6 / 28
5.
しおりを挟む
私は時間がある時にはバルドルに教えて貰った花畑に出掛けていた。
彼も時間を見つけて来ているようで、時々会うことが出来た。
彼は孤児院で小さな子の相手をしているからか、聞き上手で私の話を黙って聞いていてくれた。
「私ね、シェフに料理を教えて貰う事にしたの。だって貴族としては嫁げないから。」
「うん。」
「昨日は卵を焼いたんだけど、火加減が難しくて。」
「うん。あれ難しいよな。」
この世界のコンロは基本強火しか無くて、卵料理など至難の業だ。
それでも、料理は楽しかった。
「いつか私の手料理を振る舞ってあげるよ。」
「ああ、待ってる。」
「うん。期待しててね。」
いつかなんて日は来ないかもしれない。
けれど、こんな他愛もない会話が楽しかった。
そして文字が書けない私にバルドルは孤児院で余った教本を持ってきてくれた。
「いいの?」
「ああ、これは寄付されたやつが余ったから。でもチビ達の落書きもあるぜ。」
「全然大丈夫だよ。ありがとう。」
「計算は出来るんだろ?」
「うん。計算は得意だよ。」
この世界の計算方法は前世と一緒で、私は暗算は得意だった。
彼に貰った教本を大切に胸に抱えて家に帰る。小さなノートとペンも貰ったから今日からでも勉強できる。
その日から木箱を机にして文字の練習も始めた。
この世界の文字は象形文字のようで、私にはとても覚えにくかった。
★★★
彼と知り合い3年が経とうとしていた。
ある日花畑に行くとバルドルが沈痛な表情で私を待っていた。
「バルドル、どうしたの?何かあった?」
彼の表情にただ事では無い気配を感じて恐る恐る尋ねた。
「うん。昨日孤児院に魔術師協会の人が来たんだ。それで、僕は魔力が多いから、魔術師協会にひきとられることになった。」
「え?魔術師協会?」
「うん。この街を出ることになる。」
「もう会えないの?」
「暫くは会えない。魔術師協会の本部のあるオズの街に行くんだ。」
魔術師になることが出来れば、彼は裕福な生活が出来るだろう。
訓練は辛くて有名だが……。
寂しくても彼を応援する事が正しいことだと分かっていた。
寂しい気持ちを必死に押し殺して、彼に笑顔を向けた。
「うん。頑張ってね。」
涙が滲みそうになって咄嗟に顔を反らせる。
「いつか……国一番の魔術師になって迎えに来るよ。」
ーー静かな声なのにやけに響いて聞こえた。
「……迎えに…来てくれるの?」
「うん。これは約束の印。」
彼は私の指に小さな花をくるりと巻いて縛った。
ーー小さなピンクの花
『ディアナの髪の色と同じだね』
彼がそう言っていた。
一陣の風が吹く。
ザーーっと草花の騒めきが波のように広がっていく。
雨の前触れのような湿った匂い。
「俺には今はまだディアナを守る力が無いけど、いつかきっと力をつけて戻ってくるよ。」
「え?」
彼は私の指に巻いた花を見て、握る手に力を込めた。
その手の熱さが、目の輝きが、子供だとは思えない程力強くて………。
急に大人の男性のように大きく見えた。
「迎えに来た時、……その時まだ、ディアナが不幸なら俺は……。」
言葉を切った彼の慎重さで、この言葉が一時の感情に流されたものではないことを知る。
この小さな手に縋りたかった。
けれど、私たちはなんの力も無くて……。
待っているなんて言えなかった。
彼に無理をして欲しく無かったから。
「身体に気を付けて、バルドルの願いが叶う事を祈ってる。」
……そう言うのが精一杯だった。
去っていく彼を目に焼き付ける。
遠ざかる後ろ姿を追いかけたくて、その衝動を何度も押さえつけた。
帰り道に降った雨は私の涙を隠してくれた。
「酷い雨だったねー。身体は冷えてないかい?」
家に帰った私が濡れているのに気付いたハンナさんがタオルを貸してくれた。
私はタオルに目を押し付けて声を押し殺す。
ーー大丈夫、大丈夫ーー
何度も心の中で繰り返した。
彼も時間を見つけて来ているようで、時々会うことが出来た。
彼は孤児院で小さな子の相手をしているからか、聞き上手で私の話を黙って聞いていてくれた。
「私ね、シェフに料理を教えて貰う事にしたの。だって貴族としては嫁げないから。」
「うん。」
「昨日は卵を焼いたんだけど、火加減が難しくて。」
「うん。あれ難しいよな。」
この世界のコンロは基本強火しか無くて、卵料理など至難の業だ。
それでも、料理は楽しかった。
「いつか私の手料理を振る舞ってあげるよ。」
「ああ、待ってる。」
「うん。期待しててね。」
いつかなんて日は来ないかもしれない。
けれど、こんな他愛もない会話が楽しかった。
そして文字が書けない私にバルドルは孤児院で余った教本を持ってきてくれた。
「いいの?」
「ああ、これは寄付されたやつが余ったから。でもチビ達の落書きもあるぜ。」
「全然大丈夫だよ。ありがとう。」
「計算は出来るんだろ?」
「うん。計算は得意だよ。」
この世界の計算方法は前世と一緒で、私は暗算は得意だった。
彼に貰った教本を大切に胸に抱えて家に帰る。小さなノートとペンも貰ったから今日からでも勉強できる。
その日から木箱を机にして文字の練習も始めた。
この世界の文字は象形文字のようで、私にはとても覚えにくかった。
★★★
彼と知り合い3年が経とうとしていた。
ある日花畑に行くとバルドルが沈痛な表情で私を待っていた。
「バルドル、どうしたの?何かあった?」
彼の表情にただ事では無い気配を感じて恐る恐る尋ねた。
「うん。昨日孤児院に魔術師協会の人が来たんだ。それで、僕は魔力が多いから、魔術師協会にひきとられることになった。」
「え?魔術師協会?」
「うん。この街を出ることになる。」
「もう会えないの?」
「暫くは会えない。魔術師協会の本部のあるオズの街に行くんだ。」
魔術師になることが出来れば、彼は裕福な生活が出来るだろう。
訓練は辛くて有名だが……。
寂しくても彼を応援する事が正しいことだと分かっていた。
寂しい気持ちを必死に押し殺して、彼に笑顔を向けた。
「うん。頑張ってね。」
涙が滲みそうになって咄嗟に顔を反らせる。
「いつか……国一番の魔術師になって迎えに来るよ。」
ーー静かな声なのにやけに響いて聞こえた。
「……迎えに…来てくれるの?」
「うん。これは約束の印。」
彼は私の指に小さな花をくるりと巻いて縛った。
ーー小さなピンクの花
『ディアナの髪の色と同じだね』
彼がそう言っていた。
一陣の風が吹く。
ザーーっと草花の騒めきが波のように広がっていく。
雨の前触れのような湿った匂い。
「俺には今はまだディアナを守る力が無いけど、いつかきっと力をつけて戻ってくるよ。」
「え?」
彼は私の指に巻いた花を見て、握る手に力を込めた。
その手の熱さが、目の輝きが、子供だとは思えない程力強くて………。
急に大人の男性のように大きく見えた。
「迎えに来た時、……その時まだ、ディアナが不幸なら俺は……。」
言葉を切った彼の慎重さで、この言葉が一時の感情に流されたものではないことを知る。
この小さな手に縋りたかった。
けれど、私たちはなんの力も無くて……。
待っているなんて言えなかった。
彼に無理をして欲しく無かったから。
「身体に気を付けて、バルドルの願いが叶う事を祈ってる。」
……そう言うのが精一杯だった。
去っていく彼を目に焼き付ける。
遠ざかる後ろ姿を追いかけたくて、その衝動を何度も押さえつけた。
帰り道に降った雨は私の涙を隠してくれた。
「酷い雨だったねー。身体は冷えてないかい?」
家に帰った私が濡れているのに気付いたハンナさんがタオルを貸してくれた。
私はタオルに目を押し付けて声を押し殺す。
ーー大丈夫、大丈夫ーー
何度も心の中で繰り返した。
24
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。
まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。
理由は、お家騒動のための避難措置である。
八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。
★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。
☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。
☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。
☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる