心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

エピローグ⑷

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 老夫婦がベラドンナをもふるついでに、由良に訊ねた。
「群井さんね、若い頃に歌手をされていたんですって。一曲歌ってもらってもいいかしら?」
「ぜひお願いします」
 本人を差し置き、話が進む。群井は顔を真っ赤にし、拒んだ。
「むりむり! ウン十年も人前で歌ってないのよ!」
「それは良かった。今日はウン十年ぶりに人前で歌った記念日ね」
 他の客も気づき、群井を拍手で急かす。「後悔しても知らないから!」と群井は大きく息を吸い、歌い出した。
 大雑把な人柄からは想像もつかない、繊細な歌声だった。その場にいた誰もが聴き入り、言葉を失った。
 歌が終わると、屋上は割れんばかりの拍手に包まれた。往来の人々が「何ごとか」とこちらを見上げていた。
「素敵な歌声!」
「感動しちゃった!」
「本当に何年も歌っていなかったの?」
「えぇ。歌おうとすると、声がつっかえちゃって。今日は上手くいってホッとしたわ」
「もったいない! 私の知り合いの店で歌ってもらえませんか? バーを経営しているんです」
「プロはちょっと……」
 宇治金時を食べていた男性が屋上に戻ってくる。
 「僕からもお願いします」と群井に頼み込んだ。その身からは悲壮感が消え、目に生気が宿っていた。
「貴方が歌っていた間、彼女の声が消えたんです。こんなこと、今までなかった。どうか、これからも歌を聴かせてください!」
「私の歌にそんな効果が……!」
 群井はすぐには返事できず、スカウトされたライム柄のアロハシャツの男性に名刺をもらっていた。



 群井が夜空をバックに、他の客からリクエストされた曲を即興で歌っている。ナナコと永遠野も由良を通し、リクエストする。
「ここ、不思議なお店ですね」
 カジュアルなスーツ姿の若い女性客が、由良の横でボソっと呟く。確か、棚橋たなはしという名前でだったはずだ。
 棚橋はイベントが始まってからずっと、自分以外の客を観察していた。
「天体観測のイベントなのに星を見ているのは一部の人だけ。歌ったり、流し茶そばやったり、自由」
「すみません、自由で」
「褒めているんですよ。皆さん、笑顔だから。さすがの手腕ですね、添野由良さん」
「私をご存知で?」
「雑誌で拝見しました。私と同年代で脱サラし、喫茶店を成功させた。尊敬しています」
 言葉とは裏腹に、口ぶりは素っ気ない。女性は遠くを見るように、目を細めた。
「貴方に感化されたせいでしょうか、自分でもお店をやりたいと思っていたような気がするんです。責任が重いし、手続きとか管理とかめんどいし、そもそも会社を辞めてまで売りたいものなんてないのに。趣味に没頭している方が楽しいのに」
「その趣味で作ったものや経験を売るのはどうです? いきなりお店をやるのはハードルが高いでしょうし、フリーマーケットやネットを利用してみるとか」
「……」
 女性は一人でブツブツとつぶやく。スマホを取り出し、「ドライフラワーの相場はいくらか?」「プリザーブドフラワーの場合は?」と熱心に検索を繰り返す。
 由良は仕事に戻った。未練街で花屋をしているタナハシと、何かを犠牲にしてまで店をやりたいとは思えない棚橋。いずれ答えが出たとき、彼女は捨てた未練を思い出せるのだろうか。



「添野さん、見て! 天の川ですよ!」
 ナナコが商店街の上空を指差す。商店街から黄緑色の光の川が立ち昇っている。川は無数の光の集合体で、その一つ一つが輝いている。まるで、砕いた宝石をちらばめたよう。
 川に照らされ、周囲はうっすら黄緑色に染まっている。大変美しい光景だが、由良とナナコ達以外の人間は無反応だった。
「オーロラじゃないの?」
 永遠野はメロンクリームソーダを飲みながら、光を見上げる。コレさんがアイスグリーンティーを手に近づき、答えた。
「ホタルですよ。〈未練溜まり〉に消化されきらなかった〈探し人〉の想いが、ああして形を変えて戻ってくるのです。場所を見るに、未練街から涌いているようですね。ワタクシも、あそこまでの規模は初めて見ましたよ」
「美麗! どうしてここに?!」
「ち、違います。人違いです」
 コレさんはすかさず否定するが、永遠野はなかなか信じない。
 由良は仕事の手を止め、しばし想いの残滓に見入っていた。



 〈心の落とし物〉はありませんか?

 どこで失くしたかも分からない物

 ずっと居場所を探している人

 過去の後悔

 忘れていた夢

 あなたは忘れているつもりでも

 あなたの「心」が、あなたの代わりに探し続けているかもしれません……。


〈終わり〉
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