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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第一話「サクラ咲く喫茶店」⑶
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桜パフェを待っている間、真冬は何もするでもなく、ただボーッと桜を見上げていた。
時間潰しに小説や春休みの宿題を持って来てはいたが、今は何もせず、桜を満喫したかった。
「店長さんは勝手に生えてたって言ってたけど、本当は魔法で出したんだろうなぁ。触った感じ、本物の木だったし」
真冬は由良がLAMPごと最寄り駅に現れて以来、彼女を魔法使いだと思い込んでいた。
本当は真冬の方が魔法に近い能力を持っているのだが、事態を拗らせないためにと由良がひた隠しにしていた。当然、〈心の落とし物〉や〈探し人〉のことも話していない。
「こんなことなら、加藤ちゃんも誘えば良かったなぁ。いっそ写真を撮って、SNSにあげちゃう? そうすれば、直接お店に来られない人も見られるよね?」
真冬は桜を生み出したのが自分かもしれないとは思いもしないまま、スマホのカメラを桜に向けた。
しかし画面に映ったのは桜ではなく、椅子に座っている真冬だった。どうやら、知らぬ間にインカメラになっていたらしい。
「うひゃあっ、至近距離で自分の顔を見るのは恥ずい!」
反射的に、顔を背ける。するといつからいたのか、桜色のカーディガンを羽織った老齢の女性が真冬と同じテーブルに座っているのに気がついた。
女性は嬉しそうに目を細め、桜を見上げている。よく見ると、座っているのは店の椅子ではなく、車椅子だった。
「おばあちゃん、お一人でいらっしゃったんですか?」
真冬は幼い頃に亡くした祖母と女性が重なって見え、思わず声をかけた。
すると女性は桜から真冬へ視線を移し、「うふふ」と悪戯っ子のように笑ってみせた。
「散歩よ、散歩。桜を見に来たのよ。そろそろ開花するってテレビで言っていたものだから。洋燈公園はまだ蕾だったけど、ここは咲いてるのね」
「すごく綺麗ですよねぇ。この木、昨日はなかったんですよ? おばあちゃん、ラッキーですね!」
「まぁ、そうだったの? 勇気を出して店に入った甲斐があったわ。こんなハイカラなお店、今まで来たことがなかったんだもの」
ふいに、女性はふっと悲しげに目を伏せた。
「……私ね、もうすぐお迎えが来るそうなの。いつ死んでもおかしくないってお医者さんが仰っていたわ。普段は寝たきりで、娘がいないと外出すらできないのよ」
「え……でも、ここまでお一人でいらっしゃったんですよね?」
「そうよ。私もビックリしちゃったわ。きっと、もうすぐお迎えだからって神様がチャンスをくれたのね。それとも、今さら魔法が使えるようになったのかしら?」
女性は再び真冬に視線を向けると、彼女の手をぎゅっと握り、「ありがとうね、お嬢さん」と礼を言った。
「最期に桜が見られて良かったわ。このまま桜が見られずに死んでいたら、浮かばれないところだったもの。これでもう、思い残すことは無さそう」
「は、はぁ……どういたしまして?」
真冬はなぜ礼を言われているのか分からず、戸惑った。
気のせいか、女性の姿が幽霊のように薄くなっていっているように見えた。
「その桜は偽物ですよ」
そこへ、桜パフェを運びに来た由良が割り込んできた。「おまちどうさま」と、お盆からテーブルへ桜パフェを移す。
由良の言葉を聞いた途端、薄くなっていた女性の体が元に戻った。
「……ひどいわ、店員さん。せっかく諦めて、妥協しようとしたのに」
「来週になれば、本物が見られますよ。その時は娘さんと一緒に、お店にもいらっしゃって下さい。とっておきのコーヒーをご用意しますから」
コーヒーと聞き、女性は「まぁ」と目を輝かせた。
「お花見帰りにおしゃれな喫茶店でお茶をするなんて、素敵! 娘もきっと喜ぶわ。あの子、カフェオレが大好きだから」
「ここのカフェオレは牛乳にこだわっていて、絶品ですよ! 娘さんもきっと気にいると思います!」
同じカフェオレ好きの真冬も後押しする。
女性はすっかりその気になり、顔をほころばせた。
「楽しみだわ……ずっと一日が過ぎるのが恐ろしかったけど、今は待ち遠しくてたまらない。あぁ、早く桜が咲かないかしら」
次の瞬間、女性は車椅子ごと、由良と真冬の前からフッと消えた。
時間潰しに小説や春休みの宿題を持って来てはいたが、今は何もせず、桜を満喫したかった。
「店長さんは勝手に生えてたって言ってたけど、本当は魔法で出したんだろうなぁ。触った感じ、本物の木だったし」
真冬は由良がLAMPごと最寄り駅に現れて以来、彼女を魔法使いだと思い込んでいた。
本当は真冬の方が魔法に近い能力を持っているのだが、事態を拗らせないためにと由良がひた隠しにしていた。当然、〈心の落とし物〉や〈探し人〉のことも話していない。
「こんなことなら、加藤ちゃんも誘えば良かったなぁ。いっそ写真を撮って、SNSにあげちゃう? そうすれば、直接お店に来られない人も見られるよね?」
真冬は桜を生み出したのが自分かもしれないとは思いもしないまま、スマホのカメラを桜に向けた。
しかし画面に映ったのは桜ではなく、椅子に座っている真冬だった。どうやら、知らぬ間にインカメラになっていたらしい。
「うひゃあっ、至近距離で自分の顔を見るのは恥ずい!」
反射的に、顔を背ける。するといつからいたのか、桜色のカーディガンを羽織った老齢の女性が真冬と同じテーブルに座っているのに気がついた。
女性は嬉しそうに目を細め、桜を見上げている。よく見ると、座っているのは店の椅子ではなく、車椅子だった。
「おばあちゃん、お一人でいらっしゃったんですか?」
真冬は幼い頃に亡くした祖母と女性が重なって見え、思わず声をかけた。
すると女性は桜から真冬へ視線を移し、「うふふ」と悪戯っ子のように笑ってみせた。
「散歩よ、散歩。桜を見に来たのよ。そろそろ開花するってテレビで言っていたものだから。洋燈公園はまだ蕾だったけど、ここは咲いてるのね」
「すごく綺麗ですよねぇ。この木、昨日はなかったんですよ? おばあちゃん、ラッキーですね!」
「まぁ、そうだったの? 勇気を出して店に入った甲斐があったわ。こんなハイカラなお店、今まで来たことがなかったんだもの」
ふいに、女性はふっと悲しげに目を伏せた。
「……私ね、もうすぐお迎えが来るそうなの。いつ死んでもおかしくないってお医者さんが仰っていたわ。普段は寝たきりで、娘がいないと外出すらできないのよ」
「え……でも、ここまでお一人でいらっしゃったんですよね?」
「そうよ。私もビックリしちゃったわ。きっと、もうすぐお迎えだからって神様がチャンスをくれたのね。それとも、今さら魔法が使えるようになったのかしら?」
女性は再び真冬に視線を向けると、彼女の手をぎゅっと握り、「ありがとうね、お嬢さん」と礼を言った。
「最期に桜が見られて良かったわ。このまま桜が見られずに死んでいたら、浮かばれないところだったもの。これでもう、思い残すことは無さそう」
「は、はぁ……どういたしまして?」
真冬はなぜ礼を言われているのか分からず、戸惑った。
気のせいか、女性の姿が幽霊のように薄くなっていっているように見えた。
「その桜は偽物ですよ」
そこへ、桜パフェを運びに来た由良が割り込んできた。「おまちどうさま」と、お盆からテーブルへ桜パフェを移す。
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コーヒーと聞き、女性は「まぁ」と目を輝かせた。
「お花見帰りにおしゃれな喫茶店でお茶をするなんて、素敵! 娘もきっと喜ぶわ。あの子、カフェオレが大好きだから」
「ここのカフェオレは牛乳にこだわっていて、絶品ですよ! 娘さんもきっと気にいると思います!」
同じカフェオレ好きの真冬も後押しする。
女性はすっかりその気になり、顔をほころばせた。
「楽しみだわ……ずっと一日が過ぎるのが恐ろしかったけど、今は待ち遠しくてたまらない。あぁ、早く桜が咲かないかしら」
次の瞬間、女性は車椅子ごと、由良と真冬の前からフッと消えた。
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