『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

41)どうも、悪魔です

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 使用人に先導されて着いた応接室。グレンは深呼吸をしてから、ノックをして扉を開いた。扉から中を覗けば――ぱぁっと顔を輝かせたグレンの家族が。

「おおグレン、よく帰った!」
「父上! 遅くなりました、すみません」

 一つ、空いている椅子に座ればすぐに待機していた使用人が目の前のカップに紅茶を注ぐ。……反乱の前、グレンが辺境伯として城にいた頃には飲めなかった、それなりに上等な茶葉を使用したものだ。

 それに気づいて、グレンは顔を綻ばせる。あの時は、財政が厳しいどころかどこの商会からも取引を断られており、ライサーズ男爵が秘密裏に流してくれたもので何とか貴族らしい生活を整えていたものだ。

 辺境領単体として、平民レベルであれば自給自足できるように整備してあったのが不幸中の幸いだろう。あれを成し得たのはグレンの兄であり、父であり、そして歴代のクランストン辺境伯だ。

 しばらく、お茶と軽食を片手に近況をお互いに語り合い、談笑する。王城でそれなりに食事を一緒に取る機会はあったとはいえ、やはり辺境と言う場所でくつろぎながら語らうのは格別である。グレンも久々に明るい顔をして、眉を寄せることなく話に加わっていた。

 話が一回りし、皆が一息ついた頃。グレンはついに意を決し、おずおずと口を開く。

「……ところで……あの、えっと……内密なお話があるのですが……」
「おー? クランストン宰相閣下から? 国家機密?」
「兄上!」

 グレンの兄、レオンからの揶揄うような言葉にグレンはすぐに頬を膨らませる。その隣で、父が快活に笑いながら人払いをした――が、ドーヴィだけがグレンに言われ、その場に残る。

 使用人がすべて退室し、残っているのはクランストン辺境一家とドーヴィのみ。ドーヴィは念のため、と部屋全体に各種隠蔽魔法を張った。

 ……グレンの母親であるエリザベスのみが、顔を上げてきょろきょろと周囲を見渡す。完全に気付いたわけではないか、何かしらの異変を感じ取ったのだろう。その感覚の鋭さに、ドーヴィは思わず舌を巻く。

(さすが、グレンの母上、ってところか)

 もしかしたら、エリザベスのみが反応しただけで、父親のイーサンも気づいているのかもしれない。そのイーサンがちらりとドーヴィに視線を向けてきたからだ。そして、おもむろに口を開く。

「彼が残る、ということは、彼に関することかな、グレン」
「その通りです。父上」
 
 緊張して声を震わせるグレンの隣に、ドーヴィは歩みを進めた。護衛であれば壁際に立って置物となるが、悪魔として紹介されるなら、グレンの隣が正しい。悪魔と契約主は、契約を通した対等な関係だから。

「改めて、紹介します。彼……ドーヴィは、僕が召喚に成功した、悪魔、です」

 ドーヴィは一応、ぺこり、と頭を下げた。

「ええっと、この事を知っているのは、じいやとばあや、あと、アルチェロ陛下のみです。ですから、絶対に口外にしないようお願いします」

 グレンは目を丸くしている母親や父親の顔を見てから、慌てて付け足した。

 沈黙。クランストン辺境一家の視線を一身に集めていたドーヴィは少しばかり居心地が悪く……とりあえず、と思い、悪魔の証でもある翼を大きく広げた。

「おおっ!」
「まあ! 大きな羽根ですこと!」
「きゃっ」
「へえ! 本当に悪魔なんだな!」

 ……それぞれが大変に面白い反応を示してくれている。ドーヴィは翼を大きくはためかせてから、収納した。途端、室内にがっかりとした空気が広がる。

(ほんとこういうところがグレンそっくりと言うかなんというか……これが悪魔に対する態度かよ)

 内心でだけひっそり苦笑を零すドーヴィ。普通なら、もっと慌てふためくものだが……肝が据わっているのか、それともやはり正体に勘づいていたからなのか。

「なるほど、彼の正体は悪魔だったんだね、グレン」
「……はい」
「いやあ、ハーフエルフか? それとも、私の知らない異国の人種か? と予想はしていたのだがねえ」
「父上、外れましたね! ちなみに俺の予想は吸血鬼だったぞ、グレン」

 父のイーサンと兄のレオンがそれぞれ、深いため息とともに予想を吐き出す。聞いたグレンは、目をぱちくりとして……その後、横に立つドーヴィを見上げて睨みつけた。ドーヴィとしては「だからバレてるって言っただろ!」と言い訳にもならない言い訳をするしかない。

「そうなのよね、明らかに魔力の循環が人外だったもの。あ、母の予想は魔女でしたよ」
「私は加護も付与できるから、天使なのかと思ってたわ」

 女性陣もそれぞれ予想していたらしい。ちなみに、エリザベスの言う『魔女』とは、人間が魔術を極めた結果、人間と言う生き物の理を外れた生物の事を指す。

 伝説上の存在ではあるが、各世界にそういう魔女なり仙人なり、と言った生き物がちょくちょく発生するのは事実だ。もちろん、創造神に届かない程度の能力であるからこそ、存在を許された生き物である。

「皆……普通にわかってたんだな……」

 グレンはがっくりと肩を落とした。その肩にぽん、とドーヴィが手を置いて顔を横に振る。

 正体に気づきながら黙っていたどころか、勝手に予想しているクランストン辺境家の皆様。さすが、グレンの家族だなぁとドーヴィは改めて思った。普通は教会に密告するだろう、普通は。

「それにしても、グレン、悪魔召喚を成功させるとは大したものじゃないか!」
「ええ、まあ……もう一度やれと言われても、無理ですね、あれは」
「まあそうだろうなぁ……俺だって一度は調べてみたけど、ありゃあ人間がやるもんじゃないぞ」

 思わず「俺がいながら他の悪魔召喚すんなよ」と口を出しそうになったドーヴィだがぐっと黙っておく。たまにはドーヴィも女々しい、独占欲の剥き出しの発言をしたくなる時もある。

 まあ、これだけ魂からべったりとドーヴィの匂いがしみついているグレンに、他の悪魔が契約を持ちかけるとは思えないが。

「ささ、ドーヴィさんも座ってくださいな。悪魔ということは、身分も全て偽りなのでしょう?」

 グレンと同じような色合いの瞳を好奇心たっぷりにきらめかせたエリザベスに促され、ドーヴィも席に座った。もちろん、グレンの隣だ。

 そしてグレンの母、という存在にどういった言葉遣いをすべきか……と少しばかり悩んだが、ここでは悪魔としての振る舞いで問題ないだろうと判断し、ドーヴィは口を開く。

「……そうだ」

 悪魔、と正体を明かしてから初めての発言に、なぜか室内がざわめく。悪魔どころか珍獣になった気分だ。思わず助けを求めてグレンを見るが、グレンは鼻高々と言った顔をしていた。どうやら、「僕のドーヴィすごいだろう!」と……すっかり、獣使いの気分らしい。

 この野郎覚えておけよ、心の中で毒づいてから、各種質問攻めにドーヴィは対応する。

 いつ出会ったのか、契約とは何なのか、なぜグレンを選んだのか、悪魔として何ができるのか……などなど。もちろん、悪魔として答えられないものは回答を拒否し、グレンの名誉にかかわりそうなことも回答を拒否しておいた。質問が上がるたびに顔が赤くなったり青くなったり、グレンは忙しい。

 話はグレンとドーヴィの事から、だんだんとドーヴィと言う珍獣……違う、悪魔単体への興味に切り替わっていく。魔法を見せて欲しいと言われ、ドーヴィは悪魔っぽい魔法ってなんだよ、と頭を抱えながらも、最もわかりやすいだろう「魔力の直接操作」を実行して見せた。

「――こんな風に」

 ドーヴィはひょい、と魔力を指先から放出し、空中にクランストン辺境家の紋章を描いた。一同から驚きの声と、興奮した声が上がる。

「素晴らしい! なるほど、これが悪魔の力か!」

 いや違うけど、とインキュバスのプライドとして言いたくなったが、ぐっとドーヴィは我慢した。さすがにここでアレでソレで大変アダルティな事が得意です、と言うわけにはいかない。ドーヴィもだいぶ人間の世界に染まってきているのだ。

 まあ、ドーヴィが人間として生きていた世界と、ここの世界の倫理感がかなり近いというのも理由にあるが。それはとにかくとして。

「……もしかして、私達に見えやすいように色をつけてくださってるのかしら?」
「ご名答。基本的に、魔力は無色だからな」

 ふっとドーヴィが息を吹きかけると宙に浮いていた紋章は姿を消す。が、よくよく目を凝らして見れば、魔力の形が見えるはずだ。これが見えるのであれば、大魔術師を名乗っても問題ないほどの実力の持ち主と言える。

 どうやら、グレンの兄であるレオンを除いて、全員紋章がはっきりと見えたらしい。レオンは「俺は辺境家の中じゃ魔法が苦手な方なんだ」と肩を竦めていた。それでも、ぼんやりと魔力の形が見えるのだから大したものだ。

(グレンの兄貴は、辺境家を出ていく方が逆に良かったのかもな)

 ふとドーヴィは思う。大魔術師として名を馳せたグレン・クランストンの兄、となれば、周囲から魔術師としての期待も重い物だろう。あくまでも辺境家の中では苦手な方、というだけで、一般からすれば十分に天才的なのだが……侯爵家に行けば、変なプレッシャーに煩わされることも無さそうだ。

「ということは、グレンに無詠唱を教えたのも、君か?」
「まあ……軽くアドバイスをしただけで、実際に無詠唱というやり方を編み出し、身に着けたのはグレンの力だ。悪いが、無詠唱については俺から言えることはない」

 無詠唱の技術を欲しがっていた様子の父イーサンには、やんわりと釘を差すことも忘れない。他にもグレンにはいろいろとヤバい技術を教えてしまっているが、グレンにはあまり広めないように、とも言ってある。それでグレンが家族に技術を教えると言うのなら、それはそれで良いだろう。

「本当に、グレンって魔術に関しては天才なのよね」

 姉のセシリアが感嘆の息を吐く。当のグレンは恥ずかしそうに頬をかいていた。

 その顔を見て、ドーヴィは今更に気づく。グレンの耳元に口を寄せると、一同の好奇の視線が刺さった。

「グレン、眼の事はどうする?」
「あっ、忘れてた……。……魔力の流れで、皆にはバレていそうだからこの際、明かしてしまおうかと思うのだが」
「それでいいだろう」

 ドーヴィが手を伸ばし、グレンの眼帯部分を覆う。封印を施す作業を、クランストン辺境家の面々は実に興味津々と黙って眺めていた。

 よし、とドーヴィに言われてから、グレンは眼帯を外す。下から現れたのはドーヴィと全く同じ輝きを持つ、金色の瞳。

「これはドーヴィから魔力譲渡を受けて、染まった瞳なのですが」
「うむ。それはじいやからも聞いている。……しかし、何かあるのだな?」
「ええ。貰った魔力が、やはり悪魔のものですので……ドーヴィ曰く、この眼に悪魔の力が一部宿ってしまっているとか」
「へえ! それはすごいな!」

 ……弟が悪魔の瞳になった、というのに第一声がこれである。魔法が苦手と言うレオンも、やはりクランストン辺境家の血を確かに受け継いでいるのだろう。

 母のエリザベスに至ってはもっとよく見せてちょうだい、とグレンの顔に手を添えてじぃっと瞳を覗き込んでいる。

「僕が眼帯を外さないのも、そういう理由です。人間には視えないものが視えてしまうとか、それによって精神に変調をきたすとか……目が合った相手の精神を惑わすだとか……」
「今は俺がきっちり封印を施しているから大丈夫だ。……ちなみに、具体的にどういった能力が備わっているかを詳細に明かすことはできない。そして実験しようとも思わないように」

 グレンにも注意したことを、同じように再度注意する。そうでもないと、グレンも含めてこの一家は嬉々として瞳の力を検証し始めそうだ。

 検証中に事故でも起きて、グレンが損なわれる事態になったら、ドーヴィも落ち着いてはいられない。なるべく、平和な世界であって欲しいものだ。ドーヴィは他の悪魔と違って、ただひたすらに契約主のグレンと性行為三昧できればそれで良いだけなので。

 そこから、グレンは悪魔の力を身に着けどういった魔法ができるようになったのか、無詠唱はどんな感じなのか、今度外で全力の魔法を見せてくれないか、などと今度はグレンが使う魔法の話へと話題は移っていく。

 似たような顔の人間が、同じように顔を輝かせて楽しそうに魔法談議をする。ドーヴィはその様子を暖かく見守りつつ、世界の理に触れそうな部分だけは口を出すことにした。

 実に平和な、クランストン辺境家の昼下がりだった。


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悪魔なのに普通に受け入れちゃうグレンのご家族は懐が広いとも言えるし、グレンと血の繋がりも強いですねって感じです

おさらい
父・イーサン
母・エリザベス
兄・レオン
姉・セシリア
僕・グレン
です
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