悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
197 / 227
第4部 第2章「天使くんと悪魔くん」

第1話『少年ハッカー』後編

しおりを挟む
 殺意を募らせる兄弟の耳に、巨大なハエの羽音のような爆音が迫ってきた。
 外では、十代後半から二十代くらいの複数人の青年達が、違法に改造したバイクを乗り回していた。昼間は車通りがほとんどないので、道を私物化しているのだ。バイクが近づくたび、耳障りな走行音も迫ってきた。
 兄弟は両手で耳を塞ぎ、顔をしかめた。
「ブンブンと、ハエ並みに五月蝿い連中だな」
「まったくもって、そのとおり。目立ちたいなら、バイクの上でアクロバットでもしてみせてよ」
 館へ募らせていた殺意を、そのまま青年達に向ける。同時に、彼らがバイクの上で巧みにアクロバットを披露する姿を思い浮かべた。
 本気で期待してはいない。ああして他人の迷惑になることでしか自己表現できない連中に、そのような芸当が出来るとは思っていなかった。
 ところが、二人が殺意を向けた瞬間、青年達の動きが変わった。バイクを走らせながら、兄弟が想像したとおりのアクロバットを始めたのだ。皆、何かに取り憑かれたような、虚な目をしていた。
「う、嘘だろ?」
「なんで……?」
 兄弟は驚き、顔を見合わせる。まるで、母が話していた「他人に悪夢を見せる能力」が兄弟にも備わったようではないか。
 まさかと思い、今度は青年達がバイクの上で宙返りするようイメージした。
 果たして、青年達は示し合わせたかのようにシートの上に立ち、一斉に宙返りをした。イメージが完全ではなかったのか、はたまた彼らの身体能力に限界があったのか、着地の際に何人かバランスを崩し、バイクごと転倒した。
 兄弟はワッと歓声を上げた。
「すごいぞ! 俺達、父さんと母さんと同じアクムツカイになったんだ!」
「うん! 母さんの話は本当だったんだね!」
 両親を殺した館もアクムツカイだった。
 彼女と同じ力を手に入れたことで、兄弟の悲願である「真犯人への復讐」の達成にグッと近づいた気がした。



 翌日、兄弟は手に入れた力を検証するため、近くのショッピングモールを訪れた。休日からか、開店してすぐにもかかわらず、人で賑わっている。
 兄弟の両親は力を使える時間帯に制限があり、父親は昼、母親は夜にしか能力を使えなかった。自分達にもそのような制限がないか、調べに来たのだ。
 まずは、力を使える時間帯に限りがあるか調べた。
 朝、子供向けのガチャガチャの前でイチャついているカップルがいた。やりもしないガチャガチャの景品を、話のネタに使っているらしい。
「邪魔だなぁ、アイツら」
「カプセルの中に閉じ込められちゃえばいいのに」
「いいな、それ! トーゼン、別々のカプセルな!」
 そんな想像を膨らませ、兄弟が殺意を抱いた瞬間、カップルはガチャガチャの取り出し口から中へ吸い込まれていった。
 中を覗くと、カップルはそれぞれ別々のカプセルに閉じ込められていた。必死にカプセルを叩き、兄弟に助けを求めている。
 兄弟はニンマリ笑うと、カップルが閉じ込められたガチャガチャに「故障中」の張り紙をし立ち去った。
「朝はクリア! 昼は昨日やったし、あとは夕方と夜に試そうぜ」
「うん。僕、ちょっとトイレ行ってくるよ」
 聖夜が遊魔を待っていると、ケータイで棚に並べられたお菓子の写真を撮っているおばさんを見つけた。ベタベタと垢だらけの手で商品に触れては、勝手にディスプレイを変えたり、手に取って写真を撮ったりしている。まるで私物のような扱いだった。
 おばさんは写真撮影を終えると、棚の前で何やらケータイを操作し始めた。
 画面を盗み見ると、お菓子を発見したことをSNSで自慢していた。SNSには「全部買い占めた」と報告していたが、実際に購入したのは一番値段が安くて量の多い菓子ひとつだけだった。
(触るだけ触っといて、一個しか買わねーのかよ! 迷惑なババァだな! ホントに全部買って、破産しちまえ!)
 聖夜は想像し、殺意を向ける。
 しかし……おばさんは平然とその場から去っていった。苦しむどころか、清々しい表情を浮かべている。
「聖夜、どうしたの?」
 愕然とする聖夜のもとへ、遊魔が戻ってきた。
「遊魔! あのババァが菓子を買い占めて破産するよう、念じてくれ!」
「そんな、急に言われても……」
 遊魔は渋々、おばさんに殺意を向ける。
 聖夜も「破産しろ、破産しろ!」と念じた。
 するとおばさんは踵を返し、棚の前まで戻ってきた。陳列されていた菓子を残らずカゴへ入れ、レジへ向かう。レジの店員は困惑しながらも、菓子をレジに通した。
 無事おばさんに悪夢を見せられたものの、聖夜は困惑したままだった。
「こ、今度は上手く行った……?」
「ねぇ、聖夜。いったい、どうしたのさ?」
 遊魔は訝しげに眉をひそめる。
 聖夜が事情を話すと、遊魔は「もしかしたら」と、ある仮説を立てた。
「僕達は二人同時に殺意を抱かないと、悪夢を見せられないのかもしれない。ちょっと後ろを向いててくれる?」
「あ、あぁ」
 聖夜は言われた通り、遊魔に背を向けた。
 その間に、遊魔は先ほどのおばさんに視線をやった。
(お菓子、食べたいだろ? 食べてしまえよ)
 渾身の殺意をこめ、想像する。
 だが、おばさんはケータイをいじりながら、大人しくレジが終わるのを待っていた。
「聖夜、やっぱりだ。僕達は二人で一人前らしい」



 その後、一日かけて他の時間帯や条件でも試してみたが、やはり二人同時に同じ殺意を向けなければ、悪夢は見せられなかった。
「なんだかなー。父さんと母さんと違って、いつでも力が使えるのは便利だけど、遊魔いなかったら使えないのはなー」
「まぁまぁ。二人一緒なら無敵なんて、僕達らしいよ」
 聖夜は不満げに唇を尖らせる。
 遊魔は彼をなだめながらも、内心ホッとしていた。
(……良かった、僕だけがアクムツカイじゃなくて。聖夜と一緒じゃなきゃ、復讐なんてやりたくないもん)



(第2話へ続く)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の形見としてもらった日記帳が気持ち悪い

七辻ゆゆ
ファンタジー
好きでもないが政略として婚約していた王子が亡くなり、王妃に押し付けられるように形見の日記帳を受け取ったルアニッチェ。 その内容はルアニッチェに執着する気持ちの悪いもので、手元から離そうとするのに、何度も戻ってきてしまう。そんなとき、王子の愛人だった女性が訪ねてきて、王子の形見が欲しいと言う。 (※ストーリーはホラーですが、異世界要素があるものはカテゴリエラーになるとのことなので、ファンタジーカテゴリにしています)

【完結】山梔子

清見こうじ
ホラー
山梔子;くちなし 花言葉:幸福 天国に咲く花とされ、幸運を呼び込むとされる。 けれど、その香りが呼び込むのは、幸運とは限らない………。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「NOVEL DEYS」でも公開しています

アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について

黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m

二番目の弱者

目黒サイファ
ホラー
いつも学校でいじめられているニシハラ君とボクは同じクラスメイトだ。ニシハラ君へのいじめは習慣化されていて、誰も止める人はいなかった。ボクも傍観者の一人である。深夜、ボクが町を徘徊していると、不気味な格好をしてニシハラ君を発見してしまった。そこから、ボクの日常が崩れていく。日常に潜む恐怖が顕現するショートショート集。※感想をお待ちしています。

イレンシ~壱~

ホージー
ホラー
自称自由を愛する男竹田広之 いつからかハローワークの常連となっていた俺は、顔なじみとなっていた職員からある仕事を紹介された。 そこは俺が想像していた場所と180度違う所だった! そしてそこから次々と予想外の事態が竹田の身に襲い掛かる!

呪縛霊

藤咲 愛花
ホラー
山梨県のT市にある「S山温泉」という、廃旅館で起こる怪奇現象。その謎を紐解いていく。

夏目の怖いかもしれない日常

夏目晶
ホラー
ホラー作家夏目のちょっと不思議でちょっと怖いかもしれない毎日の話。 ちなみに「零感」です。 ツイッ○ーで突発的に語られるものからの再掲です。

グループディスカッション

cheeery
ホラー
20XX年に発令された『クリエイティブ社会向上法』 これは、労働力よりも創造的、独創的なアイデアを持つ人達を重要視し、社会的な向上を図るための制度であるが、それは表向きの法令だった。 実際は、クリエイティブ性の無いもの排除。 全国の大学4年生を集めて、生死をかけた戦いが始まる。 審査は複数で討論を行うグループディスカッション。 それぞれグループになり指定された討論について話し合う。話し合いの内容、発言、行動を見て平等に点数を付けていく。 0点を取ったら待っているものは死ーー。 仕切るか、奪うか、裏切るか、ひっくり返すか それぞれの方法で点数を稼げ。 ~さあ、話し合え~

処理中です...