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2巻
2-3
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最後に、冒険者ギルドに立ち寄る。
リキオーは、道中で助けた女の子が領主の娘だったことを思い出していた。
そういえば、ギュンターと呼ばれていた少年の騎士に、もし何かあればギルドに言付けるように言っておいたが。
ギルドのカウンターは、その目の前まで酒場の席が広がっていた。窓口はさすが大都市とあって七つもある。受付には女性だけでなく男性も半分くらいいる。
しかしどういうわけか、空いているのに誰も受付に近寄ろうとしない。真ん中の窓口の若い金髪の男が紙束と格闘しているばかりである。
リキオーは何も考えずにその金髪の男に声をかけた。男の服装はタイをしないラフなシャツ姿だった。冒険者とは違う洒落た恰好だ。
「いらっしゃい、イストバル冒険者ギルドにようこそ。今日はどういった用件だい?」
男は紙束との格闘から顔を上げて商売人の顔を見せると、決まり文句の口上を述べる。
リキオーはもしかしたらと思い、ギュンターから伝言を預かっていないか聞いてみた。
「俺たちはユシュトからやってきたパーティで銀狼団という。なにか俺たちに指名で呼び出しがかかってないかと思ってな」
金髪の男は、リキオーが差し出した腕輪を水晶にかざしてランクを確認する。
「おう、銀狼団はランクCパーティか」
そして奥を振り返って合図を送ると、リキオーに告げる。
「悪いが、拘束させてもらうぞ。お前たちには領主令嬢を襲い、強盗を働いたという容疑がかけられている」
すると、黒い鎧に身を包んだ集団がホールへとなだれ込んできた。
ギルドに緊張が走った。
黒い鎧の集団は、すでにリキオーとアネッテを取り囲んでいる。
ギルドの入り口でお座りしていたハヤテも、刺股に似た道具を持った黒い鎧の一団に囲まれていた。
アネッテが気色ばんでリキオーを振り返る。
「マスター!」
「手を出すなよ。ハヤテも。いいな! 大人しくしてるんだ」
リキオーは冷静に佇んでいた。
ハヤテもリキオーが出した指示に従って、ペタンと地面に伏せている。
「フフッ、賢明な判断だ。抵抗するなよ」
金髪の男が忠告する。
「ああ、そんなつもりはない。ギルドで問題起こしても得にならないしな。しかし、濡れ衣だとわかったときには、それなりの対応をさせてもらうぜ? いいんだな」
リキオーはまったく動じていない。
「おいおい、物騒だな。戦争でもするつもりかよ。フッ、連れて行け」
金髪の男が鎧の男たちに向かって顎をしゃくる。
リキオーたちは黒い鎧の男たちに取り押さえられ、武器を取り上げられたうえで、囚人護送用の馬車に押し込まれた。
「マスター、私たちどうなるんですか」
「すぐわかるさ」
馬車がスピードを上げて走りだす。
居心地は囚人護送用とあって最低だ。それでも、みんなで一緒にいれば何も恐れるものはない。揺れる馬車のなかで、リキオーは右手でハヤテの毛を梳きながら、左手でアネッテを抱き寄せて優しく背中を撫でてやっていた。
「降りろ」
黒い鎧の怒声が車内に響く。
馬車が着いたところは、高く白い塀がずっと続く大きな屋敷である。
リキオーたちは鎧の男たちに捕縛されたまま、狭い通路を下へと連れて行かれた。
どうやらここは地下牢らしい。
目の粗い格子で編まれた牢屋に入れられるリキオーたち。
アネッテは不安そうに、今下りてきた階段のほうを見つめていた。
しかしリキオーにまったく心配している様子はない。ただ面白そうに牢屋スペースをキョロキョロと眺めている。ハヤテに至っては、牢屋を走り回るネズミと追いかけっこをしていた。緊張感の欠片も感じられない。
「マスター、牢屋に入ってるのに呑気ですね」
「まあな。何事も経験だ。いざとなったらすぐ出られるしな」
いざとなれば正面突破も可能だろう。開発した生活魔法で簡単に抜けだすこともできる。手の内を見せることになるので、あまりいい策とはいえないが。
それよりもこんな退屈しのぎにお誂え向きなイベントを楽しむほうが有意義だ。
そんなことを考えながら、リキオーはアネッテを引き寄せて壁際のベンチに座った。
リキオーがリラックスした様子で焦りを見せないので、アネッテも彼に体を擦り寄せるようにすると、少しは落ち着いていられた。
5 領主の館にて
しばらくすると、鎧をガチャガチャ言わせながら、イストバルへの道中で出会った騎士、ヘルムートがやって来た。後ろには部下のギュンターを連れている。
「ふっ、やはり盗賊ではないか。この大嘘つきめ。このヘルムート様が傭兵崩れの野盗を見誤るはずがないわ」
ヘルムートの勝手な言い分にリキオーが反論する。
「何を言ってるんだ? 俺たちが野盗だという証拠はあるのか」
「馬鹿め! お前たちごときに証拠も何もいらんわっ。さる筋からの情報でお前たちの悪事を掴んでいるのだ。もう逃れられんぞ」
聞く耳さえ持ってもらえない。リキオーは、私設の騎士団にありがちな、権力を笠にきた弱い者いじめなのだろうと考えていた。
ヘルムートが話にならないのは仕方がないとして、その配下がある程度はコントロールできないものだろうか。彼の下に就いていた若い部下は誠実そうだったが。
リキオーは、ヘルムートの後ろで申し訳なさそうにしている少年騎士に声をかけた。
「おい、後ろの。ギュンターとか言ったか。お前もそれで納得なのか?」
「申し訳ありません。団長を諌められなかったのは私の不徳のいたすところでございます。しかし、団長が言うことを受け入れるのも義務でありますゆえ……」
ギュンターが頭を下げる。
結局のところ長いものに巻かれているだけだ。そう思ったリキオーは厳しい口調で言い放った。
「そうか、ではお前たちは敵だな。残念だよ」
そう言ってリキオーはベンチから立ち上がる。そして何の気負いもない調子で、牢屋の前にいたヘルムートの前に立った。
脳筋の野卑な笑いに、リキオーも応酬して笑みを浮かべる。
そして、胸の前で九字を切るような動作で腕を振った。
風を切る音がしたと思うと、カランカランと鉄の棒が地面に落ちた。
牢の格子には、ちょうど人ひとりが通れるほどの穴が空いている。リキオーは腰を落とし、両手を前に突き出す恰好をした。
一連の出来事を目の当たりにし、状況をのみ込めずにいるヘルムートが声を上げる。
「なっ!」
リキオーが波○拳のような構えをする。そしてヘルムートに向けて、手のひらにためた風の塊を放出した。
(インパクトォ!)
「何をッ、げふっ!」
ヘルムートは踏み潰されたカエルのような声を絞り出して吹き飛ばされた。そして向かいの牢屋の格子に体をめり込ませる。
その様子を見た部下たちは驚愕を顔に貼り付け、殺気立って剣を抜く。
「なっ、隊長ッ! か、かかれっ……ぎゃうっ」
足の裏に風の生活魔法を込めてスピードアップしたリキオーが襲いかかる。
あっという間に間合いを詰め、相手が気づいたときにはもう遅い。インパクトを受けて複数の騎士が一緒に吹っ飛ばされ、壁に激突して意識を刈り取られていた。
ギュンターが、まるで化け物を見るかのような目をしながら声を上げる。
「あ、あなたは何者です? どうして素手で戦えるのですか!」
「敵に教える理由はないな。お前たちが俺たちを野盗だと思っているなら、力づくで出て行くまでだ。悪いが腹を立てているのでな。手加減はなしだ」
ギュンターが腰に差した剣に手を触れた瞬間。
「ぐふっ……」
リキオーは、ギュンターの懐に飛び込んでいた。
そして、両手を彼の胸に押し当てる。
彼が「馬鹿な」とつぶやくと、まとっていた金属製の板金鎧が弾ける。そして彼は後ろに吹き飛びながら意識を失ってしまった。
後ろで、主の戦いを見ていたアネッテが声をかける。
「マスター」
「ちょっと他のやつらも片付けてくるから、ハヤテと一緒にあとから付いておいで」
「はい」
アネッテは優しく微笑んでリキオーを送り出した。ハヤテも「わうっ」と吠えてしっぽをフリフリさせる。
「と、捕らえろッ、少々痛めつけても構わん!」
警備の騎士の声が響きわたる。
リキオーは細い階段を上がっていく。
彼を貫かんと槍の穂先が無数に繰り出されるが、地面を盛り上げて造った壁でそれらを絡めとる。リキオーのオリジナル生活魔法「アースガード」である。
そのまま駆け上がって近くにいた兵士から槍を奪いとると、振りまわして一帯の兵士たちを吹き飛ばした。
「ぎゃうッ、ひ、退けっ、閉じ込め……な、なにぃ!」
リキオーの勢いにあわてて逃げ出す兵士たち。扉を閉めて彼を閉じ込めようと画策するが、扉ごと吹き飛ばされてしまう。
屋敷中に警戒を知らせる笛が響きわたった……。
「何事?」
ほっそりとした体つきながら威厳を湛えた美女が、執事に尋ねる。
「はっ、牢から脱走した賊が暴れているようでございます」
「ヘルムートは?」
「それが賊に倒されたようでして。部下も同様で誰も手が付けられません」
「役立たずね」
彼女は、領主エグモントの第一夫人で、屋敷の実質的な主、イライダである。
奥の部屋でくつろいでいる客人に向けて、イライダはチラッと微笑むと、執事に何事かを命じて大きくて広い階段を振り返った。
もし賊が頭を潰しに来るのならここを通るしかない。待っているだけで向こうから客はやってくるのだ。そう考えてイライダは怪しい笑みを浮かべるのであった。
リキオーは相変わらず無双を続けていた。
「撃てっ、撃て撃てっ、なぜ当たらない? 化け物か」
通路のあらゆるところから、矢や槍がリキオー目掛けて撃ち込まれる。
しかし、矢は風が、槍は土が、それぞれ行く手を阻む。
リキオーには届かないのだ。
彼に矢が到達すると勝手に軌道を変えてあらぬ方向に飛んでいってしまう。そのせいで怪我人も増える一方である。槍も同様でリキオーの前に展開する土壁にのみ込まれてしまうばかりか、そのまま撃ち返されるので迂闊に近づくことさえできない。
さらに、さっきまでいた位置に狙いをつけようと構えると、もうそこにはいない。気づけば近くまで踏み込まれて、ドッカーンと派手な音と共に兵士たちは吹き飛ばされてしまう。
リキオーは、兵士たちを相手にしながら退屈さえ感じていた。
(フンッ、ボスがあれじゃあ、部下も知れてるな)
まともな訓練がなされていてもおかしくないはずだが、トップを失ったせいか烏合の衆と化している。
すっかり及び腰になった彼らを、リキオーは悪人のような顔つきで睨みつける。
すでに屋敷の兵士たちに戦意はなく、リキオーがダンッと足を踏み込んだだけで、大声を上げて逃げていってしまう。
もはやこの屋敷の防衛力は存在しないと言っても過言ではないだろう。
通路を抜けて隠し扉のようなドアを開けると、おそらくレセプションルームと思われる広い場所に出てきた。
きれいに掃除された空間。落ち着いた雰囲気が漂っている。
そこから広い階段を上がった先に、一人の女性が佇んでいるのが見えた。
「お待ちください。私は領主エグモントの妻、イライダと申します。どうかお怒りを鎮めてはくださいませんか」
よく通る女の声がリキオーにかけられた。
リキオーも大声で返答する。
「矛を収めるのは構わないが、どうしてこうなったのか説明を求めたい。こちらはあくまで善意からご令嬢を助け、斬られていたメイドの一人の傷を癒やした。それが、ギルドに出向いてみれば犯罪者扱いだ。あなたたちに見返りを求めたつもりもない。こんな仕打ちを受ける謂れはないはずだが?」
リキオーは領主の夫人だという美女を前にしてもまったく臆することはなかった。幾分、戦闘の高揚が残っていたかもしれないが。
イライダは、今回の騒動の原因がヘルムートにあるということを執事より聞いていた。リキオーに向かって謝罪の言葉を口にする。
「本来ならあなた様を歓待してお礼を申し上げなければならないところを、こんなことになってしまい申し訳ありません。ヘルムートの勘違いが原因でございますが、それも私たちの不手際。あなた様の求めるものは何でもご用意いたします。なんなりとお申し付けください」
夫人は低姿勢だが、どうもヘルムートの言っていたことと矛盾するような気がする。彼は「さる筋からの情報」と言ってなかったか。
そう疑問に思いつつ、リキオーは夫人に返答する。
「わかった。こちらの要求は二つ。ギルドに犯罪者指定の解除を求めること。それと金輪際、俺たちに関わることがないようにしてもらいたい。これだけだ」
「わかりました。そのように手配いたしますわ」
領主夫人の傍らに控えていたローブを着た男が階段を下りてきて、ギルドで取り上げていた武器を渡す。一緒に謝礼の金も渡そうとしてきたが、リキオーはそれを拒否した。
リキオーは夫人に一礼すると、アネッテたちと合流して正門から出て行った。
夫人はリキオーの後ろ姿を見送ると、客間へとまっすぐに向かった。
そうして、そこで依然としてくつろいだままの客人たちに声をかける。
「どうでしたか? あの者は。あなたたちのお眼鏡に適いましたかしら」
「ええ、とても興味深いですね。アルブレヒトもそのようですよ」
タルコットは領主夫人におもねるように頷いてみせた。
そもそも今回のことは最初からタルコットの仕込みだった。
領主夫人にとって領主の娘は前妻の子。自分の血筋ではない。そのためタルコットに依頼し襲撃をそそのかしたのである。タルコットはそれを利用してリキオーに強盗の嫌疑をかけ、こうして実力を試した。
タルコットの傍らで、リーダーのアルブレヒトが憮然とした表情を見せている。
しかし、パーティ中で彼との付き合いが一番長いタルコットには、彼がここ最近でもっとも機嫌がいいことを見抜いていた。
同じパーティの女性法術士は、これだけの騒動を起こしながら楽しそうにしているタルコットたちに呆れ、やれやれと首を振った。
6 ギルドとの決着
リキオーたちは領主の屋敷を出ると、冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
なぜかアネッテが怒っている。
「マスター、また倍力で生活魔法を使いましたね! 純粋魔力を使う生活魔法は暴走しやすいので危険なんですよ。それにこの世界では目立っちゃうから人前では使わないって約束じゃないですか。もう、言うことを聞いてくれないんですから」
「だって仕方がないだろ。刀を取り上げられてたから戦えなかったし」
お説教モードのアネッテを横目に、リキオーはハヤテの頭をナデナデしながら言い訳をする。ハヤテは尻尾をフリフリしていた。
そんなふうに和やかに会話していたが、急にリキオーは表情を強張らせる。
「次はギルドと喧嘩だな」
「またですか? 何か面倒ばっかりですね」
「これを何とかすれば少しは静かになるだろう。そう願うよ」
アネッテが非難するようにリキオーを見つめてくる。
リキオーは彼女を抱き寄せた。
アネッテはあんっと可愛い声を出して顔を赤らめるが、彼に誤魔化されてしまうと思い、不満そうにリキオーを睨んだ。
ギルドの前に着くと、リキオーはアネッテとハヤテに待つように言って愛刀の正宗を抜く。
リキオーの姿を見て、ギルド内がざわつきはじめる。
冒険者らしい若い男がリキオーを制止する。
「オイッ、お前っ、ギルド内で騒ぎを起こすのはご法度だぞ」
「関係ないやつは引っ込んでろ!」
リキオーは気合いを相手にぶつけスタンさせるスキル【覇気】を発動させた。
【覇気】をまともに食らい、男は動きを止めた。
リキオーはその脇を通って、ギルドホールへ侵入する。
そこへ黒い鎧たちが現れた。リキオーを領主の館へ連行したやつらである。
「侵入者を通すな! 捕縛しろッ」
しかし、リキオーは容赦なくインパクトでふっ飛ばしていく。
屈強な男たちが、それほどガタイがいいとは言えないリキオーに吹っ飛ばされる光景を、周りにいた冒険者たちは唖然として見ている。
一人は受付カウンターを破壊して突っ込み、一人はカフェテリアのテーブルを粉砕しながら壁に埋まっている。そしてまた一人は窓を突き破って外へ叩き出された。
受付カウンターでは、前にリキオーに処分を告げた金髪の若い男が表情を引き攣らせている。
リキオーがニヤリと酷薄な笑いを浮かべて話しかける。
「よう! 戦争しにきたぜ」
切っ先を受付カウンターの男の顔前に突きつけると、男はヒィッと悲鳴を上げた。
「領主夫人から容疑の取り下げをもらって来た。あとはあんたらの態度次第だ。どうする?」
「わ、わかった、とりあえず剣を下ろせ」
しかし、リキオーは言うことを聞くつもりはなかった。
カウンターに立つ男に切っ先を向けながら、ギルドホールを見回す。
「ギルドマスターはいないのかい? こんなになっているってぇのに」
刀を突きつけられていたその男が、震えながら声を発した。
「お、俺がこのイストバルの冒険者ギルドのマスター、ローレンツだ」
「へぇ、ギルドマスターなのに若いんだな。で、どう落とし前をつけてくれるんだよ」
そう脅されて、若いギルドマスターはリキオーを睨みつけた。
ここに来て度胸を取り戻したらしい。
「お前たちの捕縛命令は取り消す。それでいいだろう? お前さんだって冒険者なんだ。これからもギルドを頼るつもりなら引き際が肝心じゃないか、だろ」
ギルドマスターの提案にリキオーは即答する。
「ああ、いいぜ。その代わりに謝罪してもらおうか。それと謝罪金として金貨五百枚。さらに俺たち限定でギルドマスター専権事項の無効ってところで手を打つぜ」
ギルドマスターの専権事項。
それは冒険者ギルドに登録した冒険者に対してギルドマスターが特定のクエストへの参加を強制するものである。国家災害級モンスターの討伐や、テロの鎮圧、モンスターの襲撃に対する防衛など、冒険者の命に関わるクエストが多く、拒否権は認められない。
そもそもこの世界の冒険者ギルドは、傭兵だったりならず者だったりする根無し草の存在を国家が管理するために生まれたシステムである。冒険者ギルドは、ある意味、国軍の緊急兵力としての組織にすぎないのだ。
つまり、今回リキオーが要求しているのは、そうした管理からの離脱である。
「な、なんだと、お前、本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。それほど悪い話でもないだろ。こっちだってこの村に住むんだ。モンスターが襲ってきたなんてことになったら、命令されなくたって参戦するさ」
「……いいだろう」
そう言ってローレンツは深々と頭を下げると、リキオーはようやく正宗を鞘に収めた。
顔を上げたローレンツがリキオーに嘆願する。
「金貨の支払いなんだが、後日にしてくれないか。支払いを抱えてるんでな」
リキオーはさわやかに笑う。
「わかった。悪かったな、恥かかせちまってよ。これからもよろしく頼むぜ、大将」
「フッ。ところで、いいのかお前、ランクCのままで。どう見てもその強さに見合ってないランクだろうが」
「こなしてない仕事がたくさんあるんだ、仕方ないだろ」
そう言うと、リキオーは懐から銀貨を適当に取り出した。カウンターにジャラジャラと銀貨が積み上げられていく。
「これで騒ぎを収めてくれ。そこらで転がっている奴らの治療代もな」
一瞬言葉を失うローレンツ。そして吹き出した。
「くっ、なんてやつだよ、おめぇはよ。てめぇら、今日は無礼講だっ、リキオーの奢りだ。ここにある銀貨の分、全部飲んでいけよ!」
固唾をのんでリキオーたちを眺めていた周囲の者たちは、タダで飲める機会を逃すなとばかりに大声を上げる。
ギルドホールは、たちまち冒険者たちの喧騒にのみ込まれていった。ジョッキに酒を酌んだやつらが、ガハハ笑いでギルドホールに漂っていた雰囲気を一気に塗り替えていく。
リキオーはギルドマスターのローレンツに手を振ると、そのままギルドホールをあとにした。
外で待っていたアネッテが駆け寄ってくる。
「マスター、もう終わったんですよね」
「ああ、帰ろう。アネッテ、ハヤテ。俺たちの家にな」
「わうっ」
ハヤテが鼻先を摺り寄せてくる。リキオーはハヤテの頭を撫でてやりながら、アネッテと手を繋いで家路につくのだった。
リキオーは、道中で助けた女の子が領主の娘だったことを思い出していた。
そういえば、ギュンターと呼ばれていた少年の騎士に、もし何かあればギルドに言付けるように言っておいたが。
ギルドのカウンターは、その目の前まで酒場の席が広がっていた。窓口はさすが大都市とあって七つもある。受付には女性だけでなく男性も半分くらいいる。
しかしどういうわけか、空いているのに誰も受付に近寄ろうとしない。真ん中の窓口の若い金髪の男が紙束と格闘しているばかりである。
リキオーは何も考えずにその金髪の男に声をかけた。男の服装はタイをしないラフなシャツ姿だった。冒険者とは違う洒落た恰好だ。
「いらっしゃい、イストバル冒険者ギルドにようこそ。今日はどういった用件だい?」
男は紙束との格闘から顔を上げて商売人の顔を見せると、決まり文句の口上を述べる。
リキオーはもしかしたらと思い、ギュンターから伝言を預かっていないか聞いてみた。
「俺たちはユシュトからやってきたパーティで銀狼団という。なにか俺たちに指名で呼び出しがかかってないかと思ってな」
金髪の男は、リキオーが差し出した腕輪を水晶にかざしてランクを確認する。
「おう、銀狼団はランクCパーティか」
そして奥を振り返って合図を送ると、リキオーに告げる。
「悪いが、拘束させてもらうぞ。お前たちには領主令嬢を襲い、強盗を働いたという容疑がかけられている」
すると、黒い鎧に身を包んだ集団がホールへとなだれ込んできた。
ギルドに緊張が走った。
黒い鎧の集団は、すでにリキオーとアネッテを取り囲んでいる。
ギルドの入り口でお座りしていたハヤテも、刺股に似た道具を持った黒い鎧の一団に囲まれていた。
アネッテが気色ばんでリキオーを振り返る。
「マスター!」
「手を出すなよ。ハヤテも。いいな! 大人しくしてるんだ」
リキオーは冷静に佇んでいた。
ハヤテもリキオーが出した指示に従って、ペタンと地面に伏せている。
「フフッ、賢明な判断だ。抵抗するなよ」
金髪の男が忠告する。
「ああ、そんなつもりはない。ギルドで問題起こしても得にならないしな。しかし、濡れ衣だとわかったときには、それなりの対応をさせてもらうぜ? いいんだな」
リキオーはまったく動じていない。
「おいおい、物騒だな。戦争でもするつもりかよ。フッ、連れて行け」
金髪の男が鎧の男たちに向かって顎をしゃくる。
リキオーたちは黒い鎧の男たちに取り押さえられ、武器を取り上げられたうえで、囚人護送用の馬車に押し込まれた。
「マスター、私たちどうなるんですか」
「すぐわかるさ」
馬車がスピードを上げて走りだす。
居心地は囚人護送用とあって最低だ。それでも、みんなで一緒にいれば何も恐れるものはない。揺れる馬車のなかで、リキオーは右手でハヤテの毛を梳きながら、左手でアネッテを抱き寄せて優しく背中を撫でてやっていた。
「降りろ」
黒い鎧の怒声が車内に響く。
馬車が着いたところは、高く白い塀がずっと続く大きな屋敷である。
リキオーたちは鎧の男たちに捕縛されたまま、狭い通路を下へと連れて行かれた。
どうやらここは地下牢らしい。
目の粗い格子で編まれた牢屋に入れられるリキオーたち。
アネッテは不安そうに、今下りてきた階段のほうを見つめていた。
しかしリキオーにまったく心配している様子はない。ただ面白そうに牢屋スペースをキョロキョロと眺めている。ハヤテに至っては、牢屋を走り回るネズミと追いかけっこをしていた。緊張感の欠片も感じられない。
「マスター、牢屋に入ってるのに呑気ですね」
「まあな。何事も経験だ。いざとなったらすぐ出られるしな」
いざとなれば正面突破も可能だろう。開発した生活魔法で簡単に抜けだすこともできる。手の内を見せることになるので、あまりいい策とはいえないが。
それよりもこんな退屈しのぎにお誂え向きなイベントを楽しむほうが有意義だ。
そんなことを考えながら、リキオーはアネッテを引き寄せて壁際のベンチに座った。
リキオーがリラックスした様子で焦りを見せないので、アネッテも彼に体を擦り寄せるようにすると、少しは落ち着いていられた。
5 領主の館にて
しばらくすると、鎧をガチャガチャ言わせながら、イストバルへの道中で出会った騎士、ヘルムートがやって来た。後ろには部下のギュンターを連れている。
「ふっ、やはり盗賊ではないか。この大嘘つきめ。このヘルムート様が傭兵崩れの野盗を見誤るはずがないわ」
ヘルムートの勝手な言い分にリキオーが反論する。
「何を言ってるんだ? 俺たちが野盗だという証拠はあるのか」
「馬鹿め! お前たちごときに証拠も何もいらんわっ。さる筋からの情報でお前たちの悪事を掴んでいるのだ。もう逃れられんぞ」
聞く耳さえ持ってもらえない。リキオーは、私設の騎士団にありがちな、権力を笠にきた弱い者いじめなのだろうと考えていた。
ヘルムートが話にならないのは仕方がないとして、その配下がある程度はコントロールできないものだろうか。彼の下に就いていた若い部下は誠実そうだったが。
リキオーは、ヘルムートの後ろで申し訳なさそうにしている少年騎士に声をかけた。
「おい、後ろの。ギュンターとか言ったか。お前もそれで納得なのか?」
「申し訳ありません。団長を諌められなかったのは私の不徳のいたすところでございます。しかし、団長が言うことを受け入れるのも義務でありますゆえ……」
ギュンターが頭を下げる。
結局のところ長いものに巻かれているだけだ。そう思ったリキオーは厳しい口調で言い放った。
「そうか、ではお前たちは敵だな。残念だよ」
そう言ってリキオーはベンチから立ち上がる。そして何の気負いもない調子で、牢屋の前にいたヘルムートの前に立った。
脳筋の野卑な笑いに、リキオーも応酬して笑みを浮かべる。
そして、胸の前で九字を切るような動作で腕を振った。
風を切る音がしたと思うと、カランカランと鉄の棒が地面に落ちた。
牢の格子には、ちょうど人ひとりが通れるほどの穴が空いている。リキオーは腰を落とし、両手を前に突き出す恰好をした。
一連の出来事を目の当たりにし、状況をのみ込めずにいるヘルムートが声を上げる。
「なっ!」
リキオーが波○拳のような構えをする。そしてヘルムートに向けて、手のひらにためた風の塊を放出した。
(インパクトォ!)
「何をッ、げふっ!」
ヘルムートは踏み潰されたカエルのような声を絞り出して吹き飛ばされた。そして向かいの牢屋の格子に体をめり込ませる。
その様子を見た部下たちは驚愕を顔に貼り付け、殺気立って剣を抜く。
「なっ、隊長ッ! か、かかれっ……ぎゃうっ」
足の裏に風の生活魔法を込めてスピードアップしたリキオーが襲いかかる。
あっという間に間合いを詰め、相手が気づいたときにはもう遅い。インパクトを受けて複数の騎士が一緒に吹っ飛ばされ、壁に激突して意識を刈り取られていた。
ギュンターが、まるで化け物を見るかのような目をしながら声を上げる。
「あ、あなたは何者です? どうして素手で戦えるのですか!」
「敵に教える理由はないな。お前たちが俺たちを野盗だと思っているなら、力づくで出て行くまでだ。悪いが腹を立てているのでな。手加減はなしだ」
ギュンターが腰に差した剣に手を触れた瞬間。
「ぐふっ……」
リキオーは、ギュンターの懐に飛び込んでいた。
そして、両手を彼の胸に押し当てる。
彼が「馬鹿な」とつぶやくと、まとっていた金属製の板金鎧が弾ける。そして彼は後ろに吹き飛びながら意識を失ってしまった。
後ろで、主の戦いを見ていたアネッテが声をかける。
「マスター」
「ちょっと他のやつらも片付けてくるから、ハヤテと一緒にあとから付いておいで」
「はい」
アネッテは優しく微笑んでリキオーを送り出した。ハヤテも「わうっ」と吠えてしっぽをフリフリさせる。
「と、捕らえろッ、少々痛めつけても構わん!」
警備の騎士の声が響きわたる。
リキオーは細い階段を上がっていく。
彼を貫かんと槍の穂先が無数に繰り出されるが、地面を盛り上げて造った壁でそれらを絡めとる。リキオーのオリジナル生活魔法「アースガード」である。
そのまま駆け上がって近くにいた兵士から槍を奪いとると、振りまわして一帯の兵士たちを吹き飛ばした。
「ぎゃうッ、ひ、退けっ、閉じ込め……な、なにぃ!」
リキオーの勢いにあわてて逃げ出す兵士たち。扉を閉めて彼を閉じ込めようと画策するが、扉ごと吹き飛ばされてしまう。
屋敷中に警戒を知らせる笛が響きわたった……。
「何事?」
ほっそりとした体つきながら威厳を湛えた美女が、執事に尋ねる。
「はっ、牢から脱走した賊が暴れているようでございます」
「ヘルムートは?」
「それが賊に倒されたようでして。部下も同様で誰も手が付けられません」
「役立たずね」
彼女は、領主エグモントの第一夫人で、屋敷の実質的な主、イライダである。
奥の部屋でくつろいでいる客人に向けて、イライダはチラッと微笑むと、執事に何事かを命じて大きくて広い階段を振り返った。
もし賊が頭を潰しに来るのならここを通るしかない。待っているだけで向こうから客はやってくるのだ。そう考えてイライダは怪しい笑みを浮かべるのであった。
リキオーは相変わらず無双を続けていた。
「撃てっ、撃て撃てっ、なぜ当たらない? 化け物か」
通路のあらゆるところから、矢や槍がリキオー目掛けて撃ち込まれる。
しかし、矢は風が、槍は土が、それぞれ行く手を阻む。
リキオーには届かないのだ。
彼に矢が到達すると勝手に軌道を変えてあらぬ方向に飛んでいってしまう。そのせいで怪我人も増える一方である。槍も同様でリキオーの前に展開する土壁にのみ込まれてしまうばかりか、そのまま撃ち返されるので迂闊に近づくことさえできない。
さらに、さっきまでいた位置に狙いをつけようと構えると、もうそこにはいない。気づけば近くまで踏み込まれて、ドッカーンと派手な音と共に兵士たちは吹き飛ばされてしまう。
リキオーは、兵士たちを相手にしながら退屈さえ感じていた。
(フンッ、ボスがあれじゃあ、部下も知れてるな)
まともな訓練がなされていてもおかしくないはずだが、トップを失ったせいか烏合の衆と化している。
すっかり及び腰になった彼らを、リキオーは悪人のような顔つきで睨みつける。
すでに屋敷の兵士たちに戦意はなく、リキオーがダンッと足を踏み込んだだけで、大声を上げて逃げていってしまう。
もはやこの屋敷の防衛力は存在しないと言っても過言ではないだろう。
通路を抜けて隠し扉のようなドアを開けると、おそらくレセプションルームと思われる広い場所に出てきた。
きれいに掃除された空間。落ち着いた雰囲気が漂っている。
そこから広い階段を上がった先に、一人の女性が佇んでいるのが見えた。
「お待ちください。私は領主エグモントの妻、イライダと申します。どうかお怒りを鎮めてはくださいませんか」
よく通る女の声がリキオーにかけられた。
リキオーも大声で返答する。
「矛を収めるのは構わないが、どうしてこうなったのか説明を求めたい。こちらはあくまで善意からご令嬢を助け、斬られていたメイドの一人の傷を癒やした。それが、ギルドに出向いてみれば犯罪者扱いだ。あなたたちに見返りを求めたつもりもない。こんな仕打ちを受ける謂れはないはずだが?」
リキオーは領主の夫人だという美女を前にしてもまったく臆することはなかった。幾分、戦闘の高揚が残っていたかもしれないが。
イライダは、今回の騒動の原因がヘルムートにあるということを執事より聞いていた。リキオーに向かって謝罪の言葉を口にする。
「本来ならあなた様を歓待してお礼を申し上げなければならないところを、こんなことになってしまい申し訳ありません。ヘルムートの勘違いが原因でございますが、それも私たちの不手際。あなた様の求めるものは何でもご用意いたします。なんなりとお申し付けください」
夫人は低姿勢だが、どうもヘルムートの言っていたことと矛盾するような気がする。彼は「さる筋からの情報」と言ってなかったか。
そう疑問に思いつつ、リキオーは夫人に返答する。
「わかった。こちらの要求は二つ。ギルドに犯罪者指定の解除を求めること。それと金輪際、俺たちに関わることがないようにしてもらいたい。これだけだ」
「わかりました。そのように手配いたしますわ」
領主夫人の傍らに控えていたローブを着た男が階段を下りてきて、ギルドで取り上げていた武器を渡す。一緒に謝礼の金も渡そうとしてきたが、リキオーはそれを拒否した。
リキオーは夫人に一礼すると、アネッテたちと合流して正門から出て行った。
夫人はリキオーの後ろ姿を見送ると、客間へとまっすぐに向かった。
そうして、そこで依然としてくつろいだままの客人たちに声をかける。
「どうでしたか? あの者は。あなたたちのお眼鏡に適いましたかしら」
「ええ、とても興味深いですね。アルブレヒトもそのようですよ」
タルコットは領主夫人におもねるように頷いてみせた。
そもそも今回のことは最初からタルコットの仕込みだった。
領主夫人にとって領主の娘は前妻の子。自分の血筋ではない。そのためタルコットに依頼し襲撃をそそのかしたのである。タルコットはそれを利用してリキオーに強盗の嫌疑をかけ、こうして実力を試した。
タルコットの傍らで、リーダーのアルブレヒトが憮然とした表情を見せている。
しかし、パーティ中で彼との付き合いが一番長いタルコットには、彼がここ最近でもっとも機嫌がいいことを見抜いていた。
同じパーティの女性法術士は、これだけの騒動を起こしながら楽しそうにしているタルコットたちに呆れ、やれやれと首を振った。
6 ギルドとの決着
リキオーたちは領主の屋敷を出ると、冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
なぜかアネッテが怒っている。
「マスター、また倍力で生活魔法を使いましたね! 純粋魔力を使う生活魔法は暴走しやすいので危険なんですよ。それにこの世界では目立っちゃうから人前では使わないって約束じゃないですか。もう、言うことを聞いてくれないんですから」
「だって仕方がないだろ。刀を取り上げられてたから戦えなかったし」
お説教モードのアネッテを横目に、リキオーはハヤテの頭をナデナデしながら言い訳をする。ハヤテは尻尾をフリフリしていた。
そんなふうに和やかに会話していたが、急にリキオーは表情を強張らせる。
「次はギルドと喧嘩だな」
「またですか? 何か面倒ばっかりですね」
「これを何とかすれば少しは静かになるだろう。そう願うよ」
アネッテが非難するようにリキオーを見つめてくる。
リキオーは彼女を抱き寄せた。
アネッテはあんっと可愛い声を出して顔を赤らめるが、彼に誤魔化されてしまうと思い、不満そうにリキオーを睨んだ。
ギルドの前に着くと、リキオーはアネッテとハヤテに待つように言って愛刀の正宗を抜く。
リキオーの姿を見て、ギルド内がざわつきはじめる。
冒険者らしい若い男がリキオーを制止する。
「オイッ、お前っ、ギルド内で騒ぎを起こすのはご法度だぞ」
「関係ないやつは引っ込んでろ!」
リキオーは気合いを相手にぶつけスタンさせるスキル【覇気】を発動させた。
【覇気】をまともに食らい、男は動きを止めた。
リキオーはその脇を通って、ギルドホールへ侵入する。
そこへ黒い鎧たちが現れた。リキオーを領主の館へ連行したやつらである。
「侵入者を通すな! 捕縛しろッ」
しかし、リキオーは容赦なくインパクトでふっ飛ばしていく。
屈強な男たちが、それほどガタイがいいとは言えないリキオーに吹っ飛ばされる光景を、周りにいた冒険者たちは唖然として見ている。
一人は受付カウンターを破壊して突っ込み、一人はカフェテリアのテーブルを粉砕しながら壁に埋まっている。そしてまた一人は窓を突き破って外へ叩き出された。
受付カウンターでは、前にリキオーに処分を告げた金髪の若い男が表情を引き攣らせている。
リキオーがニヤリと酷薄な笑いを浮かべて話しかける。
「よう! 戦争しにきたぜ」
切っ先を受付カウンターの男の顔前に突きつけると、男はヒィッと悲鳴を上げた。
「領主夫人から容疑の取り下げをもらって来た。あとはあんたらの態度次第だ。どうする?」
「わ、わかった、とりあえず剣を下ろせ」
しかし、リキオーは言うことを聞くつもりはなかった。
カウンターに立つ男に切っ先を向けながら、ギルドホールを見回す。
「ギルドマスターはいないのかい? こんなになっているってぇのに」
刀を突きつけられていたその男が、震えながら声を発した。
「お、俺がこのイストバルの冒険者ギルドのマスター、ローレンツだ」
「へぇ、ギルドマスターなのに若いんだな。で、どう落とし前をつけてくれるんだよ」
そう脅されて、若いギルドマスターはリキオーを睨みつけた。
ここに来て度胸を取り戻したらしい。
「お前たちの捕縛命令は取り消す。それでいいだろう? お前さんだって冒険者なんだ。これからもギルドを頼るつもりなら引き際が肝心じゃないか、だろ」
ギルドマスターの提案にリキオーは即答する。
「ああ、いいぜ。その代わりに謝罪してもらおうか。それと謝罪金として金貨五百枚。さらに俺たち限定でギルドマスター専権事項の無効ってところで手を打つぜ」
ギルドマスターの専権事項。
それは冒険者ギルドに登録した冒険者に対してギルドマスターが特定のクエストへの参加を強制するものである。国家災害級モンスターの討伐や、テロの鎮圧、モンスターの襲撃に対する防衛など、冒険者の命に関わるクエストが多く、拒否権は認められない。
そもそもこの世界の冒険者ギルドは、傭兵だったりならず者だったりする根無し草の存在を国家が管理するために生まれたシステムである。冒険者ギルドは、ある意味、国軍の緊急兵力としての組織にすぎないのだ。
つまり、今回リキオーが要求しているのは、そうした管理からの離脱である。
「な、なんだと、お前、本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。それほど悪い話でもないだろ。こっちだってこの村に住むんだ。モンスターが襲ってきたなんてことになったら、命令されなくたって参戦するさ」
「……いいだろう」
そう言ってローレンツは深々と頭を下げると、リキオーはようやく正宗を鞘に収めた。
顔を上げたローレンツがリキオーに嘆願する。
「金貨の支払いなんだが、後日にしてくれないか。支払いを抱えてるんでな」
リキオーはさわやかに笑う。
「わかった。悪かったな、恥かかせちまってよ。これからもよろしく頼むぜ、大将」
「フッ。ところで、いいのかお前、ランクCのままで。どう見てもその強さに見合ってないランクだろうが」
「こなしてない仕事がたくさんあるんだ、仕方ないだろ」
そう言うと、リキオーは懐から銀貨を適当に取り出した。カウンターにジャラジャラと銀貨が積み上げられていく。
「これで騒ぎを収めてくれ。そこらで転がっている奴らの治療代もな」
一瞬言葉を失うローレンツ。そして吹き出した。
「くっ、なんてやつだよ、おめぇはよ。てめぇら、今日は無礼講だっ、リキオーの奢りだ。ここにある銀貨の分、全部飲んでいけよ!」
固唾をのんでリキオーたちを眺めていた周囲の者たちは、タダで飲める機会を逃すなとばかりに大声を上げる。
ギルドホールは、たちまち冒険者たちの喧騒にのみ込まれていった。ジョッキに酒を酌んだやつらが、ガハハ笑いでギルドホールに漂っていた雰囲気を一気に塗り替えていく。
リキオーはギルドマスターのローレンツに手を振ると、そのままギルドホールをあとにした。
外で待っていたアネッテが駆け寄ってくる。
「マスター、もう終わったんですよね」
「ああ、帰ろう。アネッテ、ハヤテ。俺たちの家にな」
「わうっ」
ハヤテが鼻先を摺り寄せてくる。リキオーはハヤテの頭を撫でてやりながら、アネッテと手を繋いで家路につくのだった。
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