心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第六話「未練病院群」⑵

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 ドアが閉まり、エレベーターが動き出すと、由良は安堵した。一緒に走らされたナナコは息を切らし、苦しそうだった。
「添野さん、どうなさったんですか?」
「……いた」
「いたって、まさかお化け?!」
「違います。もっとヤバいやつです」
 十三階に着き、エレベーターのドアが開く。
 さまざまな形状、時代の渡り廊下が病室や診察室の間を貫き、放射状に伸びている。エスカレーターがついているわけでもないのに、坂になっていたり、ジェットコースターのように途中で円を描いているものもある。
 由良とナナコが進む渡り廊下も下り坂になっていた。天井や壁が透明で、周りの病棟の明かりが見える。
「急ぎましょう。捕まったら、終わります」
「終わるって、何が?」
「私の旅がです。ナナコさんともこの場でお別れしなくてはなりません」
「それは困ります! 私、ひとりでワスレナ診療所まで行ける自信ないです!」
「私も、ここまで来たら最後まで送り届けたいです」
 指示通り、南西に向かって渡り廊下を四つ下る。
 四つ目の渡り廊下を渡り切った先は、どこかの病院の屋上だった。病院群の中腹で、さらに大きな病院が隣にそびえたっている。
 その病院の壁に、ハシゴの形状の非常階段が設置されていた。ハシゴの先を見上げると、二階分上の窓から別の病院の玄関が飛び出していた。廃墟か、窓が割れている。
「……あそこに行けってこと?」
「まぁ。荷物、どうしましょう?」
「花瓶は私が運びます。花束はナナコさんにお任せしますね」
 隣の病院の廊下を、渡来屋らしき男が歩いていく。視線に気づいたのか、こちらを振り返った。
 由良はとっさに顔を隠す。そのまま非常階段を上りきった。
「ナナコさん、手を」
「ありがとうございます。すみません、花瓶を運んでもらっちゃって」
 ナナコの手を取り、引っ張り上げる。落ちないよう、慎重に玄関の扉を開き、中へ入った。
 室内も荒れ果てていた。椅子は布が破れてクッションが飛び出し、膨大な数の書類が床に散らばっている。暗く、誰もいない。
 診察室へ続くドアを開くと、別の病院の玄関が現れた。
 個人の病院で、「Alraune」に似た可愛らしい外観だ。なんだか親近感を覚え、安堵する。ナナコを送り届けたら、魔女の家へ行く前に寄ってみるのもいいかもしれない。



「ここから五棟、でしたね。もうすぐですよ、ナナコさん」
「……そうですね」
 ナナコは不安そうにうつむく。病院群へ来た時の元気はない。
「どうしました?」
「私……本当は誰なんでしょうか?」
「誰って、〈探し人〉でしょう? 尾上夏彦さんを探している"誰か"の未練を叶えるために生まれた」
「そうなんですけど……」
 ナナコは戸惑いながらも、打ち明けた。
「あの人の名前を思い出してから、だんだん他の記憶も思い出してきたんです。あの人と私がどういう関係だったのかとか、どうやって知り合ったのかとか」
「良かったじゃないですか」
「……本当にそうでしょうか?」
 ナナコは思い出した記憶を、ポツポツと語り始めた。
「私と夏彦さんはワスレナ診療所で出会いました。爽やかな夏の頃でした。私は知人のお見舞いで、定期的に診療所へかよっていました」
 キッカケは、ナナコの主人が夏彦の病室へ間違えて訪ねたことだった。夏彦は重い病に罹っており、長く入院していた。
 夏彦はベッドの上で本を読んでいた。突然押しかけてきた来客に、ひどく驚いていた。
 歳が近かったのもあり、二人はすぐに打ち解けた。以降もナナコの主人はたびたび夏彦の病室を訪れ、会話に花を咲かせた。満足に外へ出られない夏彦にとっても、彼女と話す時間は特別だったらしい。
 しかし、知人が退院したことで、ナナコの主人は診療所へかよう理由を失った。しばらくは手紙のやり取りがあったものの、どちらからともなく途絶えた。
 時は流れ、ナナコの主人は夏彦が亡くなったと報せを受けた。葬儀は執り行われた後だった。
 ナナコの主人は参列できなかったことを悔やみ、ナナコを生み出した。
 ナナコの目的は、主人の代わりに夏彦を看取り、葬儀へ参列すること。彼女がまとっている喪服は、夏彦を見送りたかった主人の想いの象徴なのかもしれない。
「悲しいお話ですね」
「えぇ。けれど、腑に落ちないことがあるんです」
 ナナコは神妙な顔で言った。
「あの人の名前を思い出した時……思ったんです。これはでもあるんだって」
「え?」
 次の瞬間、地面が割れた。二人がいる病院が、崩壊を始めている。
「っ!」
 由良はとっさに、ナナコを診察室の先にある病院へ押し込んだ。
 直後、由良が立っていた足場が崩れた。病院の下には、果てしない闇が続いていた。
「添野さん!」
「先に行っててください! 私も後から向かうので!」
 遠くで、ナナコが由良の名前を必死に叫んでいる。
 その声に応えたかったが、由良は途中で意識を失った。


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