売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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辺境伯軍

辺境伯軍(1)

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 ……どうして騎士団長が、ライニ様の交友関係や婚姻のことを気にするのだろう。

 壁に架けられた燭台の明かりを頼りに廊下をコソコソと歩きながら、執務室でのやりとりを思い返す。
 しかし、目尻が吊り上がり気味の、騎士団長の狡猾そうな眼差しまで思い出しそうになり、それ以上深く考えるのはやめることにした。

 まぁ。もっと仲良くなるために殿下のことを知りたいとか、婚約が決まったらお祝いの品を贈りたいとか、そういうことかな。

 自分に言い聞かせるように胸の内で独り言ちながら出口へと向かう。

 一口に『城』といっても、城壁に囲まれた敷地の中には大小様々な建物がある。広い意味での『城』で暮らす人たちが狭い意味で『城』と呼んでいるのは、高い望楼を有し、敷地の中で最も大きいこの石造りの堅牢な建物だ。騎士団の中で部隊長以上の人達は、この『城』の中に私室がある。
 一方で、階級を持たない騎士や辺境伯軍の兵士、それに使用人は、馬小屋よりは多少はマシな程度の木造や煉瓦造りの小屋で寝起きしていた。
 従僕長の執務室も騎士団長の執務室も、外から出入りしやすいように城の入り口付近にある。奥まったところにあれば、慣れないユリウスは迷っていただろう。
  
 何事もなく出て来られてよかったと思う反面、離れがたい気持ちもあった。
 ライニ様がこの巨大な迷路のような建物のどこかで休んでおられると思うと、城の中にいるだけでその存在を近くに感じられる。見つかりたくないのに近くにいたいと思う矛盾した気持ちを、自分ではどうすることもできなかった。

 ユリウスは通用口の前で足を止め、背後に長く伸びた廊下を一度振り返ると、踵を返して重い扉を押した。
 通用口には見張りの兵が一人。揺れる松明の炎が、石壁に暗い影を生み出している。そこから離れれば星明かりのみが頼りだった。
 雲はなく、暗闇の向こうに建物の陰を薄っすらと確認できる程度には夜目がきく。
 辺境伯軍の兵舎を通り過ぎようとしたときだ。視界の端で、その建物の影が揺らめいた。

 暗闇から突然、人影が現れたのだ。かすかに届く松明の薄明かりに浮かび上がったのは、兵士と思われる三人の屈強な体格の男たちだった。
 不意打ちだったから、思わず「うわっ!」と声が洩れた。

「お前、こんなところで何をしている?」

 三人はユリウスを取り囲むようにして立ちはだかった。
 暗くて顔はわからないが、酒の香りが漂ってくる。
 兵士たちは七日に一度、休息日がある。城内では飲酒が禁じられているため、休息日にはほとんどの兵士が前日から街に繰り出して、閉門ぎりぎりまで帰って来ない。
 きっと彼らも今日が休息日で、しこたま飲んで帰って来たのだろう。あるいは、こっそり酒を持ち帰って、隠れて酒盛りの続きをしていたか。

 酔っ払いでなくとも、体格差のある男たちに囲まれるのは恐怖心を覚えるのに、ましてや相手が酔っているとなると、ひたすら嫌な予感しかしない。
 妾の子でオメガでも、家族には愛情深く接してもらえたが、使用人の中には家族のいないところではあからさまに態度を変える者もいた。発情期ヒートに乗じて襲われそうになったこともあるので、そういう不穏な気配はなんとなくわかる。

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