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社会人編
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クリスマス、恋人たちが街にあふれる中、ルリ子は走っていた。
サキはあの後も変わらず、SNSで楽しそうにしている。
マリに相談しようかと悩んだものの、赤子のいるマリにはただの迷惑だろうとルリ子は諦めた。
サキが自分で現状の異常さに気づいてくれることを祈ることしかルリ子にはできない。
しかしサキに入れられたマッチングアプリは連日ルリ子に通知を送り続けた。
サキの選んだ写真が良かったのか、ひっきりなしにいいねのアピールが送られてくる。
その中でルリ子は一人だけマッチングした。
何気なく夜中に開いた時、優しそうな男性のプロフィール写真に惹かれて思わずメッセージをタップしてしまったのだ。
そこからなんとなくお互いに読書が好きだという話になり、好きな作家や本が一緒だったこともあり、ルリ子はこの人に会って話してみたいと思うようになったのだ。
お互いに都合があったのが悲しいかな、クリスマス当日だったというわけである。
ルリ子は仕事をなんとか定時で終わらせて、デートに向かうであろう他の女性社員に紛れてトイレで身だしなみを整えた。
そして待ち合わせ場所の駅前のオブジェに近づくにつれ、人がどんどんと増えていく。
一度、立ち止まったルリ子はアプリのメッセージ画面を立ち上げる。
「今どこですか」
数秒前に相手からメッセージが来ていた。
「駅前のオブジェの近くです」
ルリ子が返信するとすぐに既読になる。
「何か目印になるものは身に着けていますか」
相手から返ってくる。
「目印…なにかしら…」
ルリ子は自分の身に着けているものを見直す。
「あ、これだわ!」
ルリ子は少し目立つゼブラ柄のマフラーをしていた。
サキに先日、誕生日プレセントとしてもらったものだった。
ルリ子はマフラーが目印だとメッセージを送った後、しばらく相手から返信がない。
「迷われているのかしら」
ルリ子も相手を探してキョロキョロとあたりを見回す。
如何せん、人が多いうえに相手の顔がわからないので探しようがなかった。
「すみません、突然用事ができたのでいけなくなりました」
数分後、アプリに相手から冷たいメッセージが来ていた。
「…そう」
相手は多分、ルリ子の外見をどこで隠れて見ていたのだ。
タイプではなかったためドタキャンしたのだろう。
ルリ子は怒りで涙がこぼれそうになった。
なぜこんなクリスマスの日に屈辱的な思いをしなければいけないのだろう。
「なんだかお腹が空いてきたわ」
人の多いところで泣いたら変な人だと思われる。
ルリ子は自分にお腹がすいたと言い聞かせて駅前を離れるのだった。
…
「せっかくだから普段いかないようなお店にでも行ってみましょう!」
外食は節約の為控えていたが、イベントデーだからとルリ子は自分を甘やかせてあげることにした。
しかしどこのお店もクリスマスディナーに忙しく、空いていなさそうだ。
「そういえばこの近くかしら」
ルリ子は最近、毎晩のルーティンとしてサキに教えてもらったラジオの文字起こし動画を再生しながらお風呂に入る。
昨日ちょうど再生していたのがお気に入りの飲食店紹介だった。
…
「寺嶋さんは普段はどのようなお店に行かれることが多いんですか?」
女性パーソナリティからの質問で動画は始まる。
「そうですね、街を歩いていてここ良いなって思ったらフラっと入っちゃいます」
「ネット検索とかされない感じですか?」
「あんまりしないですね。一人でいることが多いから、当たりはずれも楽しみかなって」
「そうなんですね…私、けっこう口コミ気にしちゃうんですよね。友達と一緒に行くときとか特に」
「あ~、人と一緒だったらさすがに僕もチェックするかな」
「ですよね…それで今日は寺嶋さんのお気に入りのお店を教えてもらえちゃうということで!」
「お、テンション高いですね」
「そりゃそうですよ!寺嶋さん、グルメの酒豪として界隈では有名じゃないですか。そんな寺嶋さんの紹介とあれば明日からお店大混雑ですよ」
「いやいやそんなに影響力無いでしょ」
「ありますよ、ねぇ!ほらブースの外のスタッフもみんな頷いてますよ」
「わざとらしいなぁ…でもお店のお役に立てるのならぜひ、ということで僕のおすすめはこちらです」
…
もう三年も前の放送だったそうで、まだお店が残っているのかは不明だがルリ子はネットの地図を頼りに歩き始める。
いつも会社帰りに通る方向とは真逆なのでルリ子には未知の街並みが広がっている。
「うわぁ、ベーカリーとかもあったのね。今度来てみようかしら」
気になるお店をメモに書き留めながら目的のお店へと足を進める。
するとちょっと裏路地に面して奥まった場所に黒字に白文字の看板が見えた。
「あ!あれね!」
ラジオの中でも少し看板と入り口がわかりにくいと言っていた。
ルリ子は木製の扉につけられた少し錆びた金属の取っ手に手をかける。
押すとゆっくりとそれは開いた。
「いらっしゃいませ」
中からオレンジの柔らかい光がルリ子を包み込む。
黒いエプロンをした初老の男性がルリ子を出迎えてくれた。
「あ、すみません、予約してないんですけど…」
「一名様ですね、カウンター席でもよろしいでしょうか」
「は、はい!」
「それでは、どうぞこちらへ」
店内のテーブル席は込み合っていたが、ルリ子の案内された7名ほどが座れそうなカウンターは端にカップルが一組いるだけで空いていた。
ルリ子はコートを脱ぐと椅子の背にかけ、床の荷物入れにカバンを入れて椅子に腰かけた。
サキはあの後も変わらず、SNSで楽しそうにしている。
マリに相談しようかと悩んだものの、赤子のいるマリにはただの迷惑だろうとルリ子は諦めた。
サキが自分で現状の異常さに気づいてくれることを祈ることしかルリ子にはできない。
しかしサキに入れられたマッチングアプリは連日ルリ子に通知を送り続けた。
サキの選んだ写真が良かったのか、ひっきりなしにいいねのアピールが送られてくる。
その中でルリ子は一人だけマッチングした。
何気なく夜中に開いた時、優しそうな男性のプロフィール写真に惹かれて思わずメッセージをタップしてしまったのだ。
そこからなんとなくお互いに読書が好きだという話になり、好きな作家や本が一緒だったこともあり、ルリ子はこの人に会って話してみたいと思うようになったのだ。
お互いに都合があったのが悲しいかな、クリスマス当日だったというわけである。
ルリ子は仕事をなんとか定時で終わらせて、デートに向かうであろう他の女性社員に紛れてトイレで身だしなみを整えた。
そして待ち合わせ場所の駅前のオブジェに近づくにつれ、人がどんどんと増えていく。
一度、立ち止まったルリ子はアプリのメッセージ画面を立ち上げる。
「今どこですか」
数秒前に相手からメッセージが来ていた。
「駅前のオブジェの近くです」
ルリ子が返信するとすぐに既読になる。
「何か目印になるものは身に着けていますか」
相手から返ってくる。
「目印…なにかしら…」
ルリ子は自分の身に着けているものを見直す。
「あ、これだわ!」
ルリ子は少し目立つゼブラ柄のマフラーをしていた。
サキに先日、誕生日プレセントとしてもらったものだった。
ルリ子はマフラーが目印だとメッセージを送った後、しばらく相手から返信がない。
「迷われているのかしら」
ルリ子も相手を探してキョロキョロとあたりを見回す。
如何せん、人が多いうえに相手の顔がわからないので探しようがなかった。
「すみません、突然用事ができたのでいけなくなりました」
数分後、アプリに相手から冷たいメッセージが来ていた。
「…そう」
相手は多分、ルリ子の外見をどこで隠れて見ていたのだ。
タイプではなかったためドタキャンしたのだろう。
ルリ子は怒りで涙がこぼれそうになった。
なぜこんなクリスマスの日に屈辱的な思いをしなければいけないのだろう。
「なんだかお腹が空いてきたわ」
人の多いところで泣いたら変な人だと思われる。
ルリ子は自分にお腹がすいたと言い聞かせて駅前を離れるのだった。
…
「せっかくだから普段いかないようなお店にでも行ってみましょう!」
外食は節約の為控えていたが、イベントデーだからとルリ子は自分を甘やかせてあげることにした。
しかしどこのお店もクリスマスディナーに忙しく、空いていなさそうだ。
「そういえばこの近くかしら」
ルリ子は最近、毎晩のルーティンとしてサキに教えてもらったラジオの文字起こし動画を再生しながらお風呂に入る。
昨日ちょうど再生していたのがお気に入りの飲食店紹介だった。
…
「寺嶋さんは普段はどのようなお店に行かれることが多いんですか?」
女性パーソナリティからの質問で動画は始まる。
「そうですね、街を歩いていてここ良いなって思ったらフラっと入っちゃいます」
「ネット検索とかされない感じですか?」
「あんまりしないですね。一人でいることが多いから、当たりはずれも楽しみかなって」
「そうなんですね…私、けっこう口コミ気にしちゃうんですよね。友達と一緒に行くときとか特に」
「あ~、人と一緒だったらさすがに僕もチェックするかな」
「ですよね…それで今日は寺嶋さんのお気に入りのお店を教えてもらえちゃうということで!」
「お、テンション高いですね」
「そりゃそうですよ!寺嶋さん、グルメの酒豪として界隈では有名じゃないですか。そんな寺嶋さんの紹介とあれば明日からお店大混雑ですよ」
「いやいやそんなに影響力無いでしょ」
「ありますよ、ねぇ!ほらブースの外のスタッフもみんな頷いてますよ」
「わざとらしいなぁ…でもお店のお役に立てるのならぜひ、ということで僕のおすすめはこちらです」
…
もう三年も前の放送だったそうで、まだお店が残っているのかは不明だがルリ子はネットの地図を頼りに歩き始める。
いつも会社帰りに通る方向とは真逆なのでルリ子には未知の街並みが広がっている。
「うわぁ、ベーカリーとかもあったのね。今度来てみようかしら」
気になるお店をメモに書き留めながら目的のお店へと足を進める。
するとちょっと裏路地に面して奥まった場所に黒字に白文字の看板が見えた。
「あ!あれね!」
ラジオの中でも少し看板と入り口がわかりにくいと言っていた。
ルリ子は木製の扉につけられた少し錆びた金属の取っ手に手をかける。
押すとゆっくりとそれは開いた。
「いらっしゃいませ」
中からオレンジの柔らかい光がルリ子を包み込む。
黒いエプロンをした初老の男性がルリ子を出迎えてくれた。
「あ、すみません、予約してないんですけど…」
「一名様ですね、カウンター席でもよろしいでしょうか」
「は、はい!」
「それでは、どうぞこちらへ」
店内のテーブル席は込み合っていたが、ルリ子の案内された7名ほどが座れそうなカウンターは端にカップルが一組いるだけで空いていた。
ルリ子はコートを脱ぐと椅子の背にかけ、床の荷物入れにカバンを入れて椅子に腰かけた。
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