売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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過保護な主

過保護な主(5)

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 たまに鍬を振るうくらいしか肉体労働をしてこなかったユリウスの皮膚は弱く、鞭で打たれた傷は皮膚が裂けていて、熱も続いていた。三日も経つころには腫れが引きはじめ、傷口も乾いてきたため、洗濯物を畳んだり食器を拭いたりといった力のいらない仕事だけさせてもらえるようになった。

 仕事ができず暇を持て余していたから、ひとまずこれまでの経過を手紙にしたため、こっそりトマスに預けた。それはとある貴族の使用人に宛てたもので、トマスには同郷の友人だと説明している。実際にはその貴族は陛下付きの侍女の実家で、手紙は侍女を通じて陛下に渡る予定になっていた。

 書いたのは、ラインハルトが薬草湯を使ってくれたり、鞭で打たれたユリウスに手ずから食事を食べさせようとしたり、といった他愛もないことだ。実際にユリウスの目の届く範囲で彼が怪しい人物に会ったり、任務以外で外出することもなかった。
 数日間共に過ごしただけでも、彼の無口で無愛想だが実直で根は優しい人柄は十分に感じ取れた。謀反の疑いありという情報が何かの間違いとしか思えない。
 ラインハルトに隠れて陛下に彼の動向を報告することには後ろめたさを感じるが、逆に自分の報告が彼に謀反の意志などないことを陛下に信じさせるきっかけになればいいと思っていた。


 一週間が経つ頃に、ようやく、医者から重い物を持つような仕事も差し支えないと許しが出た。
 明かり取りの小窓から差し込むやわらかな光で目を覚ましたユリウスは、身支度を整え、井戸端で顔を洗うと厨房へ向かった。
 すでにそこではエレナが火を起こしていた。
 新参者なので、せめて最初に起きないと、とは思っているが、故郷と違ってここには鶏がいないし、貴族街のせいか教会の鐘が鳴る時刻も遅い。エレナのように日の出前に目を覚ますのは、一週間以上経った今でもユリウスには難しい。

「おはようございます。僕、野菜を洗ってきますね」

 かまどに向かっていたエレナが、顔だけ振り向かせた。

「ユーリ様、おはようございます。今日から普通に体を動かしてもいいとお医者様も仰っていましたよね。でしたら、ライニ様と一緒に馬の散歩をなさったらどうですか?」
「え? い、いや、でも……」

 朝食の準備と言っても、ユリウスがしていることは未だにお手伝いレベルで、いなくてもたいして困らないだろうとは思う。

「ライニ様も随分ユーリ様を心配しておられましたでしょう? ユーリ様がすっかり元気になった姿をお見せしたら、お喜びになりますわ」

 エレナは何かとユリウスをラインハルトに近づけたがる嫌いがある。
 ベッドから動けない間も、ラインハルトにユリウスの食事の介助を頼んだらしく、彼がお粥をユリウスの口元に差し出すものだから、食欲はなかったが、痛みを堪えてどうにか口にした。
 ただ、馬の散歩は、この屋敷に来たときから彼に代わって自分ができないかと考えていた仕事の一つでもあるので、素直に従うことにした。

「そうですね……。では、ちょっと外を見てきます」

 今はもう、ラインハルトを怖いとは思わない。
 ただ、彼の傍にいくと以前とは異なる緊張を感じるようになった。心の臓が速くなり、怖いというより恥ずかしくて顔を上げられなくなる。気分が落ち着かず決して居心地がいいとは言えないのに、何故か離れがたいような、そんな感じだった。

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