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〈掌編・番外編〉
16. ローストチキンとブッシュドノエル
しおりを挟む十歳の冬から、毎年エドと二人だけのクリスマスを過ごしてきた。
シュトーレン作りも手慣れたもので、三週間ほど前から焼き上げて、大事に食べるのが恒例となっている。
仕込みを手伝ってくれている内にレシピを覚えたエドのおかげで、今年はたくさんシュトーレンを作ることが出来た。
せっかくなので、お世話になった人たちにシュトーレンを配って回ることにした。
まずは、師匠二人に。
ラヴィルはちょうどパーティメンバーと東の肉ダンジョンに潜っているため不在だったので、ミーシャに預けておいた。
未だに部屋を借りることなく、『妖精の止まり木』を常宿にしているのだ。
気の置けない友人が営む宿はよほど居心地が良いのだろう。
「これはミーシャさんのシュトーレンで、こっちはラヴィさんに渡して下さいね。二つとも食べちゃダメですよ?」
「……むぅ。他人の物を勝手に食べたりはしませんよ?」
「ですよね。一応、念の為です。あと、このケーキはとても栄養価が高いので、一気にたくさん食べるのはオススメできません」
「栄養価が高い……」
ミーシャが抱えるシュトーレンは油紙で丁寧に梱包してある。
エドのリクエストに応えている内にかなりの大きさに焼き上がってしまったが、味には自信があった。
クリスマスまでの二週間で、一切れずつ切って食べてもらえるよう、砂糖たっぷりめで作ったシュトーレンなのだ。
ドライフルーツはもちろん、バターも贅沢に使ってある。
シュトーレンを手にして何やら考え込んでいるミーシャにエドが分かりやすく伝えてくれた。つまりは──
「一気にたくさん食うと太るぞ」
「……ッ」
ほっそりとして華奢な体型のエルフであるミーシャには無用な心配かもしれないが、たくさん食べると身体には悪いので、一応皆には伝えているのだ。
エドにはっきりと告げられたミーシャは神妙な表情で頷く。
「……分かりました。毎日一切れずつ食べるのを楽しみにしますね」
甘いお菓子が大好物な師匠二人がちゃんと守れるかどうかは分からないが、注意事項は伝えたので、後は自己判断に任せよう。
「じゃあ、次は冒険者ギルドへ行こう」
「ん、ギルドは配る相手が多いな」
「だねー。冒険者の皆は捕まえるのが難しそうだから、先にスタッフの皆さんへ渡そう」
宿からギルドまでは近いので、のんびりと歩いて行く。
ちょうど昼前の混雑しない時間帯を選んだので、目当ての人物には一通り渡すことが出来た。
いつもお世話になっている受付嬢のリア、素材買取りカウンターのガルゴ、サブマスのフェロー。ついでにギルドマスターのベルクにも渡しておいた。
以前にエイダン商会の護衛任務で一緒になったパーティ『紅蓮』の三人には運良く出会えたので、笑顔でプレゼント。
皆、今は肉ダンジョンを中心に活動しているようで、甘い焼き菓子だと伝えると大喜びで受け取ってくれた。
見習い時代から気に掛けてくれていた強面の冒険者ガーディと、ダンジョン調査任務に同行してくれた『黒銀』のメンバーはあいにく指名任務中で会えなかった。
「次に会った時に渡そう」
「そうだね。【無限収納EX】に仕舞っておけば腐ることもないし……」
とはいえ、シュトーレンはクリスマスまでにじっくりと味わうお菓子。
出来れば今年のうちに渡しておきたい。
「受付に伝言を頼んでおこう。依頼料を渡せば、たしか手紙を預かってくれたはず」
「! そうだねっ。さすが、エド。冴えてる!」
さっそく受付カウンターに座る犬獣人のリア嬢に相談した。
「それなら、お手紙ではなく、その焼き菓子を直接お預かりしますよ?」
「えっ、良いんですか!」
予想外の提案に驚いたが、銅貨二枚で預かりサービスが可能と聞いてすぐにお願いした。
生物はダメだが、消費期限の長いシュトーレンなら問題ないらしい。
「今年中には皆帰ってくる予定なので、しっかり預かっておきますね」
「お願いします!」
便利なサービスのことも知れて、大満足だ。
冒険者ギルドの後は、ドワーフ工房のミヤや他のスタッフ達にもシュトーレンを配って回った。
「何だか、サンタさんになった気分」
「ナギはプレゼントを貰う方じゃないのか?」
「そりゃあ、まだ未成年ですけど! それを言ったらエドの方が私より若いじゃない」
「数ヶ月は誤差だと思う」
お喋りしながら歩いている内に、家に到着した。
屋敷の入り口横には、ナギの背丈ほどの高さのクリスマスツリーが置かれている。
森の中で手頃な木を見つけて、持ち帰ったものだ。根っこごと収納できる【無限収納EX】はとっても便利です。
オーナメントは手作りした。布製の人形や折り紙、木工細工でそれらしく飾り立ててある。てっぺんのお星さま、ツリートップはエドが木片を削って作ってくれた。
金色の塗料はなかったので、黄色の染料を使って染めてみたのだが、我ながら良い出来栄えだった。
「クリスマスっぽいね! せっかくだから、夕食も豪華にクリスマスディナーっぽくしよう」
「手伝おう。コッコ鳥を焼くのだろう?」
いそいそと自分用のエプロンを身に付けるエド。ちゃんと全身に浄化魔法を忘れないあたり、優秀な料理人だ。
毎年、クリスマスにはコッコ鳥をメイン料理にしているため、エドは当然のようにローストチキンを予想したらしいが。
「ふっふっふ。今年はちょっと豪華にいくつもりだよ? 食材ダンジョンで手に入れた、とっておきのお肉を使います!」
じゃーん、と効果音付きで取り出した肉塊を目にしたエドが驚いている。
「まさか、それは……!」
「コカトリスのローストチキンです!」
「おお……っ!」
ハイペリオンダンジョンの調査任務中にゲットした、コカトリスの肉だ。
コッコ鳥の倍ほどの大きさを誇る魔獣だ。大きいだけでなく、とても強い。
外見はコッコ鳥と良く似ているが、その尾は巨大な蛇なのだ。
鶏と蛇が合体した姿をしており、物語のように石化させる能力はないが、尾の蛇は毒を吐くため、厄介な魔獣でもある。
もっとも、更に上位の魔獣や魔物を倒すメンバー達にとっては余裕で倒せる相手だったようで、あっさりと討伐していたが。
「お肉がなかなかドロップしなくて、苦労したよね……」
「そうだな。なぜか、解毒ポーションばかりドロップして、ようやく手に入れたのが、その肉だったか」
苦労した分、ドロップした肉は輝いて見えた。しかも枝肉ではなく、蛇の尻尾部分以外の肉がまるっとドロップしたのだ。
これはもう、丸焼きで楽しめと、ダンジョンの神さまのお告げに違いない。
とっておきの時のご馳走にしましょう。そんなナギの提案に、優しいエドは頷いてくれた。
「とっておきの時が、今日か……」
「コカトリスのローストチキンとブッシュドノエルを作るわよ!」
◆◇◆
母から受け継いだ屋敷内の魔道オーブンは、かなり大きく立派な物だ。
とはいえ、コカトリスを丸々一羽ローストするのはギリギリだった。
低温でじっくり焼くことで、柔らかくジューシーに仕上がるため、時間を掛けてオーブンで焼いていく。
丸鶏の腹にはスパイスやハーブと共に野菜と米を詰めて、竹串で閉じてある。
表面にはスパイスやハーブ類で風味を付けたオリーブオイルを丁寧に塗り込んで、後はじっくりと焼き上げていく。
垂れた肉汁やオイルをスプーンですくい、丹念に回しかける役割はエドにお願いした。
その間、ナギはブッシュドノエルを作る担当だ。
「生地を焼いて、クリームとスライスしたイチゴを挟んで……っと」
くるくると生地を巻いてロールケーキ状にして、魔道冷蔵庫でしっかりと冷やして固めておく。
その間にチョコクリーム作りだ。
生クリームに溶かしたチョコを混ぜて、ちょっとだけ味見。うん、美味しい。
切り株に見えるように、ロールケーキに塗り付けたチョコクリームはフォークで模様をつけておく。
余ったイチゴと型抜きクッキーを飾り付ければ、ブッシュドノエルの完成だ。
ちょうどローストチキンも焼き上がったので、クリスマスディナーを楽しもう。
「水蜜桃の果汁と炭酸を混ぜて、ノンアルコールのシャンパン風ジュースで乾杯しましょう」
「ん、美味い。桃の風味がすごく良いな」
「下手なシャンパンより美味しいわね、これ」
お酒を飲めない悲しさから、適当にステアしたのだが、これが当たりだった。
「コカトリス肉も美味しい……!」
「コッコ鳥と全然違うな。肉が引き締まっていて、力強い味だ。特に皮部分がパリパリで最高に美味いな」
さすが食材ダンジョンのコカトリス。これはまた獲りに行かなくては。
ブッシュドノエルもなかなかに良い出来栄えだった。
高価で希少なチョコレートは食材ダンジョンで手に入れた物なので、味はとても良い。
「ダンジョンでイチゴも手に入ったから、次のお祝いはショートケーキだね」
「とっておきの日だな」
視線を合わせて、くすりと笑い合う。
シュトーレンにブッシュドノエル。ローストチキンは七面鳥に挑戦するのも楽しそうだ。
良い子で夜を待つ仔狼にも、チキンとケーキをお腹いっぱい食べさせてあげなければ。
グラスを掲げて、エドと乾杯する。
「メリークリスマス!」
◆◆◆
イヴに間に合いました…!
皆さま、メリークリスマス!
番外編のクリスマスのお話です。
本編のダンジョン調査任務から帰った後のお話となっております。
後ほど、番外編の章に移動予定です。
◆◆◆
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