アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

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浩太が浮気をしたと責め立てて婚約をなかったことにすることもできる。
しかしそれは工藤と別れた時とは異なり、簡単なことではない。

「ただいま!ルリ子ちゃん、ここ気になるって前に言ってたでしょ?見てみて!」

シュークリームの箱を笑顔で差し出す浩太に殺意を覚えるも、ルリ子は笑顔でやり過ごした。

「うわぁ!ありがとうございます!私シュークリーム、大好きなんです」

叩き落としたい衝動にかられたが、ルリ子はそっと机の上に箱を下ろす。

「お昼ごはんってもう食べてきちゃいました?」

「あ、うん」

あぁ、あの女の人と食べに行ったのかな。
ルリ子の頭の中に二人に後ろ姿がよぎる。

「そうですか…私、まだなんですけど、シュークリームがあるなら昼食はいらないですね」

「え、ちゃんと食べたほうっがいいよ。僕に気を使わなくていいから」

浩太はそういうと着替えに部屋に戻っていった。
ルリ子は先ほどスーパーで買ってきた食材をキッチンにある白くてきれいな冷蔵庫に入れながら、お湯を沸かす。
浩太はスイーツを食べながらコーヒーを飲むのが好きだから。

「私、どうしたら」

ルリ子はパックに入ったアジの頭を無言で眺める。
濁った瞳とルリ子の心の中を反射しているようだった。

「お湯沸いてるよ?」

「あ!大変!」

浩太の声でルリ子は慌てて我に返った。
火を止めてマグカップにインスタントのコーヒーの粉とお湯を注ぐ。
コーヒーの香りで少しルリ子の心は落ち着きを取り戻す。

「いいの?お昼本当にそれだけで」

「はい」

なんだか色々な感情がルリ子の胸に迫っていて、とても食欲がわいてこない。
ルリ子は大好きなシュークリームのはずが、全く味を感じられず、飲み込むまで拷問のように感じてしまった。

「美味しかったです」

それでもルリ子は笑顔で浩太に感想を伝えた。

「喜んでもらえてよかった」

のんきな浩太の様子にルリ子は言葉を飲み込んだ。
浩太がリビングにいってテレビを見ている間にルリ子はシュークリームの入っていた箱をぐしゃぐしゃにつぶした。
それくらいしかルリ子の感情をどうにか開放する方法が思い浮かばなかったのだ。

「面白そうな映画はじまるからルリ子ちゃんもこっちにおいでよ」

ソファから浩太の声が聞こえる。

「はーい」

ルリ子はぐちゃぐちゃにした箱を見えないようにキッチンの生ごみ用のゴミ箱の底深くに押し込んだ。
深呼吸をする。
笑顔を作る。

「どんな映画ですか?」

心持ワントーン上の声色で話しかけながら浩太の横に腰かける。

「これこれ」

すると浩太が携帯で映画の情報を見せてくれた。

「へぇ、ミステリーなのにものすごくアクションにこだわってるんですね」

「ハリウッド映画だから迫力もすごいよ」

ルリ子はその瞬間に気づいてしまった。
彼の携帯の画面の上部に通知が来たことを。
浩太は通知が出るなりすぐにルリ子から携帯を離した。

「楽しみです」

「あ、うん」

浩太はそう答えるルリ子には目もくれずにメッセージに返信をしている。
先ほどまでの饒舌が嘘だったかのように、適当にルリ子に返事をしてきた。

「ふぅ」

浩太に気づかれぬようにルリ子はため息を漏らしたのだった。



その日は早めに夕食を食べてお風呂に入ることになった。
湯船につかりながら湯気の中でぼんやりと輝くパネルの温度表示を眺める。

「あの人、誰なのかしら」

浩太の近所に住んでいて浩太非常に親しい仲の女性。
彼女のことを考えていたら少しのぼせてしまったようで、お風呂から出たルリ子は少しクラリとした。
髪を乾かしてスキンケアをしてからキッチンへ行き、一杯の水を飲んだ。。
ルリ子と入れ替わりに風呂に入った浩太は今、ゆったりと湯船に浸かっているころだろう。

「あら?」

ダイニングテーブルに珍しく浩太の携帯が置きっぱなしになっていた。
ちょうどよく、何か通知が来たらしく、画面が光った。

「NATSUMI さん が 写真を送信しました」

女性が浩太に写真を送ったようだ。
ルリ子が反射的に浩太の携帯を持ち上げるとなぜかロックがかかっておらず、開いてしまった。

「えっ」

そこに大きく表示された写真は浩太と女性のツーショットだった。
あのシュークリーム屋の前で取ったもののようだ。

「どうしましょう、既読をつけてしまったわ…」

ルリ子は慌てて浩太の携帯を機内モードにした。
そして興味本位のまま二人のやりとりを見る。

「明日空いてる?」

「午前中なら」

「前行ってたとこ行きたい」

「いいよ」

昨日の会話だった。
浩太は今日の午前中、仕事と言っていた。
そうか仕事ではなかったのか。
ルリ子はさらに二人の会話を探ろうとしたが、浴室の扉が開く音がした。
メッセージ画面を閉じて機内モードを解除すると「NATSUMI」からメッセージの通知がまた来ているのが見えた。

「あれ?ルリ子ちゃん、キッチンにいたの?」

浩太は風呂から上がって来たばかりのようで頬が上気していた。

「ええ、お水を飲みに」

グラスをみせる。

「僕にもくれる?」

ルリ子は頷いて彼の分の水を注いだ。
受け取るまでの間、浩太は嬉しそうに携帯の画面を眺めていたのをルリ子は横目で見ていたのだった。




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