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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第三話「花見客の失くしもの」⑴
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休日の洋燈公園は大勢の花見客が詰めかけていた。そこかしこに敷かれたレジャーシートで芝生を覆われ、いつもよりも緑が少なく感じる。
おかげで、「LAMPキッチンカー出張店」の前には長蛇の列が出来ていた。あまりの盛況ぶりに中林とバイトの二人では注文をさばき切れず、急遽、由良も助太刀することになった。
「サクラストロベリーホワイトモカのお客様ー」
注文されたドリンクを桜柄の紙コップに注ぎ、プラスチックのフタで閉めて差し出す。フタにも細かな桜の柄が彫られており、見ているだけでも癒されるデザインとなっていた。
「このカップ、可愛い!」
「待った甲斐があったわー」
出来上がりを待っていた二人組の女性客もカップを気に入った様子で、顔を綻ばせる。
花見をしている場所まで待ち切れず、さっそくその場で一口飲んだ。ほんのり漂うサクラの香りと、甘酸っぱい苺の風味が混ざり合い、春の訪れを感じさせる。さらにホワイトモカのクリーミーな甘味が、新生活で蓄積されていた疲れを吹き飛ばしてくれた。
「はぁ、美味しい……」
「戻るまでに残ってるかしら?」
二人は一口飲むと、花見をやっている場所まで歩いて行った。かなり遠く、公園の端に近い。
彼女達はお花見場所に着くまで、ドリンクを飲むのを我慢しようとしているようだった。しかし最高の春ドリンクを前に耐えられるはずもなく、数歩歩くたびに、再びカップに口を一口つけていた。
(……あれ、絶対途中で無くなるだろうな)
由良は二人の背中を見送りつつ、熟練の手つきで注文をさばいていった。
やがて日が暮れると、公園のあちこちで開催されていた、いずれの宴会もお開きになった。
夕日が公園を照らす中、花見客達は粛々と片付けを進めていく。まるで祭りが終わった後のようで、見ているだけで物悲しくなる光景だった。
「私達も片付けましょうか」
「ですね」
人がまばらになってきたのを見て、由良達も後片付けを始めた。
既に桜は散り始めている。この調子なら、来週には葉桜になっているだろう。LAMPの出張店も、そろそろ閉め時かもしれない。
「あのぅ」
そこへ見知らぬ若い男がカウンター越しに、話しかけてきた。
パッとしない地味な印象の男で、黒と薄いピンクのチェックのネルシャツを着ていた。
「すみません。本日の営業は、もう終了したんです」
由良は片付けの手を止め、男に謝る。
すると男は「違います」と首を振った。
「僕、客じゃないです。このあたりに落とし物が落ちていなかったか、聞きたくて」
「落とし物?」
「えぇ」
男は気恥ずかしそうに頷いた。
「どうも、酒に酔って失くしたらしいんです。困ったことに何を失くしたのか、何処で失くしたのか、全く覚えていないんですよ。少なくとも、この公園で失くしたことは確かなんですけどね」
「どこで失くしたのかはともかく、何を失くしたのかすらも覚えていないんですか?」
「えぇ、まぁ。自分でも馬鹿だなぁと呆れてます。実物を見れば、思い出すと思うんですけど」
分からないことだらけで、由良は内心呆れた。
(……そんなの探しようがないじゃない。当てもなく探せるほど、ここは狭い公園じゃないんだから)
ともあれ、困っている人を放ってはおけない。ここですげなく男を追い返せば、
「あそこの店員は冷たい」
と、LAMPの悪評を流されかねない。
そこで由良は厨房の隅に置いていた段ボール箱を男の前のカウンターへ運び、中を開いて見せた。そこにはハンカチやティッシュ、イヤホンなど、誰かの落とし物と思われる品々が大量に詰め込まれていた。
「これ、何です?」
男は段ボール箱の中身を覗き、首を傾げた。
由良は
「全て、落とし物ですよ」
と答えた。
「うちの店のカウンターや店の周りに落ちていたんです。後から持ち主の方が現れたらお渡ししようと思って、保管しているんですよ。どうぞ、存分に探して下さい」
「あ、ありがとうございます!」
男は段ボール箱の中身を漁り、自分の失くしものを探し始めた。
箱の中には財布やスマホなどの高価な品もあったが、幸い落とし物を泥棒しに来たわけではないらしく、勝手に持っていくなどはしなかった。
おかげで、「LAMPキッチンカー出張店」の前には長蛇の列が出来ていた。あまりの盛況ぶりに中林とバイトの二人では注文をさばき切れず、急遽、由良も助太刀することになった。
「サクラストロベリーホワイトモカのお客様ー」
注文されたドリンクを桜柄の紙コップに注ぎ、プラスチックのフタで閉めて差し出す。フタにも細かな桜の柄が彫られており、見ているだけでも癒されるデザインとなっていた。
「このカップ、可愛い!」
「待った甲斐があったわー」
出来上がりを待っていた二人組の女性客もカップを気に入った様子で、顔を綻ばせる。
花見をしている場所まで待ち切れず、さっそくその場で一口飲んだ。ほんのり漂うサクラの香りと、甘酸っぱい苺の風味が混ざり合い、春の訪れを感じさせる。さらにホワイトモカのクリーミーな甘味が、新生活で蓄積されていた疲れを吹き飛ばしてくれた。
「はぁ、美味しい……」
「戻るまでに残ってるかしら?」
二人は一口飲むと、花見をやっている場所まで歩いて行った。かなり遠く、公園の端に近い。
彼女達はお花見場所に着くまで、ドリンクを飲むのを我慢しようとしているようだった。しかし最高の春ドリンクを前に耐えられるはずもなく、数歩歩くたびに、再びカップに口を一口つけていた。
(……あれ、絶対途中で無くなるだろうな)
由良は二人の背中を見送りつつ、熟練の手つきで注文をさばいていった。
やがて日が暮れると、公園のあちこちで開催されていた、いずれの宴会もお開きになった。
夕日が公園を照らす中、花見客達は粛々と片付けを進めていく。まるで祭りが終わった後のようで、見ているだけで物悲しくなる光景だった。
「私達も片付けましょうか」
「ですね」
人がまばらになってきたのを見て、由良達も後片付けを始めた。
既に桜は散り始めている。この調子なら、来週には葉桜になっているだろう。LAMPの出張店も、そろそろ閉め時かもしれない。
「あのぅ」
そこへ見知らぬ若い男がカウンター越しに、話しかけてきた。
パッとしない地味な印象の男で、黒と薄いピンクのチェックのネルシャツを着ていた。
「すみません。本日の営業は、もう終了したんです」
由良は片付けの手を止め、男に謝る。
すると男は「違います」と首を振った。
「僕、客じゃないです。このあたりに落とし物が落ちていなかったか、聞きたくて」
「落とし物?」
「えぇ」
男は気恥ずかしそうに頷いた。
「どうも、酒に酔って失くしたらしいんです。困ったことに何を失くしたのか、何処で失くしたのか、全く覚えていないんですよ。少なくとも、この公園で失くしたことは確かなんですけどね」
「どこで失くしたのかはともかく、何を失くしたのかすらも覚えていないんですか?」
「えぇ、まぁ。自分でも馬鹿だなぁと呆れてます。実物を見れば、思い出すと思うんですけど」
分からないことだらけで、由良は内心呆れた。
(……そんなの探しようがないじゃない。当てもなく探せるほど、ここは狭い公園じゃないんだから)
ともあれ、困っている人を放ってはおけない。ここですげなく男を追い返せば、
「あそこの店員は冷たい」
と、LAMPの悪評を流されかねない。
そこで由良は厨房の隅に置いていた段ボール箱を男の前のカウンターへ運び、中を開いて見せた。そこにはハンカチやティッシュ、イヤホンなど、誰かの落とし物と思われる品々が大量に詰め込まれていた。
「これ、何です?」
男は段ボール箱の中身を覗き、首を傾げた。
由良は
「全て、落とし物ですよ」
と答えた。
「うちの店のカウンターや店の周りに落ちていたんです。後から持ち主の方が現れたらお渡ししようと思って、保管しているんですよ。どうぞ、存分に探して下さい」
「あ、ありがとうございます!」
男は段ボール箱の中身を漁り、自分の失くしものを探し始めた。
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