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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第十一話「魔女の家」⑶
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完全に方向感覚を失った頃、館の屋上に出た。
ガウディのグエル公園を思わせる、カラフルなガラスタイルの庭。オーロラの光で、ぼんやりと明るい。
永遠野はカンテラを手に、由良を庭の中央にあるパラソルつきのテーブルへ案内した。
「長旅で疲れたでしょう? どうぞ、召し上がれ」
テーブルにはベネチアングラスに注がれた冷茶と、大きな金魚鉢を器代わりにした抹茶のトライフルが用意してあった。深い翡翠色のスポンジとゼリーの間に、淡い黄緑色のミルクカスタードとつぶあんの層が重なっている。
トライフル上部には、永遠野の家とその周辺を模したデコレーションがしてあった。抹茶の粉を振りかけたなだらかな丘の上に、アイシングで作った魔女の家がちょこんと乗っている。森は木苺やブルーベリーなどのフルーツ類、農園は蛍糖をまぶし、表現している。魔法か未練街特有の技術か、アイシングの魔女の家の上空にもオーロラがたなびいていた。
永遠野はトライフルとオーロラを皿に取り分け、由良に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。オーロラも食べられるんですか?」
「パリパリしていて美味しいわよ。りんご飴の飴だけ食べているみたい。ベラドンナはお水で我慢してね」
「ニャフ」
ベラドンナも黄緑色に輝く水を皿に注いでもらい、飲む。
由良は渇いたのどを冷茶で潤し、抹茶のトライフルを口へ運んだ。抹茶の苦味、ミルクカスタードとあんこの甘味、ベリーのほのかな酸味が口の中で合わさり、調和する。スポンジとゼリーの食感の違いも面白い。
あっという間に平らげ、おかわりをもらった。ボートに揺られていただけだというのに、妙に腹が空いていた。たくさん食べる由良を見て、永遠野は嬉しそうだった。
「それで、おばあ様はいつ頃未練街へいらっしゃったのかしら?」
「三十年くらい前です。当時のことは祖父の手帳と、祖父の〈分け御霊〉である渡来屋さんから聞きました」
「外見の特徴は? 写真とかある?」
「昔の写真でよければ。祖父の手帳に挟んであったんです」
由良は写真を永遠野に渡す。
永遠野は懐かしそうに、祖母の写真に見入っていた。
「そう……そうなのね。やはり、貴方が」
「?」
「なんでもないわ。ところで、どうして貴方はおばあ様を探しているの? おばあ様が、貴方の〈心の落とし物〉なの?」
「実は私、本当は〈探し人〉じゃなくて人間なんです。死んだと思っていた祖母が〈未練溜まり〉で生きているかもしれないと知って……」
由良は祖母を探しに来るまでの経緯と、ここまでの道のりを語った。
永遠野は由良が人間だと言っても、さして驚かなかった。
それより、由良が未練街で体験した小冒険の方に興味があるようで、夢中で聴き入っていた。特に、渡来屋の妨害には我が事のように怒っていた。
「本当に仕方ない人! 貴方の邪魔までするなんて、よっぽど私が気に入らないのね!」
「渡来屋さんのこと、ご存知なんですか?」
「有名人ですもの。私もずいぶん手を焼かされているわ。あの人ったら、どこからでも現れて、〈心の落とし物〉を盗んでいくのよ」
話が一段落すると、永遠野は「ちょっと相談なのだけれど」と、突然こんな提案をしてきた。
「貴方、ここで私と一緒に暮らさない?」
「へ?」
水を飲んでいたB10号も「ニャ?」と首を傾げる。
戸惑う由良に構わず、永遠野は笑顔で続けた。
「ここは素敵な場所よ。現実と違って、何も失わないし、何でも手に入るの。どんな望みも思いのまま。ね、そうしましょう?」
「そういうわけには……私は祖母を探しに来たんです。ずっとここにいるわけにはいきません。仕事だってありますし、周りの人達を心配させたくないですから」
「そんなに大事? 望みが叶うことよりも?」
「……」
永遠野は祖母の居場所が分からないのかもしれない。それを誤魔化そうとして、突然妙な提案をしてきたのだろう。
由良は席を立った。気は引けるが、これ以上ここに留まる必要はない。
「……祖母の居場所を教えていただけないのなら、これで失礼させてもらいます。お茶とデザート、ごちそうさまでした。出口まで案内してもらえますか?」
「ま、待って!」
永遠野は慌てて由良を引き留めた。
「ごめんなさい。もったいぶるつもりはなかったの。ただ、貴方が信じてくれるかどうか不安で……」
「では、祖母がどこにいるのかご存知なんですね?」
「えぇ、とっくに」
「教えてください。それがどんな突拍子もない答えでも信じますから」
永遠野は半信半疑な様子で答えた。
「おばあ様は……貴方の目の前にいるわ」
「目の前?」
B10号と目が合う。
驚いた様子で、口をポカンと開き、黒目をまん丸にしていた。「現実が嫌になってネコになっているかも」とも考えたが、あの様子では違うようだ。
(ってことは……)
B10号から永遠野へ視線を移す。
永遠野は静かにうなずいた。
「そう。貴方が探しているのは、私。添野美緑……貴方のおばあ様よ」
ガウディのグエル公園を思わせる、カラフルなガラスタイルの庭。オーロラの光で、ぼんやりと明るい。
永遠野はカンテラを手に、由良を庭の中央にあるパラソルつきのテーブルへ案内した。
「長旅で疲れたでしょう? どうぞ、召し上がれ」
テーブルにはベネチアングラスに注がれた冷茶と、大きな金魚鉢を器代わりにした抹茶のトライフルが用意してあった。深い翡翠色のスポンジとゼリーの間に、淡い黄緑色のミルクカスタードとつぶあんの層が重なっている。
トライフル上部には、永遠野の家とその周辺を模したデコレーションがしてあった。抹茶の粉を振りかけたなだらかな丘の上に、アイシングで作った魔女の家がちょこんと乗っている。森は木苺やブルーベリーなどのフルーツ類、農園は蛍糖をまぶし、表現している。魔法か未練街特有の技術か、アイシングの魔女の家の上空にもオーロラがたなびいていた。
永遠野はトライフルとオーロラを皿に取り分け、由良に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。オーロラも食べられるんですか?」
「パリパリしていて美味しいわよ。りんご飴の飴だけ食べているみたい。ベラドンナはお水で我慢してね」
「ニャフ」
ベラドンナも黄緑色に輝く水を皿に注いでもらい、飲む。
由良は渇いたのどを冷茶で潤し、抹茶のトライフルを口へ運んだ。抹茶の苦味、ミルクカスタードとあんこの甘味、ベリーのほのかな酸味が口の中で合わさり、調和する。スポンジとゼリーの食感の違いも面白い。
あっという間に平らげ、おかわりをもらった。ボートに揺られていただけだというのに、妙に腹が空いていた。たくさん食べる由良を見て、永遠野は嬉しそうだった。
「それで、おばあ様はいつ頃未練街へいらっしゃったのかしら?」
「三十年くらい前です。当時のことは祖父の手帳と、祖父の〈分け御霊〉である渡来屋さんから聞きました」
「外見の特徴は? 写真とかある?」
「昔の写真でよければ。祖父の手帳に挟んであったんです」
由良は写真を永遠野に渡す。
永遠野は懐かしそうに、祖母の写真に見入っていた。
「そう……そうなのね。やはり、貴方が」
「?」
「なんでもないわ。ところで、どうして貴方はおばあ様を探しているの? おばあ様が、貴方の〈心の落とし物〉なの?」
「実は私、本当は〈探し人〉じゃなくて人間なんです。死んだと思っていた祖母が〈未練溜まり〉で生きているかもしれないと知って……」
由良は祖母を探しに来るまでの経緯と、ここまでの道のりを語った。
永遠野は由良が人間だと言っても、さして驚かなかった。
それより、由良が未練街で体験した小冒険の方に興味があるようで、夢中で聴き入っていた。特に、渡来屋の妨害には我が事のように怒っていた。
「本当に仕方ない人! 貴方の邪魔までするなんて、よっぽど私が気に入らないのね!」
「渡来屋さんのこと、ご存知なんですか?」
「有名人ですもの。私もずいぶん手を焼かされているわ。あの人ったら、どこからでも現れて、〈心の落とし物〉を盗んでいくのよ」
話が一段落すると、永遠野は「ちょっと相談なのだけれど」と、突然こんな提案をしてきた。
「貴方、ここで私と一緒に暮らさない?」
「へ?」
水を飲んでいたB10号も「ニャ?」と首を傾げる。
戸惑う由良に構わず、永遠野は笑顔で続けた。
「ここは素敵な場所よ。現実と違って、何も失わないし、何でも手に入るの。どんな望みも思いのまま。ね、そうしましょう?」
「そういうわけには……私は祖母を探しに来たんです。ずっとここにいるわけにはいきません。仕事だってありますし、周りの人達を心配させたくないですから」
「そんなに大事? 望みが叶うことよりも?」
「……」
永遠野は祖母の居場所が分からないのかもしれない。それを誤魔化そうとして、突然妙な提案をしてきたのだろう。
由良は席を立った。気は引けるが、これ以上ここに留まる必要はない。
「……祖母の居場所を教えていただけないのなら、これで失礼させてもらいます。お茶とデザート、ごちそうさまでした。出口まで案内してもらえますか?」
「ま、待って!」
永遠野は慌てて由良を引き留めた。
「ごめんなさい。もったいぶるつもりはなかったの。ただ、貴方が信じてくれるかどうか不安で……」
「では、祖母がどこにいるのかご存知なんですね?」
「えぇ、とっくに」
「教えてください。それがどんな突拍子もない答えでも信じますから」
永遠野は半信半疑な様子で答えた。
「おばあ様は……貴方の目の前にいるわ」
「目の前?」
B10号と目が合う。
驚いた様子で、口をポカンと開き、黒目をまん丸にしていた。「現実が嫌になってネコになっているかも」とも考えたが、あの様子では違うようだ。
(ってことは……)
B10号から永遠野へ視線を移す。
永遠野は静かにうなずいた。
「そう。貴方が探しているのは、私。添野美緑……貴方のおばあ様よ」
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