売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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辺境伯軍

辺境伯軍(2)

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「お前、新人の使用人だな? ちっこいほうは女みたいで可愛いと思っていたんだ」

 松明から届く光が逆光になって、ユリウスからは男たちの顔がよくわからなかったが、向こうからはユリウスの顔を判別できるようだ。

「い、いえ……。ちがいます。人違いです」

 いつでも走り出せるよう身構えながら、どうにかそれだけ絞り出した。
 新人の使用人と言えば、ユリウスとアルミンのことだ。そのうち小さいほうはユリウスだが、今は人違いで乗り切るしかない。「女みたいで可愛い」というのも、男所帯にいるせいでそう見えてしまうだけの話だ。なにせ選定の儀で売れ残るオメガなのだから。

「オメガの男ってもしかしてこんな感じなのかもしれないな。でも、こんなところにオメガがいるわけないし」

 オメガという言葉を耳にした瞬間、ざわりと嫌な感じに胸が騒いだ。

 発情期ヒート中ではないしフェロモンは出ていないとわかっていても、なんとなく自分の匂いが気になって、半歩後ろへ後ずさる。
 男たちが一歩踏み出し、開いた以上に距離を詰められる。

 ……なんか……これってかなり……。マズくないか……?

 頭の中で警鐘が響き始める。
 騎士団長に呼ばれていると言ったとき、アルミンが「俺もついて行こうか?」と心配そうにしていたことを思い出した。
 もしかしたらこういうことって、軍営内でよくあることなんだろうか……。

「怖がらなくていいよ。俺たち、乱暴なことはしないから」
「そうそう。俺たちで君の歓迎会をしたいだけだ」
「おとなしくしてくれたら、君にもいい思いをさせてあげるよ」

 顔ははっきりと見えなくても、その下卑た声から、彼らがどんな表情をしているか容易に想像できた。
 男たちの一人が手を伸ばしてきて、ユリウスは彼らに背を向け、走り出そうとした。だが、それより先にその手にガシリと肩を掴まれ、引き寄せられてしまう。

「た……」

 たすけて! と言おうとした声は、乱暴に口を塞いだ掌に吸い込まれた。
 屈強な兵士たちからしたら、小柄で華奢なユリウスなんて子供のようなものだ。 
 口を塞がれたまま後ろから腕ごと羽交い絞めにされ、別の男に下肢をひとまとめにして持ち上げられる。
 兵舎とは離れた夜の闇へ、引きずり込まれようとしていた。

 ……ライニ様――……。

 ギュッと瞑った瞼の裏にラインハルトの顔が浮かんできて、涙が滲んだ。

 こんなことになるくらいだったら、ここで使用人として働くことにしたと、食堂で見かけたときに打ち明けておけばよかった。そうしたら、褒めてはもらえなくても、最後にもう一度、「頑張れ」と頭を撫でてもらえたかもしれないのに……。

 彼らが酔いに任せて何をしようとしているかは、そういう経験のないユリウスにも想像がつく。
 手足をばたつかせて必死にもがくも、頑強な腕の力が増すばかりでびくともしない。

 逃げることは無理かもしれないと諦めかけた、そのとき――。急に肌に触れる空気がピリッと引き締まったように思えた。

「お前たち、どこに行く?」

 先ほどいた場所のほうから声がし、足音が近づいてくる。聞き覚えのある声だった。
 ユリウスを連れ去ろうとしていた男たちの足が止まる。
 彼らはそろそろと後ろを振り返ると、慌ててユリウスを下ろし、背中に隠した。

「あ……、えっと……、新人の使用人が具合悪そうに蹲っていたので、宿舎に連れて行ってやろうとしていたところです」

 男たちの態度からして、目上の人間なのだろうか……。
 答えている男とは別の男が、ユリウスの耳元で、「余計なこと言うなよ」と潜めた声で囁いた。

「使用人の宿舎はそっちじゃないだろ」
「そ……、そうですよね……。こいつが小便したいって言うから、ちょっとそこの草むらでさせてやろうと思いまして……。は、ははははは」

 一度止まっていた足音が、また近づいて来る。
 男たちは顔を見合わせ、急にあたふたし始めた。

「お前、もう具合は良さそうだな。じゃあ、俺達は兵舎に戻らせてもらうからな」

 腕を掴まれていた手を離され、ユリウスは腰が抜けたようにその場にへなへなとへたり込んだ。
 酒の匂いに気づかれたくなかったのか、男たちは一目散にその場を離れていく。

「おい、お前ら!」
「明日も朝が早いし、俺達はこのへんで失礼しますね~」

 返事が返って来たのは、彼らの姿が兵舎の影に消えてからだった。


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