『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

40)悪魔のルール

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 じいやに連れられたグレンは、自室へと通された。そう、グレンの部屋。反乱の前から、ずっと変わらず手入れだけされて残っていた部屋。

「懐かしい……」

 部屋に一歩足を踏み入れ、グレンはしみじみと呟いた。その後姿を、じいやは感慨深げに見ている。追いついたドーヴィはさらにその後ろから、二人の背中を黙って眺めていた。

「グレン様、お着換えが終わりましたら談話室の方へ。軽食と共に皆様がお待ちです」
「おお、そうか! ではすぐに着替えを……ああ、ドーヴィがやるから、他の使用人は不要だ」
「左様ですか。ドーヴィ殿、グレン様をよろしく頼みます。着替えについては以前と変わらずクローゼットに入れてありますので」

 後半はドーヴィへ向けて。じいやに言われたドーヴィは「わかった」と頷いた。どうやら、辺境でもドーヴィが子守をすることは確定らしい。いや待て、反乱前は辺境の使用人に着替えをさせていた覚えがあるが……?

 何はともあれ、じいやが退室し、続いて王都から持ってきた荷物も部屋に届いた。グレンは自室の中をきょろきょろと見渡し、窓から外を見てはうんうんと嬉しそうに頷いている。

「おうグレン、みんなが待ってるんだろ。さっさと着替えるぞ」
「うむ!」
「身内だけの席だから、軽装でいいか……」

 すっかり、グレンの服装についても最適なものを選べるようになってしまったドーヴィ。クローゼットを覗き込み、良さそうなシャツとズボンを見つけささっとグレンを着替えさせる。

 クローゼットの中にあった割にこもった臭いがないのは、使用人が主のいない部屋を定期的に手入れしてくれていたからだろう。

「サイズも……よし、入るな」

 育ち盛りなはずのグレンだが、一向に身長は伸びる気配がない。おかげさまで、クローゼットの服もすんなりと着ることができた。……どちらかと言えば、痩せすぎて少しばかり服が浮いているのが気になるぐらいだ。

(ほんと、もうちょっと食べねえとな……)

 まあ、辺境でゆっくりと過ごせば食欲も多少は戻ってくるだろう。ドーヴィはそう期待している。

 シャツのボタンも留めてやって、さらにその上から王都で購入したお洒落なジャケットを着せる。身内の席だから、そこまで派手なデザインでもない。ただ、王都で流通している上位貴族向けのものだけあって、品質は非常に良い。

「ドーヴィ、できたか?」
「ああ。どうだ、寒くないか?」
「大丈夫だ、寒くない」

 寒かったら肌着を増やすぞ、と言ってドーヴィはグレンの頭をポンと叩いて立ちあがった。グレンはくすぐったそうに首を竦めている。

「……そう言えば」

 立ち上がってから、ふとドーヴィは声を上げた。グレンが頭一個分上にあるドーヴィの顔を見上げて首を捻る。

「なんだ?」
「俺の正体、家族には明かすのか? じいやとばあやには言ってあるが」
「あ……か、考えてなかった!」

 騎士団長のマルスにも言われた事だが……執事とメイド長には言ってあって、家族には秘密にしておくというのも変だろう。よほどグレンが隠したいというなら別だが。様々な点からしても、知って貰っていた方がドーヴィとしては動きやすい。

「うう……あ、悪魔と言って、大丈夫だろうか……」
「まあ……大丈夫だとは思うが……あのな、グレン」

 頭を抱えているグレンの両肩に、ドーヴィはポンと手を置く。

「たぶん、もうバレてる」
「う……うわぁぁぁっ!!」
「あとついでに騎士団長にも料理長にもバレてる」
「バレすぎだドーヴィ!!!!」

 あれだけ派手に動いてバレない方がおかしい。頭を抱えたまま体を揺らして悶絶するグレンを見ていると、バレすぎてしまったドーヴィとしては何とも言えない気持ちになる。

「悪魔かどうかまではバレてないだろうが、少なくとも人間じゃないのはバレてるぞ、確実に」
「そ、そんなぁ……うう……ど、どうしよう……」

 右往左往するグレン。しかし、あまり長々と悩んで家族を待たせるわけにもいかない。

「あー……明かしてもいいんじゃないか、別に」
「それはそうかもしれないが……あ、悪魔だと広まって、教会に捕まったりしないだろうか……」
「……大丈夫だろ、たぶん」

 まさか、教会にもバレてるどころか見逃して貰ってる状態だとは言えない。教会に怯えるグレンを安心させたいとは言え、さすがにそこまでの内容をグレンに伝えることはできなかった。

 うーん、と頭をかいたドーヴィは話の方向を変える。ドーヴィとしては、もうさっさと明かしてもらって自由に動きたいのだ。

 何しろ、グレンを筆頭にクランストン辺境家は……どうにも、薄幸で、ちょっと目を離せばすぐに死んでしまいそうな儚さを持っていて。グレンの幸せのためには家族の幸せも必要、となると、ドーヴィはクランストン辺境家の皆様も全員護衛したい気持ちでいっぱいなのだ。

 ……もしかしたら、グレンの薄幸具合とすぐに死んでしまう儚さは、遺伝なのかもしれない。そんな遺伝子あるのかよ、とドーヴィは思うがあの創造神の事だから、そういう遺伝子を勝手に作って組み込んでいる可能性もある。

 とにかく。ドーヴィはグレンを説得すべく、口を開いた。

「グレン、家族も騎士団長や料理長も、そんな口が軽い人間か? 違うだろ?」
「む……」
「俺としては明かして貰った方が、いろいろ動きやすくなるんだが……どうだろうか」
「むむむ……」

 ドーヴィの言葉に、グレンは小さく唸り声を上げながら考え込んだ。グレンの熟考を待つことしばし。ドーヴィがそろそろ、と催促しようかと思ったその瞬間、グレンはようやく頭を上げてドーヴィを見上げた。

「わかった。皆には絶対に口外しないように頼むとしよう。……父上達も、この様な大切な秘密を漏らす事はあるまい」

 グレンはそう結論を出した。その上で、ちょっとだけ目を細めてドーヴィを睨む。

「ドーヴィ、もうこれ以上、他の人間には正体がバレないようにしてくれ。僕の心臓がもたない」
「……わかったよ。お前の心臓に何かあったらたまんねえからな。なるべく気を付けるとする」
「そうしてくれ。……僕は、お前が教会に連れていかれるのは嫌だからな」

 怒っている顔をしつつも、眉は下がっており。そのまま、グレンはぎゅうとドーヴィに抱き着く。

 グレンの中では、教会にバレる事はそれすなわちドーヴィとの別れ、という図式が出来上がっていたらしい。そのことに思い至らなかったドーヴィは、気まずく顔をしかめてからグレンを抱きしめ返した。

 教会との関係を詳細に説明できないドーヴィが悪いのだが、どうしても説明できない、説明してはいけないものだから仕方がない。

「悪かった、不安にさせちまったな……大丈夫だ、俺だって信頼のおける人間にしか正体をバラしてねえよ」
「うむ……ドーヴィが、そういう失敗をしないとはわかっているのだが……」

 いやあ俺も結構失敗してるぜ? とは思っていても言わないドーヴィだ。グレンの前では格好つけたいという思いもあり、グレンにとって「ドーヴィなら大丈夫」という安心感を与える最後の砦でありたいから、でもある。

 不安に震えるグレンを宥めるように頭を撫で、つむじに唇を落とす。グレンの肩が大きく動いて、深呼吸をしている姿が見えた。

「それでだな、グレン」
「……まだ何かあるのか」

 抱き着いてドーヴィの胸に顔を埋めたまま、グレンが低い声で言った。背中をぽんぽんと叩きながらドーヴィは妙な笑みを浮かべながら口を開く。

「あんまり詳しくは言えない、悪魔のルールがあってだな」
「……うむ」
「自分で名乗るときは、ちゃんと正式名称を名乗らないといけないんだ。二つ名があれば、二つ名も込みで」
「ほう?」

 面白そうなルールを初めて聞いたグレンはがばりと顔を上げた。先ほどまで不安に揺れていた瞳が、一転して興味津々にきらめいている。

 悪魔のルール、それは悪魔と言う異物がこの世界で遊ぶことを許される条件でもあり、制限でもある。ルールを守っている限りは、天使と同じ土俵で人間達を弄ぶことができる。

 逆にルールを破ってしまえば、問答無用で天使から処罰を受けることとなる。そう、ドーヴィが頑なにグレンに手を出さずにいるように。

「俺が悪魔として正体を明かすなら。ちゃんと名前を言わなきゃいけないわけだが……あれだな、二つ名に問題があってだな……」
「二つ名……愛と性の?」
「ああ、まあ、それはそれで問題なんだが」

 ……グレンの家族、特に両親に向かってそのような自己紹介をしたいと思うわけもなく。お宅の息子さんの処女と今後の性行為を捧げて貰います、なんて下衆な発言にも程がある。

 グレンはそのことに気づいていないようで首を傾げているが。とりあえず、それはおいておいて。

「お前、俺の二つ名忘れてるだろ。新しく更新されちまってよ……今の俺の正式名称、『愛と子守の悪魔 ドーヴィ』なんだが」
「あっ!!! こ、子守……!!」

 グレンはぶふっと噴き出した。傭兵らしい体格の良さと、美形でありながらもどちらかと言えば強面とも言える切れ長の目、そしてこの辺では珍しい浅黒い肌……から繰り出される子守という単語! すっかり忘れていたが、これを笑わずにいられるか!

 おい、笑うな、とドーヴィがグレンの頬を摘まんで引っ張る。

「いひゃい!」
「ったく、笑い事じゃねーんだぞ。いいか、俺が子守の悪魔という事は、契約主のお前が子守が必要なガキんちょって事なんだからな」
「はぁっ!? 僕はもう成人している、立派な大人なんだぞ!」

 飛び火に気が付いたグレンが目を丸くした後に唾を吐く勢いで恒例のセリフを吐き出す。

 と、言われたところで二つ名システムは悪魔の管轄外であり、ドーヴィとしてもどうしようもない。

「だから子守を性に戻すべく……いや、その話は後でいい。つまりだな、俺が言いたいのは、紹介するときはお前が全部紹介してくれ、ってことだ」
「わ、わかった……そう言えば、じいやとばあやに紹介した時も、僕が説明したな……」
「だろう? だから俺の正式名称を正確に知っているのは、アルチェロぐらいだ」

 悪魔の正式名称、あるいは真名と呼ばれるものは魔術の触媒ともなる。故に、そう簡単に人間へ教えることはない。契約をする人間に対しては、正式名称をもって契約を結ぶから必須だが、それ以外は別に言わなくても良いことだ。

 その点、アルチェロは既にケチャと契約を済ませた悪魔憑きだ。その状態で正式名称を隠すのは、契約済みのケチャに対して失礼にあたる。そこは悪魔のルールではなく、マナーと言ったところだろうか。

 まあ、敵対している悪魔だったら逆に隠し通すものだが。当時のケチャは、明らかにドーヴィと友好関係にあった。

 むしろ、ケチャの怒りをわざわざ煽る必要もない。あの黒猫は、意外と執念深い上に気づけば助からない状況に敵を追い込むのが得意なのだ。触らぬケチャに祟りなし、である。

「では、談話室に行くか……さっさと紹介した方が、ドーヴィも気が楽だろう?」
「その方がいろいろ話せることも増えるからな」
「うむ……ちょっと緊張してきた……」

 ぶるり、と震えるグレン。正直、ドーヴィとしては特にもめごとにもならずあっさり受け入れられるだろうなぁとは楽観視している。

 何せ、この契約主と皆、血のつながりがあるのだから。どこかグレンと似たところのあるクランストン辺境家の面々を思い出し、ドーヴィは少しだけ頬を緩めた。

 
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悪魔のルールはその時々で適当に決めます(ぇ

ところでさすがにご家族の方々も名前があった方がいいよね……と思いつつ悶々と悩んでいます
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