美術部俺達

緋色刹那

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エピローグ

「美術部は永遠に不滅」

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 美術部が高校を卒業して、十数年後。
 成宮とマネージャーは都内のイベント会場に来ていた。会場の前には大勢の客達が列をなし、期待に目を輝かせている。
「いよいよね」
「あぁ。俺達、美術部の初仕事だ」
 成宮は緊張の面持ちで成り行きを見守った。

     ◯●◯●◯

 高校を卒業した後、成宮は希望通り、美大を経て画家になった。作品の売れ行きはまずまずで、展覧会で賞をもらう時もある。
 また、画家と並行してイベント会社「アートクラブ」の社員としても働いていた。元美術部の面々と立ち上げた会社で、高校でやっていたようなレクリエーションを個人向けにプロデュースしている。
 今回は初めて大きな会場を貸し切り、観客を動員してのイベントを開催する運びとなった。様々なレクリエーションに挑戦し、ゲームクリアを目指すシンプルなもので、子供からお年寄りまでチャレンジできる。ゲームの面白さはもちろん、百合系漫画家としてプチブレイクしている大城と、路線変更して以降、実力派アイドル歌手として人気を上げつつある神☆メイが関わっているとあって、既にSNSでは話題になっていた。
 ちなみに、マネージャーはその「アートクラブ」の社長兼顧問弁護士として活動している。高校で培った手腕を活かし、様々なイベントを成功に導いてきた。彼女の美貌も相まってか、毎年「理想の上司ランキング」の上位に名前が上がっていた。
「大城は〆切が近いから来られないとして……音来と妹尾は?」
「音来君は今朝から連絡なし。徹夜で調整してたし、家で寝てるんじゃない? 妹尾さんはスポンサーさんに挨拶回りしてくるって言ってたわ」
「姉小路社長か……よくうちのスポンサー、引き受けたよな。恩を売ったつもりか?」
「さぁ? 高校の時のことをバラされないよう、口封じしたいんじゃない?」 
 音来はプログラマー兼音響、妹尾は広報として、イベント会社で働いている。妹尾は以前、漫画雑誌の編集者をしていたが、成宮が会社を立ち上げると聞いて転職した。
 スポンサーである姉小路は実家の会社を継ぎ、経済界の女帝として君臨している。高校での挫折から学んだのか、意外にも部下に慕われており、毎年「理想の上司ランキング」一位の座をマネージャーと争っていた。
「そういえば自由ノ星高校の美術部と漫研、統合したらしいな。アート部だったか?」
「えぇ。阿久津さんから聞いたわ。既存の枠組みを超えて、アートな活動をしているんですって。レクリエーションも、体験型アートとして続けてるみたい」
「面白そうだな。今年の文化祭は行ってみるか」
 阿久津は二、三年と漫研の部長を務め、美術部との関係回復と漫研のイメージ向上に尽力した。
 三年生では「高校生活の記念に!」と冗談で立候補した生徒会長に当選してしまい、「自由ノ星高校史上、最も威厳のない生徒会長」として名を残している。
 美術部と漫研の統合は、当時阿久津が掲げていた公約の一つだった。「おーしろと一緒にゲームしたいから!」という他愛のない理由からだったが、結果として美術部を美術部として残すことに成功した。
 今は自由ノ星高校の教師で、定年で引退した柄本に変わってアート部の顧問をしている。何の科目を担当しているかは分からないが、少なくとも美術ではないという。
 美吉が海外へ渡ってしまったため、今は大城が講師として時々参加している。行くたびに阿久津に食糧を強奪されるので、徐々に痩せてきているとかいないとか。
「やぁ、二人とも久しぶり」
「本当に仕事としてやってるんだな」
 そこへ恩田と道尾が連れ立って現れた。
「あの人、恩田選手じゃない?!」
「本当だ! 後で写真、お願いしてみようかな?」
 周囲の客が恩田に気づき、ざわつく。それを見て、道尾は「俺もいるんですけどね」と苦笑していた。
 恩田と道尾は高校卒業後も陸上を続け、実業団の選手として活躍を続けている。特に恩田は名だたる大会で好成績を連発し、「宇宙最速の男」とまで呼ばれていた。
「よく来られたな。練習はいいのか?」
「今はオフシーズンだからね。たまには羽根を伸ばさないと」
「瀬羽は練習させたがってたけどな。俺達だけで行くなんてズルい、ってひがんでたよ」
 陸上部のマネージャーだった丘野は、現在もトレーナーとして彼らを支えている。学生時代から密かに憧れていた道尾と付き合っており、
 かたや、恩田に度を越した憧れを抱いていた本加納は「私もトレーナーになれば、恩田君に近づける!」と一時はトレーナーを志していたものの、高校でのストーカー行為が実業団に知られてしまい、採用には至らなかった。今はスポーツ用品を取り扱っている企業に就職し、どうにかして恩田に近づこうと目論んでいるらしい。
 なお、恩田は「しばらくは陸上に専念したいから」と誰とも付き合う気はないそうだ。この分だと、引退するまで独り身かもしれない。
「何はともあれ、楽しんで行ってくれ」
「うん! 終わったら、また来るよ!」
 恩田は成宮を力強くハグすると、列の最後尾へ颯爽と走り去って行った。
「恩田、待て! 俺を置いて行くな!」
 道尾は慌てて追いかける。
 嵐のように去っていった二人に、成宮とマネージャーは呆気に取られた。
「あー、びっくりした。挨拶まで世界基準とはたまげたなぁ」
「知らないの? 恩田君がハグするの、成宮君だけよ」
「そうなのか?」
「……案外、白トラはフィクションじゃなかったのかもね。妹尾さんも狙ってるみたいだし、こりゃうかうかしていられないわ」
「? 何のことだ?」
 マネージャーは険しい顔でブツブツと呟く。
 彼女が何にそんなに真剣になっているのか、成宮には分からなかった。察しがいいわりに、色恋沙汰に関してだけはトコトン無頓着なのである。

     ◯●◯●◯

『それでは開場します。慌てず、ゆっくり入場して下さい!』
 アナウンスと共に、入口の扉が開く。
 かつて青春に葛藤していた彼らは、自ら切り拓いた道を突き進み、人々に青春を与えるのであった。

(番外編へ続く)
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