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12ー別離の足音

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帰途につく馬車に乗り込んで、最後まで感謝し続ける恋人達をエデュラは思い浮かべる。
悲壮な顔をしていた彼らが、幸せそうに微笑み合う姿は、エデュラの心も癒してくれたのだ。
すっきりと、望まぬ思いを断ち切れたことで、彼らは生命を取り戻した。
それは、薬が無ければ成しえなかったことだ。
惜しいとは思わなかったけれど、一つの可能性を頭に浮かべる。

ああ。
私もあの薬を飲めば、羊を追い駆けることが出来たのかしら。

ぼんやりと、エデュラは馬車の外を流れる風景を見ながら、そんな事を思い浮かべて馬車に揺られていた。
フィーレンが養生しているのは、町屋敷ではなく王都にほど近い城のような邸宅だ。
王都に近い領地を賜っているので、その領地の端、王都の近くに別邸を構えている。
緩やかな丘陵地帯を抜けて、王都へと馬車は吸い込まれていく。
町の一角に待たせてあった侯爵家の家紋付きの馬車に乗り換えて、エデュラは侯爵邸へと帰宅した。
王子妃教育を修了して、一年前からエデュラは自宅から学校へと通っている。
今、王宮にいるのはリリアーデだ。
王子の熱心な願いを受けて、王子妃教育をしているという。
まだ始めてから二年半。
エデュラが十歳の頃習っていた事をリリアーデはやっと熟している。
もっと早く身に付くと思ったのに、と王妃様は零しているという噂だ。
だからといって、エデュラに丸投げするつもりではない事が唯一の救いだったかもしれない。
そしてまだ、国王も王妃もエデュラとの婚約を解消することは望んでいない。
エリンギル王子がどう説得しようとも、それを許されることはなかったのである。

さすがに実家にいる侯爵令嬢を呼び出してまでエリーナ姫の我儘を通すという事も許されないらしく。
エデュラは平穏な日々を暫く送っていた。
時折見るに堪えない手紙がくるものの、放置するか短い文面で返すのみだ。

「あなたのせいで、番だと言っても勘違いじゃないか?と言われるのよ!どうしてくれるの!」
という手紙を受け取った時には思わず笑ってしまった。
そう言われたくないのなら番だって証明してみせればいいんじゃない?とエリーナ姫に教わったのだが、そう返すのは止めておいた。

その他の誰かに分かるようになんて、証明出来ないのだから。
もしかしたら、外界にはその方法があるのかもしれないけれど、この国には無い。
ただの自己申告だ。
不満を突いて矛先が、哀れな恋人達に向くのは困る。
それに、二人を救う為とはいえ、エリーナ姫とエリード王子にはこれから辛い現実が待っているのだ。
敢えて、エデュラは傷つけたいとは思っていない。

「他の方に分かって頂けないのはお辛いですね」とだけ書いて、手紙を返す。
エデュラは散々辛い思いをしたし、エリーナ姫には追い打ちをかけるような事しかされていない。
けれど、彼女がその考えに至ることはないだろう。
自分の辛さのみが重要で、他人の辛さなど顧みない人なのだから。
何の薬にも毒にもならない言葉だ。
意味のない言葉を送って、やり過ごす。

その間も時間は止まることもなく流れる様に過ぎていくのだ。
別離の時は近づいている。
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