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冬編③『銀世界、幾星霜』
第二話「くるみ割り人形と銀色胡桃」⑷
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少年の母は銀色胡桃について語り続けた。
そもそも銀色胡桃は森に住む妖精が作り出した植物で、森へ入ってきた人間が心優しいかそうでないか選別するための目印にしているらしい。
また、銀色胡桃の木の根元には妖精の国への入口が隠されており、見つけた者は客人としてもてなされ、土産に抱えきれない量の銀色胡桃を持たされるとか。
まるでその目で見てきたかのように、よどみなく語った。
熱弁する母に、買い物から帰ってきたお手伝いさんは苦笑した。
「奥様、嘘も大概になさってくださいね。坊ちゃんが本気にして探しに行ってしまわれたら、どうなさるんです?」
「トメさん、そんな夢のないこと言わないでくれよ。蛍太郎は面白がってくれたんだぞ? 秀麗もワクワクしただろう?」
少年の母は少年の頭を優しくなでた。少年は「髪が乱れる」と不服そうに顔をしかめた。
言われなくとも、少年はとっくに母の話が嘘だと気づいていた。伊達に植物図鑑を読み込んではいないのだ。お手伝いさんに指摘されるまで話をさえぎらなかったのは、母が楽しそうだったからだ。
ありもしない空想を大真面目に語る母は、子供である少年よりもずっとキラキラした瞳をしていた。母の生き生きとした姿を見ていると、少年も満ち足りた気分になった。
(これが幸せってやつなのかもしれないな)
その後、母は過労で命を落とした。
それに伴い、母の会社の業績は悪化。大人になった少年は母の会社を立て直すため、連日奮闘した。クリスマスはビジネスチャンスであり、純粋に楽しむものではなくなっていった。
コレさんは由良を介し、銀色胡桃を中林から受け取った。
「これで主人も大切な時間を思い出すことでしょう。では」
銀色胡桃をスーツケースに仕舞い、フタを閉じる。バタン、とフタが閉まると同時に、コレさんは由良の前から消えた。
「店長も割ってみます? クルミが割れる音が心地いいって、お客様にも好評なんですよ」
ですよね? と中林はお客を振り返る。
何人かの客が中林に気づき、「どうぞ、どうぞ」とくるみ割り人形を勧めた。
「ねっ!」
「じゃあ、ひとつ」
中林から銀色胡桃を受け取り、兵隊のくるみ割り人形にセットする。
レバーを動かし、クルミを割った瞬間、由良は思い出した。
「……あ。私、前にも銀色胡桃を割ったことあるかも」
「えっ、そうなんですか?」
「駄菓子屋の復刻商品って聞いた時、ちょっと引っかかってたの。実際に割って思い出したわ」
由良に銀色胡桃を渡したのは、祖父だった。店で売る菓子の試作品で、商店街の駄菓子屋にも置くつもりだと話していた。
中身はコーヒー豆を丸ごと使ったお菓子で、子供の由良にとっては大人の味だった。
銀色胡桃、という名こそ決まっていなかったが、
「私の友人がこのクルミをいたく気に入ってね、いろいろと面白い設定を考えてくれたんだよ。ヨーロッパの森がどうとか、妖精の国がどうとか」
と、コレさんが話していた内容と同じことを言っていた。もしかしたら祖父の友人というのは、コレさんや秀麗の関係者かもしれない。
「残念なことに、くるみを割る道具がないと割りにくいからって、いまいち流行らなかったんだけど。私も中のお菓子だけ食べてたし」
「LAMPにはくるみ割り人形があるから、流行るかもしれませんね」
さらに、由良は思い出した。
コレさんが美麗漆器の先代社長、器楽堂美麗の若い頃に瓜二つだと。
(親子って、そういう意味だったのね)
クリスマスの夜、秀麗はふと実家の倉へ足を運んだ。
会議の最中に突然、子供の頃に母からもらったくるみ割り人形と銀色胡桃のことを思い出したのだ。どちらも秀麗が子供の頃に使っていたオモチャや図鑑といっしょに仕舞ってあった。
「ずいぶんホコリを被ってるな。中身はおそらく腐っているだろうが……一応、割ってみるか」
母を模したくるみ割り人形は全体的にホコリを被り、色あせていた。銀色胡桃もところどころ銀箔が剥がれ、元のカラの色が見えている。
秀麗はくるみ割り人形の口の中へ銀色胡桃を入れると、恐る恐るレバーを引いた。ミシミシと嫌な音が聞こえつつも、カラは無事に割れた。
悲惨な中身を想像しつつ、カラを開く。中には腐った菓子ではなく、指先でつまめるほどの小さなスポーツカーが入っていた。不意を突かれ、秀麗はキョトンとした。
「……そういえば、オモチャも入ってるって言ってたな」
母の言葉を思い出し、笑みがこぼれる。
母と過ごした時間を取り戻そうとするように、残りの銀色胡桃も割った。
(冬編③『銀世界、幾星霜』第三話へ続く)
そもそも銀色胡桃は森に住む妖精が作り出した植物で、森へ入ってきた人間が心優しいかそうでないか選別するための目印にしているらしい。
また、銀色胡桃の木の根元には妖精の国への入口が隠されており、見つけた者は客人としてもてなされ、土産に抱えきれない量の銀色胡桃を持たされるとか。
まるでその目で見てきたかのように、よどみなく語った。
熱弁する母に、買い物から帰ってきたお手伝いさんは苦笑した。
「奥様、嘘も大概になさってくださいね。坊ちゃんが本気にして探しに行ってしまわれたら、どうなさるんです?」
「トメさん、そんな夢のないこと言わないでくれよ。蛍太郎は面白がってくれたんだぞ? 秀麗もワクワクしただろう?」
少年の母は少年の頭を優しくなでた。少年は「髪が乱れる」と不服そうに顔をしかめた。
言われなくとも、少年はとっくに母の話が嘘だと気づいていた。伊達に植物図鑑を読み込んではいないのだ。お手伝いさんに指摘されるまで話をさえぎらなかったのは、母が楽しそうだったからだ。
ありもしない空想を大真面目に語る母は、子供である少年よりもずっとキラキラした瞳をしていた。母の生き生きとした姿を見ていると、少年も満ち足りた気分になった。
(これが幸せってやつなのかもしれないな)
その後、母は過労で命を落とした。
それに伴い、母の会社の業績は悪化。大人になった少年は母の会社を立て直すため、連日奮闘した。クリスマスはビジネスチャンスであり、純粋に楽しむものではなくなっていった。
コレさんは由良を介し、銀色胡桃を中林から受け取った。
「これで主人も大切な時間を思い出すことでしょう。では」
銀色胡桃をスーツケースに仕舞い、フタを閉じる。バタン、とフタが閉まると同時に、コレさんは由良の前から消えた。
「店長も割ってみます? クルミが割れる音が心地いいって、お客様にも好評なんですよ」
ですよね? と中林はお客を振り返る。
何人かの客が中林に気づき、「どうぞ、どうぞ」とくるみ割り人形を勧めた。
「ねっ!」
「じゃあ、ひとつ」
中林から銀色胡桃を受け取り、兵隊のくるみ割り人形にセットする。
レバーを動かし、クルミを割った瞬間、由良は思い出した。
「……あ。私、前にも銀色胡桃を割ったことあるかも」
「えっ、そうなんですか?」
「駄菓子屋の復刻商品って聞いた時、ちょっと引っかかってたの。実際に割って思い出したわ」
由良に銀色胡桃を渡したのは、祖父だった。店で売る菓子の試作品で、商店街の駄菓子屋にも置くつもりだと話していた。
中身はコーヒー豆を丸ごと使ったお菓子で、子供の由良にとっては大人の味だった。
銀色胡桃、という名こそ決まっていなかったが、
「私の友人がこのクルミをいたく気に入ってね、いろいろと面白い設定を考えてくれたんだよ。ヨーロッパの森がどうとか、妖精の国がどうとか」
と、コレさんが話していた内容と同じことを言っていた。もしかしたら祖父の友人というのは、コレさんや秀麗の関係者かもしれない。
「残念なことに、くるみを割る道具がないと割りにくいからって、いまいち流行らなかったんだけど。私も中のお菓子だけ食べてたし」
「LAMPにはくるみ割り人形があるから、流行るかもしれませんね」
さらに、由良は思い出した。
コレさんが美麗漆器の先代社長、器楽堂美麗の若い頃に瓜二つだと。
(親子って、そういう意味だったのね)
クリスマスの夜、秀麗はふと実家の倉へ足を運んだ。
会議の最中に突然、子供の頃に母からもらったくるみ割り人形と銀色胡桃のことを思い出したのだ。どちらも秀麗が子供の頃に使っていたオモチャや図鑑といっしょに仕舞ってあった。
「ずいぶんホコリを被ってるな。中身はおそらく腐っているだろうが……一応、割ってみるか」
母を模したくるみ割り人形は全体的にホコリを被り、色あせていた。銀色胡桃もところどころ銀箔が剥がれ、元のカラの色が見えている。
秀麗はくるみ割り人形の口の中へ銀色胡桃を入れると、恐る恐るレバーを引いた。ミシミシと嫌な音が聞こえつつも、カラは無事に割れた。
悲惨な中身を想像しつつ、カラを開く。中には腐った菓子ではなく、指先でつまめるほどの小さなスポーツカーが入っていた。不意を突かれ、秀麗はキョトンとした。
「……そういえば、オモチャも入ってるって言ってたな」
母の言葉を思い出し、笑みがこぼれる。
母と過ごした時間を取り戻そうとするように、残りの銀色胡桃も割った。
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