アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

18

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その夜、ルリ子は悪夢にうなされていた。

「待って!」

何度ルリ子が叫んでも前を歩く浩太は女と二人で先に行ってしまう。
まるでルリ子など存在していないかのようだ。

「まって、ねぇ、まって!!」

女が突然ルリ子の方を振り向いた。
その瞬間、彼女の顔が見えた。

「はっ!!」

ルリ子は飛び起きた。
隣では浩太が幸せそうに寝ている。
時計を見ると午前四時。
会社に行くにしてもまだ寝ていられた時間だった。

ルリ子は夢の中に出てきた女性の顔にどうしても見覚えがあった。
ベットサイドで充電していた自分の携帯を手繰り寄せてそっと部屋を出る。
ソファに腰かけてサキがよく使っているSNSを開く。

「えっと、これね…」

ルリ子は所謂、見る専なのでほとんど使っていない。
フォローしている中に数人、大学時代の友人がいる。
工藤と別れてからかなりの友人と円を切ったが、それでも数人は残してあった。

「ここを、こうして」

繋がっている数人の友人のフォローしている中からある人を探し出す。
彼女は積極的に写真を投稿しているようで、最新の写真が上がっていた。

「やっぱり、そうだわ」

その人物が一番最後に投稿している写真にはシュークリームとその箱が映っている。
複数枚上げており、そのうちの一枚には浩太が映っていた。

「やっぱり榊さんだったのね」

そう、そのアカウントは大学時代に工藤と浮気していた榊だった。

「私の人生、榊さんにめちゃくちゃにされるっ」

ルリ子は声を殺して泣いた。
明日から浩太とどのように接するのが正解なのだろうか。
泣き疲れたのか気が付くとルリ子はそのままソファで眠っていた。

「お、はよう、ベットにいないからびっくりしたよ」

浩太が起きてきたらしくルリ子に声をかける。
ルリ子は無言で頷いた。



その日、ルリ子は誰とも話をする気になれずに浩太にも最低限の言葉しか返えせなかった。

「じゃあ先に行くね」

訝しそうにルリ子を見ながら浩太は先に仕事に向かった。
ルリ子は部屋に駆け込み、自分のものを全て捨ててしまいたい衝動にかられた。

「ダメよ、まだ、ダメ」

あぁ、あの時と一緒だ。
ルリ子はドレッサーの中に大切にしまってあった、初めてデパートで買ったアイシャドウを手に取るとシュークリームの箱を沈めたキッチンのゴミ箱に投げ入れた。
分類がちがうとか、そういった常識的なことを考えている余裕はもうなかった。

「どうして私、別れられないのかしら」

工藤の時はあんなにすんなりと別れを告げることができたのに、浩太には何も言えない。
ただ少しだけ、時間と距離を置いた方がいい気がした。
ルリ子は折角、浩太の家に持ち込んだ荷物の一部をトランクと段ボールに詰めて家を出た。
合鍵は残っている荷物を取りに来るときに必要になるので返せないが。
自分の家に戻ると閑散としていながらもどこか安心感を覚える。
ノロノロと準備をしてなんとか仕事に向かった。



「はぁ」

一日、なんとか乗り切って自宅に帰ってきた。
浩太はまだ帰宅していないのか、はたまた仕事が忙しいのかメッセージは来ていない。
ただ今のルリ子にはそれだけでも心が苦しくなった。

「榊さんとどういう関係なのか聞くべきなのかしら」

榊のSNSを開いて過去の投稿を見ていくと、ルリ子と浩太が共に訪れたことの見覚えのある場所でツーショットだったり、工藤や別の人と映っている写真が数多く上がっている。
ルリ子は急に吐き気を覚えてトイレに駆け込んだ。

「うぐっ」

ルリ子は軽いパニックに陥ってしまった。

「もうやだ、私に、関わらないで」

ルリ子は衝動のままに浩太にメッセージを送った。
何もする気になれずベットに飛び込んで無理やり眠りについたのだった。



ルリ子は次の日からSNSやメッセージを一切開かないことにした。
浩太だけでなくマリもサキも含めて全員から来る連絡を無視することにしてしまった。

「誰かに関わると私は裏切られる」

頭の中の声がルリ子に囁く。
すっかり彼女は疑心暗鬼になってしまった。

誰からの連絡からも逃げて逃げて仕事だけに没頭すると心が落ち着いた。
さらに仕事が忙しいことを理由に会社で佐々木や井上から声をかけられても避けたる。

一日に何度か浩太から電話が来ていたが、ルリ子がそれに答えることはない。
荷物を引きあげたり、しなければ行けないことがたくさんあることは頭ではわかっている。
ルリ子は今の気持ちをしたためて彼にメッセージを送ろうか悩んだが、どうしても送ることができないでいたのだった。
このまま自然消滅でいいのだろうか。
さまざまな思いがルリ子を攻め始めたのだった。
ルリ子の心が追いついてくれないのだ。

マリからもたまに電話が来るが出る気にはなれなかった。
出てしまったら結婚して幸せにしているマリにひどい言葉を投げてしまいそうだからだ。
サキからは一度、留守電が入っていたが再生はしていない。
どうせ会ってサキの話を聞かされるだけだと思ったのだ。
ルリ子は今、他人の話を聞いて何か感想を述べられるような状況じゃなかった。

にもかかわらず自分の話を誰かに聞いてもらうという選択肢も頭には浮かんでこなかった。
仕事に尽くして帰宅して、くたくたになって眠る。
翌朝、ノロノロと起きて会社に行く。
その繰り返しの中で二週間が経った。

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