心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第六話「未練病院群」⑴

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「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした。またのお越しをお待ちしております」
 お茶の後、由良とナナコは「Alraune」を後にした。黒猫は残った。
 トケイソウを確認すると、三十分ほど時間が経っていた。
「それで結局、何の花にしたんですか?」
 ナナコは大きな花束と梱包した花瓶を入れた袋を提げていた。白百合を中心に、ピンクや水色、黄色など、色とりどりの花々がひとつの花束に絶妙な配色で収まっている。
 花瓶は白い円筒の陶器で、シンプルゆえにどんな花にも合いそうだった。
「ひとつに選びきれなかったので、気に入ったのを全部まとめてもらいました。真ん中のは百合、横のはキンセンカ。周りにちょこちょこあるのはスターチスで、飛び抜けてるのがりんどう、それからグラジオラスです。病室に無いと困るので、花瓶も買ったんですよ」
 ナナコは花束にまとめた花をひとつずつ指差し、説明する。もうすぐ探していた人に会えるからか、妙にテンションが上がっていた。
「これだけ飾ったら、病室が華やかになりそうですね」
「えぇ。楽しみです」
 


 未練病院群の受付は閑散としていた。受付のカウンターと、数脚の長椅子が等間隔に並んでいる。ホールは異様に明るく、薄黄緑色の無機質な空間が広がり、いくつもの廊下とつながっていた。
 カウンターにはマネキンではなく、人間が座っていた。受付を横切る看護師や医師も、人間のスタッフばかりだった。
「あの、病室を探しているんですが」
 由良が受付の女性に声をかけると、女性は満面の笑みを浮かべた。
「はい。どなたのでしょうか?」
 由良は名前を告げようと口を開き、まだ教えてもらっていなかった事実に気づいた。
「ナナコさん、名前は?」
「へ? 今はナナコですか」
「いや、貴方のじゃなくて、貴方が探されている方の」
「あぁ、はいはい。えぇと……」
 みるみるうちに、ナナコの顔色が悪くなっていった。
「……そういえば、まだ思い出してなかったです」
「思い出してください。今すぐに」
「はい、ただ今!」
 ナナコは必死に思い出そうと、こめかみに指を当て、うーんうーんと唸る。
「春……いや、夏だったかしら? 上のようで下のような……」
 やがて、ナナコはハッと顔を上げた。
「……夏彦なつひこ尾上おがみ夏彦です」
「はい、尾上夏彦さんですね」
 受付の女性はカタカタとパソコンのキーボードを叩く。病室までの行き先を記した紙をプリンターで印刷し、由良に差し出した。
「北東八階エリアになります。そちらの廊下の突き当たりにあるエレベーターを十三階まで上り、南西方向へ渡り廊下を四つ下り、非常階段を二階分上がり、他の病院を五棟抜けた先にある、旧ワスレナ診療所にございます。ちなみに現在、旧ワスレナ診療所に入所されているのは尾上様のみです」
「ほくと……なんて?」
「詳しい行き方は、そちらの地図をご参考にしてください。紛失されましたら、こちらの受付で再発行するか、検索機をご利用ください。暗い場所がございますので、懐中電灯もどうぞ」
 「未練病院群」とペンと書かれた懐中電灯を二本渡される。由良は一本をナナコに渡した。
 改めて、地図を確認する。両面印刷で、かなり複雑な構造になっている。通れない通路や半壊している建物もあった。
「つかぬことをお聞きしますが、この病院群が崩れる……なんてことはありませんよね?」
 受付の女性は自信満々に、グッと親指を立てた。
「大丈夫です! 破損箇所は、即時修繕されます! 、病院群が崩れることはありませんよ!」
「まぁ! それなら安心ですね!」
(……つまり、誰からも求められなくなったら崩れるってことか。大勢の〈探し人〉がここで降りていたし、しばらくは本当に大丈夫みたいだけど)
 


 案内された廊下を進む。廊下の両サイドには病室が並んでおり、中から人の寝息やいびきが聞こえてくる。
 受付とは打って変わり、薄暗い木造の廊下だ。歩くたび、ミシミシと音が鳴る。壁には蝋燭が立てかけられ、ぼんやりと周囲を照らしていた。
「明治時代の病院かしら。就寝の邪魔しちゃ悪いし、早いとこ通り抜けちゃいましょう」
「添野さん、ここ怖いです。絶対お化け出ます」
「出ません。気のせいです」
(まぁ、〈探し人〉を生き霊とするなら、とっくに出てるけど)
 その時、廊下の先に見覚えのある黒い影が見えた。
「っ!」
「ど、どうしたんですか?!」
 とっさに足を止める。急に止まった由良に、ナナコも驚く。
 影はこちらに気付かず、去っていく。黒いボーラーハット、黒い外套、そしてペリドットを思わせる澄んだ黄緑色の髪と瞳……渡来屋に間違いない。
「ナナコさん、今のうちにエレベーターへ」
「え? え?」
 由良はナナコの手を引き、廊下を駆け抜ける。
 待機していたエレベーターへ飛び乗り、十三階のボタンを押した。廊下は明治時代の病院だったが、エレベーターは現代に近い自動ドアの型だった。



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