侍従でいさせて

灰鷹

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はじまりの場所

はじまりの場所(2)

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「え――、えええ!?」

 思わず大声を上げた。

「あの頃は……。現王……。兄上がが即位してすぐで宮廷内が荒れていてな。エイギルの父君も謀反の罪を着せられて処刑されたし、第一王弟は王太后に毒殺されたという噂だった。俺の身も危ないと思った母上が、病気の静養を表向きの理由にして、俺をこっそり宮廷から逃がしたんだ。王弟であることがわかれば王太后が刺客を送ってくるかもしれないから、エイギルの従者として、身を隠していた」

「そ、それって、うちの両親は知っていたんですか?」

 殿下は首を横に振った。

「知っていたのは、エイギルと、母の侍女だったエレナだけだ」

「そう……。だったんですか……」

「エイギルが……、俺が部屋にいると、泣けないからな。たまにエイギルを一人にするために、ここに来ていた。でも、ここにいると、いつもお前が来て……、色々話しかけてくるから、最初は鬱陶しいなと思っていた」

 遠くを見つめる殿下が、懐かしそうに切れ長の眸を細める。その眼差しがとても優しかったから、「鬱陶しい」と言われても傷つきはしなかった。

 ユリウスも、なんとなく覚えている。
 エイギルは人前では気丈に振る舞っていたけど、父を処刑され、無理やり再婚させられた母とも会えず、かなり辛い思いを抱えていたに違いない。
 エイギルの元気がない時に庭で取った花を彼の部屋に持って行くと、彼が一人で泣いていることがあった。
 そういうとき、子供ながらに声をかけづらくて、いつも馬小屋に来ていた。

 母が生きていたときも、そうしていたから。

 実の母の顔は覚えていないが、その顔がいつも泣き顔だったことは、なんとなく覚えている。
 庭で取った花を持って母の部屋に行くと、「ユーリ、ごめんね」と言って泣きながら抱きしめられていた。母のことで覚えているのは、謝罪の言葉と、ユリウスを抱きしめるとき、いつも母が泣いていたことと、部屋に漂っていた薬草の香りだけだ。

 母の部屋に行くと、顔を見られて嬉しい以上に悲しい気持ちになってしまうから、その後はいつも馬小屋に行っていた。
 当時の自分は、なぜ馬小屋に行きたくなるのかわかっていなかったけど、ルトが言っていた、『人といるより馬といるほうが気楽でいい』という気持ちに近いものがあったんじゃないかと思う。

 だから、エイギルのときも、彼が泣いているところを見ると悲しい気持ちになって、馬に会いにきていた。そしてそこには、いつも先客がいた。
 ルトと、どんな会話をしていたのかは全く覚えていない。エイギルに渡せなかった花をかわりに彼にあげていたことだけは、なんとなく覚えている。
 
「お前が来て、どうでもいいことを色々話しかけてきて、それに答えている間だけは、刺客への恐怖も、身を潜めていなければならないことも、エイギルへの気遣いも、母上と会えない寂しさも、忘れていられた。ユーリといるときだけ、俺はただの子供でいられたんだ」

 それは、自分も同じだったかもしれない。
 継母ははは、我が子同然にユリウスを可愛がってくれたけど。姉や弟のように甘えてはいけないことは子供心になんとなくわかっていたし、使用人たちの態度が自分にだけ冷たいことも薄々感じ取っていた。
 家族の一員でいるために無理に「いい子」を演じていた子供時代で、馬小屋でルトと話しているときだけは、子供らしくいられたような気がする。



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