42 / 83
辺境伯軍
辺境伯軍(2)
しおりを挟む「お前、新人の使用人だな? ちっこいほうは女みたいで可愛いと思っていたんだ」
松明から届く光が逆光になって、ユリウスからは男たちの顔がよくわからなかったが、向こうからはユリウスの顔を判別できるようだ。
「い、いえ……。ちがいます。人違いです」
いつでも走り出せるよう身構えながら、どうにかそれだけ絞り出した。
新人の使用人と言えば、ユリウスとアルミンのことだ。そのうち小さいほうはユリウスだが、今は人違いで乗り切るしかない。「女みたいで可愛い」というのも、男所帯にいるせいでそう見えてしまうだけの話だ。なにせ選定の儀で売れ残るオメガなのだから。
「オメガの男ってもしかしてこんな感じなのかもしれないな。でも、こんなところにオメガがいるわけないし」
オメガという言葉を耳にした瞬間、ざわりと嫌な感じに胸が騒いだ。
発情期中ではないしフェロモンは出ていないとわかっていても、なんとなく自分の匂いが気になって、半歩後ろへ後ずさる。
男たちが一歩踏み出し、開いた以上に距離を詰められる。
……なんか……これってかなり……。マズくないか……?
頭の中で警鐘が響き始める。
騎士団長に呼ばれていると言ったとき、アルミンが「俺もついて行こうか?」と心配そうにしていたことを思い出した。
もしかしたらこういうことって、軍営内でよくあることなんだろうか……。
「怖がらなくていいよ。俺たち、乱暴なことはしないから」
「そうそう。俺たちで君の歓迎会をしたいだけだ」
「おとなしくしてくれたら、君にもいい思いをさせてあげるよ」
顔ははっきりと見えなくても、その下卑た声から、彼らがどんな表情をしているか容易に想像できた。
男たちの一人が手を伸ばしてきて、ユリウスは彼らに背を向け、走り出そうとした。だが、それより先にその手にガシリと肩を掴まれ、引き寄せられてしまう。
「た……」
たすけて! と言おうとした声は、乱暴に口を塞いだ掌に吸い込まれた。
屈強な兵士たちからしたら、小柄で華奢なユリウスなんて子供のようなものだ。
口を塞がれたまま後ろから腕ごと羽交い絞めにされ、別の男に下肢をひとまとめにして持ち上げられる。
兵舎とは離れた夜の闇へ、引きずり込まれようとしていた。
……ライニ様――……。
ギュッと瞑った瞼の裏にラインハルトの顔が浮かんできて、涙が滲んだ。
こんなことになるくらいだったら、ここで使用人として働くことにしたと、食堂で見かけたときに打ち明けておけばよかった。そうしたら、褒めてはもらえなくても、最後にもう一度、「頑張れ」と頭を撫でてもらえたかもしれないのに……。
彼らが酔いに任せて何をしようとしているかは、そういう経験のないユリウスにも想像がつく。
手足をばたつかせて必死にもがくも、頑強な腕の力が増すばかりでびくともしない。
逃げることは無理かもしれないと諦めかけた、そのとき――。急に肌に触れる空気がピリッと引き締まったように思えた。
「お前たち、どこに行く?」
先ほどいた場所のほうから声がし、足音が近づいてくる。聞き覚えのある声だった。
ユリウスを連れ去ろうとしていた男たちの足が止まる。
彼らはそろそろと後ろを振り返ると、慌ててユリウスを下ろし、背中に隠した。
「あ……、えっと……、新人の使用人が具合悪そうに蹲っていたので、宿舎に連れて行ってやろうとしていたところです」
男たちの態度からして、目上の人間なのだろうか……。
答えている男とは別の男が、ユリウスの耳元で、「余計なこと言うなよ」と潜めた声で囁いた。
「使用人の宿舎はそっちじゃないだろ」
「そ……、そうですよね……。こいつが小便したいって言うから、ちょっとそこの草むらでさせてやろうと思いまして……。は、ははははは」
一度止まっていた足音が、また近づいて来る。
男たちは顔を見合わせ、急にあたふたし始めた。
「お前、もう具合は良さそうだな。じゃあ、俺達は兵舎に戻らせてもらうからな」
腕を掴まれていた手を離され、ユリウスは腰が抜けたようにその場にへなへなとへたり込んだ。
酒の匂いに気づかれたくなかったのか、男たちは一目散にその場を離れていく。
「おい、お前ら!」
「明日も朝が早いし、俺達はこのへんで失礼しますね~」
返事が返って来たのは、彼らの姿が兵舎の影に消えてからだった。
646
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる