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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第二話「ビアガーデン・ライムライト」⑴
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前回までのあらすじ。
祖母を探しに来たら、人に流されて動けなくなった(文字通り)。
「どうしてこんなに人が集まっているんです? お祭りでもあるんですか?」
学ラン姿の男子学生は「いつもこんな感じだよ」と笑った。
「ここはいろんな店が集まってるからさ、楽しく心果を摂取できるんだよね」
「心果?」
「おっと、もうこんな時間! じゃ、俺はこれで! 早く行かねーと、カノジョちゃんとの待ち合わせに遅れちまう!」
「あ、ちょっと!」
まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、学生は腕時計を見るなり、由良を追い越した。
「聞き込みするなら、どこか店に入った方がいいよ! ゆっくり話を聴けるし、足も疲れないからね!」
学生は人混みを斜めに進む。歩く人の流れに逆らうことなく、人通りの少ない路上裏へ楽々とたどり着いた。
「ああやって進めばいいのか」
由良も彼に倣い、目についた階段へ避難する。二階建ての青果店の横に取り付けられた白い鉄骨階段で、ところどころ赤く錆びついていた。
由良は段差に腰掛け、ひと息つく。学生の言葉通り、人々はただ歩いているのではなく、店を物色したり、食べ歩いたりしていた。不思議なことに、いずれの飲食物もホタルのような淡い黄緑色の光を帯びている。
(あれが心果? どうして光っているのかしら?)
その時、どこからかピアノの音が聞こえてきた。ひと昔前に流行った映画の曲をジャズにアレンジしている。階段を上った先の、屋上から聞こえてくる。
青果店のシャッターは下りている。どちらにせよ、話は聞けない。由良はピアノの音を頼りに、階段を上った。
青果店の屋上は、オシャレなビアガーデンになっていた。入口のヤシの木には「ビアガーデン・ライムライト」と書かれたポップな看板が下がっている。
客達はラタン製のソファやハンモックに腰掛け、ゆったりとくつろいでいる。店名にあるとおり、テーブルにはライムを使った飲み物や料理が目立つ。机の上や床のあちこちにはライム色の蛍石《フローライト》の塊が置かれ、屋上全体を淡く照らしていた。
屋上の中央には立派なグランドピアノがあり、ライム柄のモダンなノースリーブの衣装をまとった女性が軽快な手つきで演奏している。下から聞こえていたのは彼女の演奏だろう。曲を口ずさみ、とても楽しそうだった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
席を探していると、奥のカウンターから初老のウェイターが手招きしてきた。案内されるまま、カウンターのラタンのスツールに腰掛ける。
メニュー表に目を通し、炭酸のライムモヒートと、白身魚とライムのカルパッチョを頼んだ。〈未練溜まり〉でお金が使えるかは分からないが、何も頼まないわけにもいかない。
「そちらのお客様はお水でよろしいですか?」
「ニャア」
いつのまにか、由良の隣に黒猫が座っていた。路面電車の網棚にいた猫と同じ、緑色の瞳をしている。
「……いつのまに」
「よくいらっしゃるんですよ。うちの常連さんです」
出てきたドリンクと料理は、淡く黄緑色の光を帯びていた。
黒猫が美味そうに飲んでいるのを見て、由良も恐る恐る口にする。ライムの風味が爽やかで、思わずうなった。
「美味しいですね。ここの食べ物はどれも光っているんですか?」
「えぇ。心果を含んでいれば、おのずと」
「私、この街へ来たばかりでよく知らないのですが、その心果って何なんです?」
「〈心の落とし物〉の塊、とでも申しましょうか。我々〈探し人〉がこの未練街に居続けるために必要なものですよ。ここでは〈探し人〉は徐々に体が溶け、消滅してしまいますから」
なぜ未練街にいる〈探し人〉達は平気なのか、謎がひとつ解けた。
祖母を探しに来たら、人に流されて動けなくなった(文字通り)。
「どうしてこんなに人が集まっているんです? お祭りでもあるんですか?」
学ラン姿の男子学生は「いつもこんな感じだよ」と笑った。
「ここはいろんな店が集まってるからさ、楽しく心果を摂取できるんだよね」
「心果?」
「おっと、もうこんな時間! じゃ、俺はこれで! 早く行かねーと、カノジョちゃんとの待ち合わせに遅れちまう!」
「あ、ちょっと!」
まだまだ聞きたいことは山ほどあったが、学生は腕時計を見るなり、由良を追い越した。
「聞き込みするなら、どこか店に入った方がいいよ! ゆっくり話を聴けるし、足も疲れないからね!」
学生は人混みを斜めに進む。歩く人の流れに逆らうことなく、人通りの少ない路上裏へ楽々とたどり着いた。
「ああやって進めばいいのか」
由良も彼に倣い、目についた階段へ避難する。二階建ての青果店の横に取り付けられた白い鉄骨階段で、ところどころ赤く錆びついていた。
由良は段差に腰掛け、ひと息つく。学生の言葉通り、人々はただ歩いているのではなく、店を物色したり、食べ歩いたりしていた。不思議なことに、いずれの飲食物もホタルのような淡い黄緑色の光を帯びている。
(あれが心果? どうして光っているのかしら?)
その時、どこからかピアノの音が聞こえてきた。ひと昔前に流行った映画の曲をジャズにアレンジしている。階段を上った先の、屋上から聞こえてくる。
青果店のシャッターは下りている。どちらにせよ、話は聞けない。由良はピアノの音を頼りに、階段を上った。
青果店の屋上は、オシャレなビアガーデンになっていた。入口のヤシの木には「ビアガーデン・ライムライト」と書かれたポップな看板が下がっている。
客達はラタン製のソファやハンモックに腰掛け、ゆったりとくつろいでいる。店名にあるとおり、テーブルにはライムを使った飲み物や料理が目立つ。机の上や床のあちこちにはライム色の蛍石《フローライト》の塊が置かれ、屋上全体を淡く照らしていた。
屋上の中央には立派なグランドピアノがあり、ライム柄のモダンなノースリーブの衣装をまとった女性が軽快な手つきで演奏している。下から聞こえていたのは彼女の演奏だろう。曲を口ずさみ、とても楽しそうだった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
席を探していると、奥のカウンターから初老のウェイターが手招きしてきた。案内されるまま、カウンターのラタンのスツールに腰掛ける。
メニュー表に目を通し、炭酸のライムモヒートと、白身魚とライムのカルパッチョを頼んだ。〈未練溜まり〉でお金が使えるかは分からないが、何も頼まないわけにもいかない。
「そちらのお客様はお水でよろしいですか?」
「ニャア」
いつのまにか、由良の隣に黒猫が座っていた。路面電車の網棚にいた猫と同じ、緑色の瞳をしている。
「……いつのまに」
「よくいらっしゃるんですよ。うちの常連さんです」
出てきたドリンクと料理は、淡く黄緑色の光を帯びていた。
黒猫が美味そうに飲んでいるのを見て、由良も恐る恐る口にする。ライムの風味が爽やかで、思わずうなった。
「美味しいですね。ここの食べ物はどれも光っているんですか?」
「えぇ。心果を含んでいれば、おのずと」
「私、この街へ来たばかりでよく知らないのですが、その心果って何なんです?」
「〈心の落とし物〉の塊、とでも申しましょうか。我々〈探し人〉がこの未練街に居続けるために必要なものですよ。ここでは〈探し人〉は徐々に体が溶け、消滅してしまいますから」
なぜ未練街にいる〈探し人〉達は平気なのか、謎がひとつ解けた。
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