心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第一話「洋燈商店街発、〈未練溜まり〉行き」⑷

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 正面から蛍光グリーンの光が差し込む。
 由良はとっさに、手で光をさえぎった。光は路面電車の進行方向とは逆に遠ざかっていく。どこかのバーのネオン看板だった。
 いつの間にか、外は薄ぼんやりと明るくなっていた。路面電車は依然として洋燈商店街の中を走っていたが、どの建物にも見覚えがない。いずれも妙に古めかしく、明治から昭和初期に建てられたものばかりだった。
 景色がはっきりすると同時に、人々のざわめきが押し寄せてくる。建物同様、時代様々な格好の人達が祭りでもないのに大勢集まり、商店街を行き交っていた。
『長らくのご乗車、ありがとうございました。間もなく、終点・未練街みれんがいに停まります。お降りの際はお忘れ物のないようご注意ください』
 車掌の格好をしたマネキンが車掌室から顔を出し、メガホンを使ってアナウンスする。路面電車は減速し、商店街内の停留所に止まる。
 以前迷い込んだ〈未練溜まり〉とは全く異なる雰囲気に、由良は戸惑った。
「〈未練溜まり〉? これが? 完全に街じゃないの。人もフツーに歩いてるし」
 立ち上がり、出口へ向かう。黒猫も網棚から下り、由良の後をついて来る。
 アヤの〈探し人〉だけは、電車が完全に止まっても動こうとしなかった。
「降りられないんですか?」
 アヤの〈探し人〉は覚悟を決めた様子で頷いた。
「私、戻ります。このまま乗っていれば、現実の洋燈商店街へ折り返すはずですから。彼のケータイのこと、本当の私に伝えなくちゃ。とっくに捨てられているか、使えなくなっているもしれないけど」
「その時は渡来屋さんの出番ですよ。『物』なら見つけられるんですから」
「……そうですね」
 彼女は安堵し、微笑んだ。



 由良は路面電車を降りる。乗ってくる人はいない。
 外に出た瞬間、生暖かい空気がむわっと体にまとわりついた。どこからか蝉の鳴き声がする。元の洋燈商店街は春の終わりだったが、ここは夏らしい。日が落ちているというのに、蒸し暑い。
 全身にじんわりと汗をかく。由良はたまらず、袖をまくった。
「洋燈商店街行き、間もなく発車致します。周囲にいらっしゃる方々は、危ないので離れてくださいませ」
 車掌の格好をしたマネキンが必要以上にベルと警笛を鳴らし、電車の周りを歩いている人達に警告する。アヤの〈探し人〉が窓から手を振り、「さようなら」と口を動かしているのが見えた。
 由良も「お元気で」と別れを告げ、手を振り返す。電車は曲がり角の先の暗闇へ消えていった。
 その時、目の前にまたしても蛍光グリーンの光が飛んだ。今度は小さく、片手でつまめるほどの大きさだった。光は空中に尾を残しながら、夜空へ飛び去っていく。
 由良の見間違いでなければ、それはホタルだった。しかも、一匹や二匹ではない。星のない夜空に、星の代わりにチカチカと点滅している。
「こんな街中にホタルがいるなんて……」
 由良は思わず、ホタルを目で追う。今も昔も、洋燈商店街でホタルを見かけたなどという話は聞いたことがない。もっと自然の多い場所……秋染川のほとりまで行かないと見れないはずだ。
 由良はホタルに見惚れるあまり、周りが見えていなかった。
「ちょっと、お姉さーん? そんなとこに突っ立ってたら危ないよ?」
「あ、すみません」
 横から歩いてきた学ラン姿の男子学生に注意される。あわや、ぶつかる寸前だった。
 気づいた時には、由良は歩く人々の流れに飲まれていた。電車が去ったことでスペースが空き、そこへ商店街の外から来た人々が押し寄せたのだ。大通りに出ようにも、出口はどんどん遠ざかる。
 由良はダメもとで、先ほどぶつかりかけた学生に訊いてみた。
「あの、人を探しているんですが、どこで聞いたらいいんでしょうか?」
「人って、〈心の落とし物〉? それとも〈探し人〉?」
「いえ、生きてる人間なんですけど」
 学生は声を上げて笑った。
「いやいや、〈未練溜まり〉に人間が来られるわけないじゃん! いたら、大騒ぎになるって!」
「……ですよね」
 由良も苦笑いする。
 分かってはいたが、簡単に見つかりそうにはないらしい。取り急ぎ、ここから抜け出す方法を考えなくては。



(第二話へ続く)
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