心の落とし物

緋色刹那

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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』

第一話「サクラ咲く喫茶店」⑷

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「……えっ?」
 真冬は目の前から女性が消えたことに驚き、目を疑った。
 机の下を覗きこんでも、いない。周囲を見回しても、いない。桜の木の後ろにも、トイレにも、カウンターの裏にも、表の通りにも……いない。
 真冬が店中を探し回っている間、由良は素知らぬ顔でカウンターの席に座り、二杯目の桜紅茶を飲んでいた。
「嘘ぉ……?!」
「どうしたんですか? 桜パフェ、ぬるくなっちゃいますよ」
「由良さんだって、見たでしょ?! 車椅子のおばあさんが一瞬で消えちゃったところ!」
「さぁ……? そんなお客様、いましたっけ? 真冬さんが寝ぼけていたんじゃないですか?」
「えー?! 由良さんもあのおばあさんと会話してたじゃないですか!」
「記憶にございません。疑うなら、他のお客様にも聞いてみたらどうですか?」
 真冬は由良に言われた通り、店にいた他の客にも例の女性のことを聞いて回った。(真冬にとっては)不思議なことに、他の客も女性の姿を見てはいなかった。
「ごめんなさいね、桜に夢中だったものだから」
「いえ、いいんです。突然話しかけて、ごめんなさい」
 中林はその様子をカウンター席から眺めつつ、由良に尋ねた。
「……いいんですか? 真冬ちゃん、誰もいない席に向かって話しかけてますよ?」
「いいのよ。今店にいるのは、私達だけなんだから」
 由良の言葉通り、実際に店に来ている客は真冬一人だった。
 由良と真冬に見えている客は全員、先程の女性のように桜を見に来た〈探し人〉で、中林の目には誰もいないように見えていた。だからこそ、由良も中林も呑気にカウンター席に座り、桜紅茶を楽しんでいたのである。
「今日は本当に、中林さんがいて良かったわー。朝なんて、半分以上のお客様が〈探し人〉だったし。知らずに注文受けてたら、大赤字よ」
「みんな、桜が咲くのが待ち遠しいんですよ。私も早くお花見したいですし」
「……仕方ない。〈探し人〉が桜を見に来なくなるまで、あれは放置することにしましょう。店が〈探し人〉だらけになるのは困るけど、この桜がなかったら、街が〈探し人〉だらけになっちゃうものね。慈善事業、慈善事業」
 すると中林はニヤニヤと笑いながら、由良に言った。
「とか言って、本当は店長もお店の中に桜が咲いてるのが気に入ってらっしゃるんでしょう? いくら街のためとはいえ、赤字のリスクを負ってまで桜を残そうとするなんて、いつもの店長らしくありませんからね!」
「何よ、人を守銭奴扱いして」
 由良は中林の言葉にムッとしつつも、桜から目を離そうとはしなかった。
「まぁ……嫌ではないけどね。本物の桜で同じことをするのは大変だし。今回ばかりは、真冬さんに感謝しないと」
「当の本人は全く気づいてないみたいですけどね」
「中林さん! 中林さんは見てましたよね?! ずっとカウンターにいたんですから!」
 真冬はまだ納得していないのか、由良と中林のもとへ歩み寄り、問い詰めてくる。
 中林は「えー? どうだったかなぁ」と懸命にはぐらかしていた。

 その後、LAMPの桜は実際の桜が満開になるまで咲き続けた。
 桜が消えた後は本物の桜の枝を一輪挿しやフレームに生け、店の壁に飾った。

『桜花爛漫、世は薄紅色』第一話「サクラ咲く喫茶店」終わり
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