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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第四話「渡せなかった指輪」⑶
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珠緒は白い手袋をはめ、パープルサファイアの指輪をクリアケースから慎重に取り出す。
指輪をラベンダー色のリングケースへ移し、玉蟲匣のロゴが入った紙袋に入れると、水無月の〈探し人〉に差し出した。珠緒には彼の姿が見えていないため、少し位置がズレていた。
「こちらがお品物になります。お買い上げ、ありがとうございました」
「こちらこそ、無理言って店を開けてもらってすみませんでした。これで彼女にプロポーズできます」
〈探し人〉は指輪が入った紙袋を受け取り、感慨深そうに呟いた。
「彼女にはずいぶん苦労させてきました。やっと安心させてやれます。本当にありがとうございました」
そう言い残し、水無月の〈探し人〉は消えた。
……手に入れたばかりの指輪を残して。
「おっと」
由良は反射的に手を伸ばし、紙袋をキャッチした。中身だけ持って行ったのかと確認したが、箱も指輪も残ったままだった。
珠緒も指輪を見て、首を傾げた。
「何で消えてないの? ホントはいらなかったってこと?」
「後で本人が取りに来るのかも。小切手はその担保なんじゃない?」
「困るなぁ。明日の朝には出国するつもりなのに」
「間に合わなかったら、私が対応しておいてあげる」
「そう? じゃ、よろしくー」
翌朝、珠緒は宣言通り、日本を発った。
あの後、水無月は玉蟲匣へ指輪を買いに来たのだろうか? あるいは、来なかったのだろうか?
玉蟲匣のドアに「ご用の方はLAMPまで」と貼り紙をしたが、一向に水無月は現れない。珠緒に直接聞きたかったが、多忙のせいか連絡がつかなかった。
由良が再びパープルサファイアの指輪を目にしたのは、玉蟲匣ではなくLAMPだった。
「どう? この指輪、素敵でしょう? 結婚してた記念日に、彼からもらったの」
扇はカウンター席に座り、薬指にはめたパープルサファイアの指輪を得意げに見せつけてくる。カウンターに立っていた中林は「すごく綺麗です!」と目を輝かせていた。
由良も気になり、厨房から指輪を覗き見る。扇がはめていたのは、玉蟲匣で売っていたパープルサファイアの指輪だった。
由良は居ても立っても居られず、カウンターへ出て、扇に尋ねた。
「その指輪、どちらで……いえ、どなたからもらったんです?」
「だから、彼からもらったって言ったじゃない。話聞いてた?」
扇は隣に座っている、サングラスでヒゲモジャの男を手で示した。珠緒が話していた、扇の専属カメラマンだ。今日も扇のブログ用の写真を撮るため、同行させられているらしい。
カメラマンはどうすればヒゲをホットコーヒーにつけずに飲めるか、試行錯誤を繰り返していた。今のところ答えは見つからず、ホットコーヒーを前に背を丸め、まごついている。
驚いたことに、カメラマンの薬指にも扇と同じパープルサファイアの指輪が輝いていた。珠緒の話では、指輪の片方は先に売れてしまったはずだ。それがなぜ、二つとも二人の手にあるのだろう?
戸惑う由良をよそに、中林は意外そうにカメラマンを見た。
「結婚してたってことは、お二人は夫婦だったんですか?」
「そうよ。彼は最初の夫なの」
「へー、最初の……」
中林は「あれ?」と首を傾げる。由良も同じように疑問に思った。
「扇さんの最初の旦那さんって、確か……?」
その時、
「なぁ、華恋」
と、初めてカメラマンが声を発した。老いた見た目とは裏腹な、張りのある男性の声だった。
「このヒゲ、取っていいかい? サングラスもだ。このままじゃ、コーヒーすらまともに飲めやしない」
「いいじゃない、そのまま飲めば」
「撮影に使う小道具なんだよ。コーヒーで濡らしたくない。君だって変装していないんだから、構わないだろう?」
「そうねぇ……」
扇はチラッと背後に目をやる。
比較的空いている時間帯を狙って来たので、客は少ない。いても、扇慣れしている常連客ばかりだ。こちらを気にする様子もなく、それぞれ仕事や会話に集中している。
扇は正面へ向き直ると、渋々承諾した。
「分かった、取ってもいいわよ。でも、くれぐれも素顔のままで外に出ないでちょうだいね? 騒がれて困るのは、貴方なんだから」
「分かってる。飲み終わったら、またつけ直すよ」
カメラマンはサングラスを外し、ヒゲをベリベリと剥がす。顔を覆っていたヒゲは、全て作り物だったらしい。
やがてあらわになった顔を見て、由良と中林は言葉を失った。彼は正真正銘、扇の最初の夫である水無月涼馬だった。
指輪をラベンダー色のリングケースへ移し、玉蟲匣のロゴが入った紙袋に入れると、水無月の〈探し人〉に差し出した。珠緒には彼の姿が見えていないため、少し位置がズレていた。
「こちらがお品物になります。お買い上げ、ありがとうございました」
「こちらこそ、無理言って店を開けてもらってすみませんでした。これで彼女にプロポーズできます」
〈探し人〉は指輪が入った紙袋を受け取り、感慨深そうに呟いた。
「彼女にはずいぶん苦労させてきました。やっと安心させてやれます。本当にありがとうございました」
そう言い残し、水無月の〈探し人〉は消えた。
……手に入れたばかりの指輪を残して。
「おっと」
由良は反射的に手を伸ばし、紙袋をキャッチした。中身だけ持って行ったのかと確認したが、箱も指輪も残ったままだった。
珠緒も指輪を見て、首を傾げた。
「何で消えてないの? ホントはいらなかったってこと?」
「後で本人が取りに来るのかも。小切手はその担保なんじゃない?」
「困るなぁ。明日の朝には出国するつもりなのに」
「間に合わなかったら、私が対応しておいてあげる」
「そう? じゃ、よろしくー」
翌朝、珠緒は宣言通り、日本を発った。
あの後、水無月は玉蟲匣へ指輪を買いに来たのだろうか? あるいは、来なかったのだろうか?
玉蟲匣のドアに「ご用の方はLAMPまで」と貼り紙をしたが、一向に水無月は現れない。珠緒に直接聞きたかったが、多忙のせいか連絡がつかなかった。
由良が再びパープルサファイアの指輪を目にしたのは、玉蟲匣ではなくLAMPだった。
「どう? この指輪、素敵でしょう? 結婚してた記念日に、彼からもらったの」
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由良は居ても立っても居られず、カウンターへ出て、扇に尋ねた。
「その指輪、どちらで……いえ、どなたからもらったんです?」
「だから、彼からもらったって言ったじゃない。話聞いてた?」
扇は隣に座っている、サングラスでヒゲモジャの男を手で示した。珠緒が話していた、扇の専属カメラマンだ。今日も扇のブログ用の写真を撮るため、同行させられているらしい。
カメラマンはどうすればヒゲをホットコーヒーにつけずに飲めるか、試行錯誤を繰り返していた。今のところ答えは見つからず、ホットコーヒーを前に背を丸め、まごついている。
驚いたことに、カメラマンの薬指にも扇と同じパープルサファイアの指輪が輝いていた。珠緒の話では、指輪の片方は先に売れてしまったはずだ。それがなぜ、二つとも二人の手にあるのだろう?
戸惑う由良をよそに、中林は意外そうにカメラマンを見た。
「結婚してたってことは、お二人は夫婦だったんですか?」
「そうよ。彼は最初の夫なの」
「へー、最初の……」
中林は「あれ?」と首を傾げる。由良も同じように疑問に思った。
「扇さんの最初の旦那さんって、確か……?」
その時、
「なぁ、華恋」
と、初めてカメラマンが声を発した。老いた見た目とは裏腹な、張りのある男性の声だった。
「このヒゲ、取っていいかい? サングラスもだ。このままじゃ、コーヒーすらまともに飲めやしない」
「いいじゃない、そのまま飲めば」
「撮影に使う小道具なんだよ。コーヒーで濡らしたくない。君だって変装していないんだから、構わないだろう?」
「そうねぇ……」
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「分かってる。飲み終わったら、またつけ直すよ」
カメラマンはサングラスを外し、ヒゲをベリベリと剥がす。顔を覆っていたヒゲは、全て作り物だったらしい。
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