心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
47 / 314
冬編①『雪色暗幕、幻燈夜』

第二話「ユキの幻」⑷

しおりを挟む
 由良はおしるこを飲みながら、紅葉谷と共に来た道を戻った。視界がホワイトアウトしたことで気づかなかったが、LAMPの前をとっくに通り過ぎていたらしい。
 真っ白な世界の中を、紅葉谷は迷いなく進んでいく。由良の目には本物の雪と幻の雪とが二重になって見えていたが、実際には片方しか降っていないのでホワイトアウトは起こっていなかった。
「にしても、どうしてこんな街中で迷子になったんです?」
「それが……」
 由良は紅葉谷に問われ、先日から悩まされている雪の幻覚について話した。
 店員が客に相談するのはどうかとも思ったが、〈心の落とし物〉を知る数少ない人間である紅葉谷の意見が聞きたかった。
「少なくとも、誰かの〈心の落とし物〉だとは思うんです。でも、どこの誰が、どういう未練を抱えているのか、検討もつかなくて……ずっとこのままだと困るし、どうしたらいいんでしょうか?」
「雪の幻覚かぁ……なかなかロマンチックですね。冬の小説のネタに使えそうだ」
「真面目に聞いて下さい」
「すみません、つい」
 紅葉谷は「うーむ」と考えた後、こう推理した。
「きっと、その〈心の落とし物〉の主は、雪を見たかったんですよ」
「雪を?」
「正確には、雪が降っている光景を。だから幻の雪は積もらないまま、消えたんじゃないでしょうか? どういう訳か、願った本人は幻の雪を見ていないか、見えていないみたいですが、さすがにこの雪を見れば、未練が解消されて、幻の雪は消えるんじゃないでしょうかね? 幸い、しばらくはやまないみたいですし」
「なるほど……」
 あまりにも幻の雪が煩わし過ぎて、そこまで考えが回らなかった。
 そういえば、店のヒュッゲに来ていた女子高生の一人が「雪が降ってたら良かったのに」とボヤいていた気がする。彼女に限らず、「雪が降って欲しい」と願った人間は、他にも大勢いるだろう。
 今まで由良が気づいていなかっただけで、実際には毎年のように幻の雪が降っていたのかもしれない。
「見えないってことは、紅葉谷さんは雪が降って欲しいとは思ってなかったんですか?」
「寒いの、苦手なんですよねぇ。雪景色を見ても、余計に寒く感じるだけだし。今日はどうしても買い出しに行かなくちゃならなかったんで出掛けたんですけど、出来ることならコタツから出たくなかったなぁ。『LAMP』にも導入しません? コタツ。コタツがあったら、毎日でも入り浸りますよ」
「入り浸られるのは困りますけど、コタツはいいですね。考えてみます」

 LAMPに着くと、由良は紅葉谷を店に招き入れ、お礼に彼がずっと飲みたがっていたホワイトチョコモカを振る舞った。
 紅葉谷は「仕事で疲れた脳が癒される」と喜んで飲み、体が温まっている内に帰っていった。
 翌朝、紅葉谷の推測は当たり、幻の雪は見えなくなった。久々に見る晴れた空に、由良の気分もスッキリとした。
 雪は夜通し降ったことで、店の前の歩道に分厚く積もり、太陽の光を反射して憎たらしいほどきらめいていた。

『雪色暗幕、幻燈夜』第二話「ユキの幻」終わり
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

人生前のめり♪

ナンシー
ライト文芸
僕は陸上自衛官。 背中に羽を背負った音楽隊に憧れて入隊したのだけれど、当分空きがないと言われ続けた。 空きを待ちながら「取れる資格は取っておけ!」というありがたい上官の方針に従った。 もちろん、命令は絶対。 まあ、本当にありがたいお話で、逆らう気はなかったし♪ そして…気づいたら…胸にたくさんの記章を付けて、現在に至る。 どうしてこうなった。 (…このフレーズ、一度使ってみたかったのです) そんな『僕』と仲間達の、前向き以上前のめり気味な日常。 ゆっくり不定期更新。 タイトルと内容には、微妙なリンクとズレがあります。 なお、実際の団体とは全く関係ありません。登場人物や場所等も同様です。 基本的に1話読み切り、長さもマチマチ…短編集のような感じです。

透明の「扉」を開けて

美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。 ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。 自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。 知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。 特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。 悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。 この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。 ありがとう 今日も矛盾の中で生きる 全ての人々に。 光を。 石達と、自然界に 最大限の感謝を。

瑞稀の季節

compo
ライト文芸
瑞稀は歩く 1人歩く 後ろから女子高生が車でついてくるけど

下の階にはツキノワグマが住んでいる

鞠目
現代文学
 住んでいた賃貸マンションで火事があり引っ越すことにした私。不動産屋さんに紹介してもらった物件は築35年「動物入居可能」の物件だった。  下の階に住むツキノワグマと私の穏やかな日常。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

処理中です...