心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
300 / 314
最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第十一話「魔女の家」⑶

しおりを挟む
 完全に方向感覚を失った頃、館の屋上に出た。
 ガウディのグエル公園を思わせる、カラフルなガラスタイルの庭。オーロラの光で、ぼんやりと明るい。
 永遠野はカンテラを手に、由良を庭の中央にあるパラソルつきのテーブルへ案内した。
「長旅で疲れたでしょう? どうぞ、召し上がれ」
 テーブルにはベネチアングラスに注がれた冷茶と、大きな金魚鉢を器代わりにした抹茶のトライフルが用意してあった。深い翡翠色のスポンジとゼリーの間に、淡い黄緑色のミルクカスタードとつぶあんの層が重なっている。
 トライフル上部には、永遠野の家とその周辺を模したデコレーションがしてあった。抹茶の粉を振りかけたなだらかな丘の上に、アイシングで作った魔女の家がちょこんと乗っている。森は木苺やブルーベリーなどのフルーツ類、農園は蛍糖をまぶし、表現している。魔法か未練街特有の技術か、アイシングの魔女の家の上空にもオーロラがたなびいていた。
 永遠野はトライフルとオーロラを皿に取り分け、由良に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。オーロラも食べられるんですか?」
「パリパリしていて美味しいわよ。りんご飴の飴だけ食べているみたい。ベラドンナはお水で我慢してね」
「ニャフ」
 ベラドンナも黄緑色に輝く水を皿に注いでもらい、飲む。
 由良は渇いたのどを冷茶で潤し、抹茶のトライフルを口へ運んだ。抹茶の苦味、ミルクカスタードとあんこの甘味、ベリーのほのかな酸味が口の中で合わさり、調和する。スポンジとゼリーの食感の違いも面白い。
 あっという間に平らげ、おかわりをもらった。ボートに揺られていただけだというのに、妙に腹が空いていた。たくさん食べる由良を見て、永遠野は嬉しそうだった。
「それで、おばあ様はいつ頃未練街へいらっしゃったのかしら?」
「三十年くらい前です。当時のことは祖父の手帳と、祖父の〈分け御霊〉である渡来屋さんから聞きました」
「外見の特徴は? 写真とかある?」
「昔の写真でよければ。祖父の手帳に挟んであったんです」
 由良は写真を永遠野に渡す。
 永遠野は懐かしそうに、祖母の写真に見入っていた。
「そう……そうなのね。やはり、貴方が」
「?」
「なんでもないわ。ところで、どうして貴方はおばあ様を探しているの? おばあ様が、貴方の〈心の落とし物〉なの?」
「実は私、本当は〈探し人〉じゃなくて人間なんです。死んだと思っていた祖母が〈未練溜まり〉で生きているかもしれないと知って……」
 由良は祖母を探しに来るまでの経緯と、ここまでの道のりを語った。
 永遠野は由良が人間だと言っても、さして驚かなかった。
 それより、由良が未練街で体験した小冒険の方に興味があるようで、夢中で聴き入っていた。特に、渡来屋の妨害には我が事のように怒っていた。
「本当に仕方ない人! 貴方の邪魔までするなんて、よっぽど私が気に入らないのね!」
「渡来屋さんのこと、ご存知なんですか?」
「有名人ですもの。私もずいぶん手を焼かされているわ。あの人ったら、どこからでも現れて、〈心の落とし物〉を盗んでいくのよ」



 話が一段落すると、永遠野は「ちょっと相談なのだけれど」と、突然こんな提案をしてきた。
「貴方、ここで私と一緒に暮らさない?」
「へ?」
 水を飲んでいたB10号も「ニャ?」と首を傾げる。
 戸惑う由良に構わず、永遠野は笑顔で続けた。
「ここは素敵な場所よ。現実と違って、何も失わないし、何でも手に入るの。どんな望みも思いのまま。ね、そうしましょう?」
「そういうわけには……私は祖母を探しに来たんです。ずっとここにいるわけにはいきません。仕事だってありますし、周りの人達を心配させたくないですから」
「そんなに大事? 望みが叶うことよりも?」
「……」
 永遠野は祖母の居場所が分からないのかもしれない。それを誤魔化そうとして、突然妙な提案をしてきたのだろう。
 由良は席を立った。気は引けるが、これ以上ここに留まる必要はない。
「……祖母の居場所を教えていただけないのなら、これで失礼させてもらいます。お茶とデザート、ごちそうさまでした。出口まで案内してもらえますか?」
「ま、待って!」
 永遠野は慌てて由良を引き留めた。
「ごめんなさい。もったいぶるつもりはなかったの。ただ、貴方が信じてくれるかどうか不安で……」
「では、祖母がどこにいるのかご存知なんですね?」
「えぇ、とっくに」
「教えてください。それがどんな突拍子もない答えでも信じますから」
 永遠野は半信半疑な様子で答えた。
「おばあ様は……貴方の目の前にいるわ」
「目の前?」
 B10号と目が合う。
 驚いた様子で、口をポカンと開き、黒目をまん丸にしていた。「現実が嫌になってネコになっているかも」とも考えたが、あの様子では違うようだ。
(ってことは……)
 B10号から永遠野へ視線を移す。
 永遠野は静かにうなずいた。

「そう。貴方が探しているのは、私。添野美緑……貴方のおばあ様よ」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...