アイシャドウの捨て時

浅上秀

文字の大きさ
上 下
9 / 31
社会人編

2

しおりを挟む
クリスマス、恋人たちが街にあふれる中、ルリ子は走っていた。

サキはあの後も変わらず、SNSで楽しそうにしている。
マリに相談しようかと悩んだものの、赤子のいるマリにはただの迷惑だろうとルリ子は諦めた。
サキが自分で現状の異常さに気づいてくれることを祈ることしかルリ子にはできない。

しかしサキに入れられたマッチングアプリは連日ルリ子に通知を送り続けた。
サキの選んだ写真が良かったのか、ひっきりなしにいいねのアピールが送られてくる。
その中でルリ子は一人だけマッチングした。
何気なく夜中に開いた時、優しそうな男性のプロフィール写真に惹かれて思わずメッセージをタップしてしまったのだ。

そこからなんとなくお互いに読書が好きだという話になり、好きな作家や本が一緒だったこともあり、ルリ子はこの人に会って話してみたいと思うようになったのだ。
お互いに都合があったのが悲しいかな、クリスマス当日だったというわけである。

ルリ子は仕事をなんとか定時で終わらせて、デートに向かうであろう他の女性社員に紛れてトイレで身だしなみを整えた。
そして待ち合わせ場所の駅前のオブジェに近づくにつれ、人がどんどんと増えていく。
一度、立ち止まったルリ子はアプリのメッセージ画面を立ち上げる。

「今どこですか」

数秒前に相手からメッセージが来ていた。

「駅前のオブジェの近くです」

ルリ子が返信するとすぐに既読になる。

「何か目印になるものは身に着けていますか」

相手から返ってくる。

「目印…なにかしら…」

ルリ子は自分の身に着けているものを見直す。

「あ、これだわ!」

ルリ子は少し目立つゼブラ柄のマフラーをしていた。
サキに先日、誕生日プレセントとしてもらったものだった。
ルリ子はマフラーが目印だとメッセージを送った後、しばらく相手から返信がない。

「迷われているのかしら」

ルリ子も相手を探してキョロキョロとあたりを見回す。
如何せん、人が多いうえに相手の顔がわからないので探しようがなかった。

「すみません、突然用事ができたのでいけなくなりました」

数分後、アプリに相手から冷たいメッセージが来ていた。

「…そう」

相手は多分、ルリ子の外見をどこで隠れて見ていたのだ。
タイプではなかったためドタキャンしたのだろう。

ルリ子は怒りで涙がこぼれそうになった。
なぜこんなクリスマスの日に屈辱的な思いをしなければいけないのだろう。

「なんだかお腹が空いてきたわ」

人の多いところで泣いたら変な人だと思われる。
ルリ子は自分にお腹がすいたと言い聞かせて駅前を離れるのだった。



「せっかくだから普段いかないようなお店にでも行ってみましょう!」

外食は節約の為控えていたが、イベントデーだからとルリ子は自分を甘やかせてあげることにした。
しかしどこのお店もクリスマスディナーに忙しく、空いていなさそうだ。

「そういえばこの近くかしら」

ルリ子は最近、毎晩のルーティンとしてサキに教えてもらったラジオの文字起こし動画を再生しながらお風呂に入る。
昨日ちょうど再生していたのがお気に入りの飲食店紹介だった。



「寺嶋さんは普段はどのようなお店に行かれることが多いんですか?」

女性パーソナリティからの質問で動画は始まる。

「そうですね、街を歩いていてここ良いなって思ったらフラっと入っちゃいます」

「ネット検索とかされない感じですか?」

「あんまりしないですね。一人でいることが多いから、当たりはずれも楽しみかなって」

「そうなんですね…私、けっこう口コミ気にしちゃうんですよね。友達と一緒に行くときとか特に」

「あ~、人と一緒だったらさすがに僕もチェックするかな」

「ですよね…それで今日は寺嶋さんのお気に入りのお店を教えてもらえちゃうということで!」

「お、テンション高いですね」

「そりゃそうですよ!寺嶋さん、グルメの酒豪として界隈では有名じゃないですか。そんな寺嶋さんの紹介とあれば明日からお店大混雑ですよ」

「いやいやそんなに影響力無いでしょ」

「ありますよ、ねぇ!ほらブースの外のスタッフもみんな頷いてますよ」

「わざとらしいなぁ…でもお店のお役に立てるのならぜひ、ということで僕のおすすめはこちらです」



もう三年も前の放送だったそうで、まだお店が残っているのかは不明だがルリ子はネットの地図を頼りに歩き始める。
いつも会社帰りに通る方向とは真逆なのでルリ子には未知の街並みが広がっている。

「うわぁ、ベーカリーとかもあったのね。今度来てみようかしら」

気になるお店をメモに書き留めながら目的のお店へと足を進める。
するとちょっと裏路地に面して奥まった場所に黒字に白文字の看板が見えた。

「あ!あれね!」

ラジオの中でも少し看板と入り口がわかりにくいと言っていた。
ルリ子は木製の扉につけられた少し錆びた金属の取っ手に手をかける。
押すとゆっくりとそれは開いた。

「いらっしゃいませ」

中からオレンジの柔らかい光がルリ子を包み込む。
黒いエプロンをした初老の男性がルリ子を出迎えてくれた。

「あ、すみません、予約してないんですけど…」

「一名様ですね、カウンター席でもよろしいでしょうか」

「は、はい!」

「それでは、どうぞこちらへ」

店内のテーブル席は込み合っていたが、ルリ子の案内された7名ほどが座れそうなカウンターは端にカップルが一組いるだけで空いていた。
ルリ子はコートを脱ぐと椅子の背にかけ、床の荷物入れにカバンを入れて椅子に腰かけた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

現在の政略結婚

詩織
恋愛
断れない政略結婚!?なんで私なの?そういう疑問も虚しくあっという間に結婚! 愛も何もないのに、こんな結婚生活続くんだろうか?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...