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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』
第三話「南極ザッハトルテ」⑴
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地下の厨房の扉を開くと、そこは南極だった。
「南極」と書かれた旗が立っているわけではないので、もしかしたら北極かもしれない。あるいは、北海道かも。
先程まで厨房だった場所には、広大な氷の大地が広がり、猛烈なブリザードが吹き荒れていた。吹き込んでくる風が、尋常ではないほど冷たかった。
「……嘘でしょ」
由良はザッハトルテ片手に、扉の前で立ち尽くす。普通のザッハトルテとは違い、ホワイトチョコを使用した白いザッハトルテだ。隠し味に洋酒が入っており、大人な味がする。
客に注文され、テーブルへ運んだものの、「お酒が入っているとは知らなかった」とキャンセルされたため、業務用冷蔵庫に戻しに来たのだった。
LAMPでは温度管理の関係上、ケーキ類は地下の厨房で製作、保管している。一刻も早くザッハトルテを冷蔵庫に仕舞いたいところだが、南極に冷蔵庫は見当たらなかった。
「まぁ、冷蔵庫の中よりもここの方が寒そうだけど。かと言って、さすがにケーキに雪が付くのはちょっとね」
由良は厨房の扉を閉めると、冷蔵機能が付いている運搬用エレベーターにザッハトルテを仕舞った。
そのままザッハトルテを放置し、階段を上って一階を目指す。
厨房の変化は、誰かの〈心の落とし物〉による影響だろう。ならば、〈心の落とし物〉に気づきにくい中林に頼んで、ザッハトルテを冷蔵庫に入れて来てもらえばいい、と由良は考えていた。
「こんなことなら、最初から中林さんに頼めば良かったなぁ」
やがて階段を上りきり、店内へ続くドアの前にたどり着いた。冷え切ったスチール性のドアノブに手をかけ、回す。
しかし、いくら押しても引いても、ドアは開かなかった。何かがドアの向こうでつっかえているようだ。
「……まさか、店まで南極になったんじゃないでしょうね?」
最悪の事態が、由良の頭の中でよぎる。もしそうなれば当分、店には戻って来られない。
すると、そんな由良の不安を打ち消すように、ドアの向こうから軽快なBGMが聴こえてきた。最近LAMPの店内で流している、ジャズアレンジのクリスマスソングだ。
それと一緒に、女子高生の客と楽しそうに話す中林の声も聞こえてきた。
「雪だるまパンケーキ、すっごく美味しかったです! 可愛くって、食べるのがもったいなかったんですけど、ふわふわなミルク風味の生地と、粉砂糖のほのかな甘味が絶妙でした!」
「本当ですか?! 実はあれ、私が考えたんです! 本当は、甘く煮たベビーキャロットで鼻を作ったり、生地に苺のソースを塗ってマフラーにしたりしたかったんですけど、店長に『デコり過ぎ』って怒られちゃって、泣く泣く諦めたんですよぉ」
「えー! それ絶対、可愛いじゃないですか! いいなー、食べてみたーい!」
店員と客の会話とは思えないほど、話が盛り上がっている。しばらくは由良の不在に気づきそうもない。
他の客がいる手前、大声で呼びかけたり、ドアを叩いたりするわけにはいかない。数少ない連絡手段であるスマホは、従業員用ロッカーの中に置いてきてしまった。
「まぁ、そのうち気づくでしょ。中林さんにとっても、いい社会勉強になりそうだし。脱出できたら、ドアの前に物を置かないよう注意しておかないと」
由良は厨房の入口に置いていた防寒コートを着て、階段に腰掛けた。
階段には暖房がついておらず、外の気温と近い。雪なんかが降れば、もっと寒くなるだろう。
「一回南極に行けば、ここも暖かく感じるのかしら? 行かないけど」
由良は厨房が南極になった理由を考えながら、中林が自分に気づくのをずっと待っていた。
「南極」と書かれた旗が立っているわけではないので、もしかしたら北極かもしれない。あるいは、北海道かも。
先程まで厨房だった場所には、広大な氷の大地が広がり、猛烈なブリザードが吹き荒れていた。吹き込んでくる風が、尋常ではないほど冷たかった。
「……嘘でしょ」
由良はザッハトルテ片手に、扉の前で立ち尽くす。普通のザッハトルテとは違い、ホワイトチョコを使用した白いザッハトルテだ。隠し味に洋酒が入っており、大人な味がする。
客に注文され、テーブルへ運んだものの、「お酒が入っているとは知らなかった」とキャンセルされたため、業務用冷蔵庫に戻しに来たのだった。
LAMPでは温度管理の関係上、ケーキ類は地下の厨房で製作、保管している。一刻も早くザッハトルテを冷蔵庫に仕舞いたいところだが、南極に冷蔵庫は見当たらなかった。
「まぁ、冷蔵庫の中よりもここの方が寒そうだけど。かと言って、さすがにケーキに雪が付くのはちょっとね」
由良は厨房の扉を閉めると、冷蔵機能が付いている運搬用エレベーターにザッハトルテを仕舞った。
そのままザッハトルテを放置し、階段を上って一階を目指す。
厨房の変化は、誰かの〈心の落とし物〉による影響だろう。ならば、〈心の落とし物〉に気づきにくい中林に頼んで、ザッハトルテを冷蔵庫に入れて来てもらえばいい、と由良は考えていた。
「こんなことなら、最初から中林さんに頼めば良かったなぁ」
やがて階段を上りきり、店内へ続くドアの前にたどり着いた。冷え切ったスチール性のドアノブに手をかけ、回す。
しかし、いくら押しても引いても、ドアは開かなかった。何かがドアの向こうでつっかえているようだ。
「……まさか、店まで南極になったんじゃないでしょうね?」
最悪の事態が、由良の頭の中でよぎる。もしそうなれば当分、店には戻って来られない。
すると、そんな由良の不安を打ち消すように、ドアの向こうから軽快なBGMが聴こえてきた。最近LAMPの店内で流している、ジャズアレンジのクリスマスソングだ。
それと一緒に、女子高生の客と楽しそうに話す中林の声も聞こえてきた。
「雪だるまパンケーキ、すっごく美味しかったです! 可愛くって、食べるのがもったいなかったんですけど、ふわふわなミルク風味の生地と、粉砂糖のほのかな甘味が絶妙でした!」
「本当ですか?! 実はあれ、私が考えたんです! 本当は、甘く煮たベビーキャロットで鼻を作ったり、生地に苺のソースを塗ってマフラーにしたりしたかったんですけど、店長に『デコり過ぎ』って怒られちゃって、泣く泣く諦めたんですよぉ」
「えー! それ絶対、可愛いじゃないですか! いいなー、食べてみたーい!」
店員と客の会話とは思えないほど、話が盛り上がっている。しばらくは由良の不在に気づきそうもない。
他の客がいる手前、大声で呼びかけたり、ドアを叩いたりするわけにはいかない。数少ない連絡手段であるスマホは、従業員用ロッカーの中に置いてきてしまった。
「まぁ、そのうち気づくでしょ。中林さんにとっても、いい社会勉強になりそうだし。脱出できたら、ドアの前に物を置かないよう注意しておかないと」
由良は厨房の入口に置いていた防寒コートを着て、階段に腰掛けた。
階段には暖房がついておらず、外の気温と近い。雪なんかが降れば、もっと寒くなるだろう。
「一回南極に行けば、ここも暖かく感じるのかしら? 行かないけど」
由良は厨房が南極になった理由を考えながら、中林が自分に気づくのをずっと待っていた。
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