心の落とし物

緋色刹那

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冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』

第二話「ユキの幻」⑷

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 由良はおしるこを飲みながら、紅葉谷と共に来た道を戻った。視界がホワイトアウトしたことで気づかなかったが、LAMPの前をとっくに通り過ぎていたらしい。
 真っ白な世界の中を、紅葉谷は迷いなく進んでいく。由良の目には本物の雪と幻の雪とが二重になって見えていたが、実際には片方しか降っていないのでホワイトアウトは起こっていなかった。
「にしても、どうしてこんな街中で迷子になったんです?」
「それが……」
 由良は紅葉谷に問われ、先日から悩まされている雪の幻覚について話した。
 店員が客に相談するのはどうかとも思ったが、〈心の落とし物〉を知る数少ない人間である紅葉谷の意見が聞きたかった。
「少なくとも、誰かの〈心の落とし物〉だとは思うんです。でも、どこの誰が、どういう未練を抱えているのか、検討もつかなくて……ずっとこのままだと困るし、どうしたらいいんでしょうか?」
「雪の幻覚かぁ……なかなかロマンチックですね。冬の小説のネタに使えそうだ」
「真面目に聞いて下さい」
「すみません、つい」
 紅葉谷は「うーむ」と考えた後、こう推理した。
「きっと、その〈心の落とし物〉の主は、雪を見たかったんですよ」
「雪を?」
「正確には、雪が降っている光景を。だから幻の雪は積もらないまま、消えたんじゃないでしょうか? どういう訳か、願った本人は幻の雪を見ていないか、見えていないみたいですが、さすがにこの雪を見れば、未練が解消されて、幻の雪は消えるんじゃないでしょうかね? 幸い、しばらくはやまないみたいですし」
「なるほど……」
 あまりにも幻の雪が煩わし過ぎて、そこまで考えが回らなかった。
 そういえば、店のヒュッゲに来ていた女子高生の一人が「雪が降ってたら良かったのに」とボヤいていた気がする。彼女に限らず、「雪が降って欲しい」と願った人間は、他にも大勢いるだろう。
 今まで由良が気づいていなかっただけで、実際には毎年のように幻の雪が降っていたのかもしれない。
「見えないってことは、紅葉谷さんは雪が降って欲しいとは思ってなかったんですか?」
「寒いの、苦手なんですよねぇ。雪景色を見ても、余計に寒く感じるだけだし。今日はどうしても買い出しに行かなくちゃならなかったんで出掛けたんですけど、出来ることならコタツから出たくなかったなぁ。『LAMP』にも導入しません? コタツ。コタツがあったら、毎日でも入り浸りますよ」
「入り浸られるのは困りますけど、コタツはいいですね。考えてみます」

 LAMPに着くと、由良は紅葉谷を店に招き入れ、お礼に彼がずっと飲みたがっていたホワイトチョコモカを振る舞った。
 紅葉谷は「仕事で疲れた脳が癒される」と喜んで飲み、体が温まっている内に帰っていった。
 翌朝、紅葉谷の推測は当たり、幻の雪は見えなくなった。久々に見る晴れた空に、由良の気分もスッキリとした。
 雪は夜通し降ったことで、店の前の歩道に分厚く積もり、太陽の光を反射して憎たらしいほどきらめいていた。

『雪色暗幕、幻燈夜』第二話「ユキの幻」終わり
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