしまった。
日付を見れば、五年。
そんなにも長く生きられたのは、手厚い看護があったからだ。
あのエリーナが生きてこれたのも、リリアーデが与えた阻害薬のお陰だと読んでいくうちに分かった。
それでも、エリンギルが先か、エリーナが先かといったところで。
リリアーデは決断をした。
「この国を捨てても構わない。
愛を忘れても、私を拒絶したとしても仕方がない。
でも、生きていてほしい。
出来る事なら、一緒に生きていきたい。
番を望んでいた貴方を邪魔したように、多分、
こんな事は貴方は望んでいないだろうけれど。
私の我儘です。
ごめんなさい」
それが最後の言葉だった。
王妃として考えるならば、全てがエデュラに劣っていたけれど、それでも確かに愛していた。
屈託なく笑う、ギル様、と呼びかける声が耳に蘇る。
もう取り返しはつかない。
失った命も愛も戻ってはこないけれど。
彼女達が命をかけて望んだように、長い人生を歩んで行かなくてはならない。
いつか、生まれ変わった愛しい者達に出会った時に、気が付ける自分で在るように。
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※ 8/4 誤字修正しました。
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