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第十二話「子守唄(ララバイ)にグッバイ」
3,虚構は無に還る
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「アンチのくせに、信者を語らないでください!」
「すまん、すまん」
鳴子が帰った後、妹尾はフグのようにほっぺをパンパンに膨らませ、音来に当たっていた。小さな拳で、彼の背中をポカポカ殴る。
成宮はいつ音来が逆ギレしないか心配だったが、意外と彼は冷静だった。当然の報いとばかりに、妹尾の拳を受け入れている。
「どうせ叩くなら、肩にしてくれ」
「それじゃ、肩たたきになっちゃうでしょう?!」
「頼むわ。これ、やるから」
そう言うと、音来は肩にかけていたヘッドホンを妹尾に差し出した。
「おー、ヘッドホン! ちょうど新しいの買おうか迷ってたんですよねー」
「待て、待て!」
無邪気に受け取ろうとする妹尾を、成宮達は慌てて止めた。
「音来、正気か?!」
「それって、超高音質・神☆メイ限定モデルのヘッドホンでしょ?! 音来君、命よりも大事だって言ってたじゃん?!」
「えぇっ?! そんな貴重な物、受け取れませんよ?!」
妹尾も受け取りを拒否する。
しかし音来は「別に構わない」と素っ気なく言った。
「いらなくなったら売ればいい。家にあと九個あるし、なかなかの金額になると思うぞ」
「金額の問題じゃ……そもそも、神☆メイの曲を聴いてないと禁断症状が起きるって言ってなかったか? 校内で暴れたら、また停学させられるぞ?」
「……たぶん、平気だ。ずっと言えなかったことを鳴子に言えて、スッキリした。もう思い残すことは何もない。そうだ……アレも破壊しておかないと」
ふと、音来は思い出したように、椅子から立ち上がった。何かに導かれるように、フラフラと美術準備室へ入っていく。
やがて戻ってきた彼の手には、彫刻用のハンマーが握られていた。
「お、音来君、何を……?」
「……」
音来はハンマーを手に、一体の立体造形へと近づく。
それは音来が部活中に作った神☆メイの石膏像で、冬の美術展に出品する予定の作品だった。
「待て、音来!」
「ッ!」
成宮は音来が何をしようとしているのか、いち早く察知し、駆け寄る。
音来は成宮の静止を聞かず、ハンマーを神☆メイの石膏像へ振り下ろした。本物と見まごうほどの出来だった顔が、粉々に砕けた。
「……あ~あ。やりやがった」
「いい出来だったのにね」
「どうすんのよ、冬の展覧会。またいちから作り直すの?」
「いや、このまま出品する。タイトルは、そうだな……『虚構は無に還る』なんてどうだ?」
「それだけ聞いたらカッコいいですね。作品として認められるかは、別として」
その後も音来は何度もハンマーを叩きつけ、石膏像の原型がなくなるまでやめなかった。
成宮達も止めるのを諦め、音来の気が済むまでトランプをしながら待った。
◯●◯●◯
「じゃ、また明日ー」
「成宮君、音来君がまた変なことしないよう、見張りよろしくね」
「ラジャ」
「は? 変なことなんてしてないが?」
帰り道、成宮は他の部員達と別れ、音来と二人きりになった。
音来の耳にヘッドホンはない。肩にもかけておらず、カバンの中に仕舞ってある。音来が体のどこにもヘッドホンを身につけずに下校しているのを見るのは、成宮にとって初めてのことだった。
「助かったよ、成宮。お前達がいてくれたおかげで、俺は冷静に鳴子と話せた」
しばらく二人で歩いていると、音来は唐突に礼を言った。
「そうか。そりゃ良かったな」
「あぁ。俺一人では感情的になり過ぎて、言わなければいけないことを言えずに、言うつもりのないことを言ってしまうところだったよ」
「……結構、ぶっちゃけてなかったか?」
「あれでも抑えた方だ」
「マジで?」
あれ以上、何を言おうというのか……無口な音来からは想像もつかない。
音来は成宮にそんなふうに思われているとも知らず、彼に尋ねた。
「なあ、成宮。お前、絵は今も好きか?」
「好き……かどうかは分からないな。描きたくなるから、描くだけで」
「じゃあ、嫌いではないんだな?」
音来は真っ直ぐ成宮を見上げる。
存外、力強い眼差しに、成宮は一瞬たじろいた。
「俺はダメになっちまったけどさ、お前は絵が好きなうちに突き詰めろよ。後から"やっておけば良かった"って後悔したって、遅いぜ」
「……経験者の言葉は重いな」
「俺はこれでもお前の絵を気に入ってるんだ。高校と一緒に卒業させるのは惜しい」
神☆メイを絶った音来は、幾分か……いや、かなりまともになっていた。
彼の真っ直ぐな言葉に、成宮は照れ臭くなると同時に、込み上げてくるものがあった。失っていたはずの絵に対する情熱が、再び心の内に宿った。
(応援されるって嬉しいもんだな。音来や神☆メイが曲を投稿し続けられた理由が、少し分かった気がする)
◯●◯●◯
成宮は家に着くと、さっそく進路希望調査書の第一候補の欄に「美大進学」と書き込んだ。
幸い、柄本と美吉からは「絵の勉強がしたかったら、いつでも来ていい」と言われている。今から一年勉強して間に合うかは分からないが、今までレクリエーションに対して向けていたやる気をそちらに向ければ、なんとかなりそうに思えた。
「……そうか。高校を卒業したら、アイツらとレクリエーションすることはもうないんだな」
レクリエーションのことを考えたところで、ふと成宮は気づいてしまった。
皆、進路はバラバラだ。高校を卒業すれば、そうそう会うこともできなくなる。今のように、毎日集まっては馬鹿なことをしたり作品を作ったりできなくなるのだ。せっかく出来た仲間と離れ離れになるのは寂しかった。
「絵と同じように、高校は卒業してもレクリエーションは卒業したくないな。マネージャーほどじゃないが……少し欲張りになってみるか」
成宮は担任に叱られるのを覚悟で、進路希望調査書の第二候補の欄に「レクリエーション」と書き加えた。
(エピローグへ続く)
「すまん、すまん」
鳴子が帰った後、妹尾はフグのようにほっぺをパンパンに膨らませ、音来に当たっていた。小さな拳で、彼の背中をポカポカ殴る。
成宮はいつ音来が逆ギレしないか心配だったが、意外と彼は冷静だった。当然の報いとばかりに、妹尾の拳を受け入れている。
「どうせ叩くなら、肩にしてくれ」
「それじゃ、肩たたきになっちゃうでしょう?!」
「頼むわ。これ、やるから」
そう言うと、音来は肩にかけていたヘッドホンを妹尾に差し出した。
「おー、ヘッドホン! ちょうど新しいの買おうか迷ってたんですよねー」
「待て、待て!」
無邪気に受け取ろうとする妹尾を、成宮達は慌てて止めた。
「音来、正気か?!」
「それって、超高音質・神☆メイ限定モデルのヘッドホンでしょ?! 音来君、命よりも大事だって言ってたじゃん?!」
「えぇっ?! そんな貴重な物、受け取れませんよ?!」
妹尾も受け取りを拒否する。
しかし音来は「別に構わない」と素っ気なく言った。
「いらなくなったら売ればいい。家にあと九個あるし、なかなかの金額になると思うぞ」
「金額の問題じゃ……そもそも、神☆メイの曲を聴いてないと禁断症状が起きるって言ってなかったか? 校内で暴れたら、また停学させられるぞ?」
「……たぶん、平気だ。ずっと言えなかったことを鳴子に言えて、スッキリした。もう思い残すことは何もない。そうだ……アレも破壊しておかないと」
ふと、音来は思い出したように、椅子から立ち上がった。何かに導かれるように、フラフラと美術準備室へ入っていく。
やがて戻ってきた彼の手には、彫刻用のハンマーが握られていた。
「お、音来君、何を……?」
「……」
音来はハンマーを手に、一体の立体造形へと近づく。
それは音来が部活中に作った神☆メイの石膏像で、冬の美術展に出品する予定の作品だった。
「待て、音来!」
「ッ!」
成宮は音来が何をしようとしているのか、いち早く察知し、駆け寄る。
音来は成宮の静止を聞かず、ハンマーを神☆メイの石膏像へ振り下ろした。本物と見まごうほどの出来だった顔が、粉々に砕けた。
「……あ~あ。やりやがった」
「いい出来だったのにね」
「どうすんのよ、冬の展覧会。またいちから作り直すの?」
「いや、このまま出品する。タイトルは、そうだな……『虚構は無に還る』なんてどうだ?」
「それだけ聞いたらカッコいいですね。作品として認められるかは、別として」
その後も音来は何度もハンマーを叩きつけ、石膏像の原型がなくなるまでやめなかった。
成宮達も止めるのを諦め、音来の気が済むまでトランプをしながら待った。
◯●◯●◯
「じゃ、また明日ー」
「成宮君、音来君がまた変なことしないよう、見張りよろしくね」
「ラジャ」
「は? 変なことなんてしてないが?」
帰り道、成宮は他の部員達と別れ、音来と二人きりになった。
音来の耳にヘッドホンはない。肩にもかけておらず、カバンの中に仕舞ってある。音来が体のどこにもヘッドホンを身につけずに下校しているのを見るのは、成宮にとって初めてのことだった。
「助かったよ、成宮。お前達がいてくれたおかげで、俺は冷静に鳴子と話せた」
しばらく二人で歩いていると、音来は唐突に礼を言った。
「そうか。そりゃ良かったな」
「あぁ。俺一人では感情的になり過ぎて、言わなければいけないことを言えずに、言うつもりのないことを言ってしまうところだったよ」
「……結構、ぶっちゃけてなかったか?」
「あれでも抑えた方だ」
「マジで?」
あれ以上、何を言おうというのか……無口な音来からは想像もつかない。
音来は成宮にそんなふうに思われているとも知らず、彼に尋ねた。
「なあ、成宮。お前、絵は今も好きか?」
「好き……かどうかは分からないな。描きたくなるから、描くだけで」
「じゃあ、嫌いではないんだな?」
音来は真っ直ぐ成宮を見上げる。
存外、力強い眼差しに、成宮は一瞬たじろいた。
「俺はダメになっちまったけどさ、お前は絵が好きなうちに突き詰めろよ。後から"やっておけば良かった"って後悔したって、遅いぜ」
「……経験者の言葉は重いな」
「俺はこれでもお前の絵を気に入ってるんだ。高校と一緒に卒業させるのは惜しい」
神☆メイを絶った音来は、幾分か……いや、かなりまともになっていた。
彼の真っ直ぐな言葉に、成宮は照れ臭くなると同時に、込み上げてくるものがあった。失っていたはずの絵に対する情熱が、再び心の内に宿った。
(応援されるって嬉しいもんだな。音来や神☆メイが曲を投稿し続けられた理由が、少し分かった気がする)
◯●◯●◯
成宮は家に着くと、さっそく進路希望調査書の第一候補の欄に「美大進学」と書き込んだ。
幸い、柄本と美吉からは「絵の勉強がしたかったら、いつでも来ていい」と言われている。今から一年勉強して間に合うかは分からないが、今までレクリエーションに対して向けていたやる気をそちらに向ければ、なんとかなりそうに思えた。
「……そうか。高校を卒業したら、アイツらとレクリエーションすることはもうないんだな」
レクリエーションのことを考えたところで、ふと成宮は気づいてしまった。
皆、進路はバラバラだ。高校を卒業すれば、そうそう会うこともできなくなる。今のように、毎日集まっては馬鹿なことをしたり作品を作ったりできなくなるのだ。せっかく出来た仲間と離れ離れになるのは寂しかった。
「絵と同じように、高校は卒業してもレクリエーションは卒業したくないな。マネージャーほどじゃないが……少し欲張りになってみるか」
成宮は担任に叱られるのを覚悟で、進路希望調査書の第二候補の欄に「レクリエーション」と書き加えた。
(エピローグへ続く)
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