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〈掌編・番外編〉
15. 2巻発売記念SS
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※ナギとエドが見習い期間、街中依頼でレストラン勤務をしていた頃のお話です。
◆◇◆
「エールが欲しくなる料理の開発、ですか」
「おう。昼はエドの給仕とナギの手伝いのおかげで賑わっているが、夜の売り上げがイマイチなんだ。ガツンと酒が欲しくなるようなメニューを考えているんだが、どうにも決め手がなくてな……」
指名依頼で受けた、レストランでの仕事は忙しいが、なかなか面白かった。
ナギはオーナー兼料理人の助手として、調理の下拵えを主に手伝っている。
野菜の皮剥きから、スープの煮込み番。
手が足りない時は串打ちにも駆り出されたが、この地方の郷土料理のレシピを教えてもらったりと、それなりに楽しんでいる。
大変なのはエドの方で、辺境伯邸からこっそり持ち出していた執事服を身に纏って、女性客の接客に大忙しだ。
上品な黒の執事服は黒髪金眼の黒狼族の少年には良く似合っており、ひっきりなしに女性客が訪れていた。
人手不足の解消のための繋ぎの依頼のはずが、思わぬ副産物にオーナー夫人は大喜びだった。
だが、昼間の女性客が増えても、夜に出歩くのは男が多いのが、ダンジョン都市。
単価が高いのも夜の食事と酒になる。
このレストランも昼間はランチ客を取っているが、メインの稼ぎ場は夜だった。
ナギが成人していたら、夜も手伝って欲しかったんだが、とため息を吐かれたこともある。
さすがに十歳で夜のお仕事はちょっと、と笑顔で断った。
夜のレストランの手伝いは断ったが、店のメニューについては別に相談されたのだ。
「エールが欲しくなる料理ね……」
「ナギの得意分野だな」
「アキラも詳しいと思うけどね? 食べ専だったけど」
前世の二人は美味しいご飯とお酒にはめっぽう弱かったのだ。
お洒落なレストランはもちろん、世界各国のビールが揃えられたビアバー、お手軽な値段の居酒屋にも通ったし、給料前にはガード下の屋台の常連だったこともある。
もっとも、独身一人暮らしのアラサーOLのお給料ではお店通いはキツかったので、手料理でお家飲みへと移行していったが。
(まぁ、そのおかげで異世界でも自炊が出来ているんだけどね!)
前世の知識チートをぶちかませるほど賢くもなかったので、細々と自分と親しい周囲の人たちの胃袋を美味しい物で満たす生活を満喫している。
料理関係で少しばかり調理器具の提案はしてみたが、ささやかな物だと思う。
とは言え、ドワーフ工房のミヤに作ってもらったピーラーは料理人の旦那さんには大好評だったので、それは満足している。
「料理の腕前を認めてくれたのは嬉しいけど、エールに合う料理ねぇ……」
ちゃんと冒険者ギルドを通して指名依頼を貰っているので、真面目に考えなければ。
「酒に合うのは、揚げ物料理だと思う。唐揚げとカツ、あれは冷えたエールと最高の相性じゃないか?」
エドの提案に、ナギは重々しく頷いた。
「うん、確実に合うわね。……でも、オーナーからはあまり単価を上げたくないって言われているのよ」
肉料理だと、値段が跳ね上がってしまう。仕入れの関係もあるので、出来れば安い食材を使って欲しいと頼まれているのだ。
「……なら、魚は? 刺身とエールは合うと思う」
「お刺身はエールより日本酒かなって思うけど、まぁ良い線はいっているわね。でも、生物は却下。私とエドなら【鑑定】で魚の見極めも出来るし、【浄化魔法】で殺菌も可能だけど。オーナーには無理でしょ?」
食中毒なんて出してしまうと、客寄せどころか、店が潰れてしまう。
「お魚のフライも悪くはないと思うけど、毎朝、南の海鮮市場で魚介類の仕入れは大変だろうから、ここは安くて手に入りやすいアレを使いましょう」
「アレ?」
「安くてたくさん手に入って、そして何より美味しいジャガイモ料理よ!」
手軽で美味しいジャガイモ料理なら、すぐに思い付く。
エドや仔狼と相談して、オーナーに教えてあげたジャガイモ料理は三品。
皮付きのジャガイモを使ったフライドポテトとミヤ特製スライサーを使って作る、ポテトチップス。それと、ジャーマンポテトだ。
とりあえず、家で作った物をオーナーに試食させ、どれかを選んでもらうつもりだったのだが。
「どれも旨い! ここから一つを選べと言うのか? 出来るわけがない!」
頭を掻き毟りながら懊悩する夫を呆れたように一瞥して、代わりに決断を下したのはオーナー夫人だった。
どれも美味しいならば、全部のレシピを買い取ります、と宣言した。
そんなわけで、フライドポテトとポテトチップス、ジャーマンポテトのレシピを売ったナギは臨時収入にほくほくしている。
「いいのか、ナギ」
「レシピを売ったこと? むしろ、私が考えた調理法じゃないから、後ろめたいくらいよ。でも、これで美味しい料理を食べられるお店が増えるなら、それは嬉しいことだわ」
料理をするのは嫌いじゃないが、毎日三食ずっと作り続けるのは、さすがにしんどい。
「疲れた日は誰かが作った美味しいご飯を食べて癒されたいじゃない?」
「……そうだな。俺は幸せなことに、毎日ナギが作った美味しい料理を食べさせて貰っている。それは、とても贅沢なことなんだな」
「ふふっ。分かってくれたなら嬉しいわ。たまに二人で外食を楽しもうね?」
「ああ、もちろん」
東の街では美味しいジャガイモ料理を食べさせてくれるレストランが毎夜賑わっている。
安価だけど、エールが進むと大人気。
油で揚げて塩を振っただけのジャガイモがこんなに美味しいとは、誰も知らなかった。
ガッツリ食べたい時にはジャーマンポテトだ。厚切りベーコンとソーセージ、それとガーリックがジャガイモの味を一段と引き立ててくれる。
真似をする店もあったが、ポテトチップスだけは難しい。
あれほど薄く綺麗にジャガイモを切ることは難しく、チップスだけは元祖のレストランがしばらく人気を独占したようだ。
「夜だけのメニューのつもりが、昼のお客のリクエストが激しくて、ランチでも味わえるようになったんだって」
「女の人はイモ料理が好きみたいだからな。納得だ」
「ポテチもフライドポテトも美味しいもんね。食べ過ぎると太るけど……」
ナギはテイクアウトしたフライドポテトをのんびりと摘みながら、ギルドへ向かう。
横から手を伸ばしたエドもポテトを齧っている。うん、ほくほくで良い揚げ加減だ。
ポテトチップスは用意しておいた紙袋いっぱいに詰めて貰ったので、今日のおやつにしよう。
それにしても、少しだけ悔しい。
ナギは、切なげに瞳を伏せた。
「せっかくのエールに合う料理が手元にあるのに、まだまだお酒を楽しめないなんて!」
「それな」
十五歳で成人になる世界なので、日本よりは早く飲めるが、前世でさんざん味わったお酒のおあずけは厳しい。
「こっちの世界の食材はどれも美味しいから、余計に飲みたくなるってものよ……」
「我慢だ、ナギ。せめて五年後に楽しめるように、果実酒をたくさん漬けておこう」
エドに宥められて、どうにか落ち着いた。
異世界産の果物を漬けた、果実酒。それは絶対に美味しいに違いない。
大森林から持ち出した果樹も【無限収納EX】に確保してあるので、材料はバッチリだ。
「そうね。成人祝いを思い切り楽しむためにも、早く見習いから冒険者に昇格しなきゃ! そして土地を買って、自宅で果実酒を作りましょう!」
はっきりとした目標があると、やる気も増すというもの。
美味しいお酒のために、オーナーにはまた別の料理を教え込むのも良いかもしれない。
にんまりと笑うナギに釣られて、エドも晴れやかに笑う。
お酒に合う料理はどれも文句なしに美味しいので、ナギの企みも彼には渡りに舟なのだ。
「美味しいご飯とお酒のために!」
「おお!」
元気よく片腕を掲げて宣言する、相変わらずの二人だった。
◆◆◆
2巻発売記念の番外編でした!
6月1日に間に合いませんでした……!
地元の書店でポップ付きで宣伝されていて、嬉しいです☺️
念願のポップだー♡
◆◆◆
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「エールが欲しくなる料理の開発、ですか」
「おう。昼はエドの給仕とナギの手伝いのおかげで賑わっているが、夜の売り上げがイマイチなんだ。ガツンと酒が欲しくなるようなメニューを考えているんだが、どうにも決め手がなくてな……」
指名依頼で受けた、レストランでの仕事は忙しいが、なかなか面白かった。
ナギはオーナー兼料理人の助手として、調理の下拵えを主に手伝っている。
野菜の皮剥きから、スープの煮込み番。
手が足りない時は串打ちにも駆り出されたが、この地方の郷土料理のレシピを教えてもらったりと、それなりに楽しんでいる。
大変なのはエドの方で、辺境伯邸からこっそり持ち出していた執事服を身に纏って、女性客の接客に大忙しだ。
上品な黒の執事服は黒髪金眼の黒狼族の少年には良く似合っており、ひっきりなしに女性客が訪れていた。
人手不足の解消のための繋ぎの依頼のはずが、思わぬ副産物にオーナー夫人は大喜びだった。
だが、昼間の女性客が増えても、夜に出歩くのは男が多いのが、ダンジョン都市。
単価が高いのも夜の食事と酒になる。
このレストランも昼間はランチ客を取っているが、メインの稼ぎ場は夜だった。
ナギが成人していたら、夜も手伝って欲しかったんだが、とため息を吐かれたこともある。
さすがに十歳で夜のお仕事はちょっと、と笑顔で断った。
夜のレストランの手伝いは断ったが、店のメニューについては別に相談されたのだ。
「エールが欲しくなる料理ね……」
「ナギの得意分野だな」
「アキラも詳しいと思うけどね? 食べ専だったけど」
前世の二人は美味しいご飯とお酒にはめっぽう弱かったのだ。
お洒落なレストランはもちろん、世界各国のビールが揃えられたビアバー、お手軽な値段の居酒屋にも通ったし、給料前にはガード下の屋台の常連だったこともある。
もっとも、独身一人暮らしのアラサーOLのお給料ではお店通いはキツかったので、手料理でお家飲みへと移行していったが。
(まぁ、そのおかげで異世界でも自炊が出来ているんだけどね!)
前世の知識チートをぶちかませるほど賢くもなかったので、細々と自分と親しい周囲の人たちの胃袋を美味しい物で満たす生活を満喫している。
料理関係で少しばかり調理器具の提案はしてみたが、ささやかな物だと思う。
とは言え、ドワーフ工房のミヤに作ってもらったピーラーは料理人の旦那さんには大好評だったので、それは満足している。
「料理の腕前を認めてくれたのは嬉しいけど、エールに合う料理ねぇ……」
ちゃんと冒険者ギルドを通して指名依頼を貰っているので、真面目に考えなければ。
「酒に合うのは、揚げ物料理だと思う。唐揚げとカツ、あれは冷えたエールと最高の相性じゃないか?」
エドの提案に、ナギは重々しく頷いた。
「うん、確実に合うわね。……でも、オーナーからはあまり単価を上げたくないって言われているのよ」
肉料理だと、値段が跳ね上がってしまう。仕入れの関係もあるので、出来れば安い食材を使って欲しいと頼まれているのだ。
「……なら、魚は? 刺身とエールは合うと思う」
「お刺身はエールより日本酒かなって思うけど、まぁ良い線はいっているわね。でも、生物は却下。私とエドなら【鑑定】で魚の見極めも出来るし、【浄化魔法】で殺菌も可能だけど。オーナーには無理でしょ?」
食中毒なんて出してしまうと、客寄せどころか、店が潰れてしまう。
「お魚のフライも悪くはないと思うけど、毎朝、南の海鮮市場で魚介類の仕入れは大変だろうから、ここは安くて手に入りやすいアレを使いましょう」
「アレ?」
「安くてたくさん手に入って、そして何より美味しいジャガイモ料理よ!」
手軽で美味しいジャガイモ料理なら、すぐに思い付く。
エドや仔狼と相談して、オーナーに教えてあげたジャガイモ料理は三品。
皮付きのジャガイモを使ったフライドポテトとミヤ特製スライサーを使って作る、ポテトチップス。それと、ジャーマンポテトだ。
とりあえず、家で作った物をオーナーに試食させ、どれかを選んでもらうつもりだったのだが。
「どれも旨い! ここから一つを選べと言うのか? 出来るわけがない!」
頭を掻き毟りながら懊悩する夫を呆れたように一瞥して、代わりに決断を下したのはオーナー夫人だった。
どれも美味しいならば、全部のレシピを買い取ります、と宣言した。
そんなわけで、フライドポテトとポテトチップス、ジャーマンポテトのレシピを売ったナギは臨時収入にほくほくしている。
「いいのか、ナギ」
「レシピを売ったこと? むしろ、私が考えた調理法じゃないから、後ろめたいくらいよ。でも、これで美味しい料理を食べられるお店が増えるなら、それは嬉しいことだわ」
料理をするのは嫌いじゃないが、毎日三食ずっと作り続けるのは、さすがにしんどい。
「疲れた日は誰かが作った美味しいご飯を食べて癒されたいじゃない?」
「……そうだな。俺は幸せなことに、毎日ナギが作った美味しい料理を食べさせて貰っている。それは、とても贅沢なことなんだな」
「ふふっ。分かってくれたなら嬉しいわ。たまに二人で外食を楽しもうね?」
「ああ、もちろん」
東の街では美味しいジャガイモ料理を食べさせてくれるレストランが毎夜賑わっている。
安価だけど、エールが進むと大人気。
油で揚げて塩を振っただけのジャガイモがこんなに美味しいとは、誰も知らなかった。
ガッツリ食べたい時にはジャーマンポテトだ。厚切りベーコンとソーセージ、それとガーリックがジャガイモの味を一段と引き立ててくれる。
真似をする店もあったが、ポテトチップスだけは難しい。
あれほど薄く綺麗にジャガイモを切ることは難しく、チップスだけは元祖のレストランがしばらく人気を独占したようだ。
「夜だけのメニューのつもりが、昼のお客のリクエストが激しくて、ランチでも味わえるようになったんだって」
「女の人はイモ料理が好きみたいだからな。納得だ」
「ポテチもフライドポテトも美味しいもんね。食べ過ぎると太るけど……」
ナギはテイクアウトしたフライドポテトをのんびりと摘みながら、ギルドへ向かう。
横から手を伸ばしたエドもポテトを齧っている。うん、ほくほくで良い揚げ加減だ。
ポテトチップスは用意しておいた紙袋いっぱいに詰めて貰ったので、今日のおやつにしよう。
それにしても、少しだけ悔しい。
ナギは、切なげに瞳を伏せた。
「せっかくのエールに合う料理が手元にあるのに、まだまだお酒を楽しめないなんて!」
「それな」
十五歳で成人になる世界なので、日本よりは早く飲めるが、前世でさんざん味わったお酒のおあずけは厳しい。
「こっちの世界の食材はどれも美味しいから、余計に飲みたくなるってものよ……」
「我慢だ、ナギ。せめて五年後に楽しめるように、果実酒をたくさん漬けておこう」
エドに宥められて、どうにか落ち着いた。
異世界産の果物を漬けた、果実酒。それは絶対に美味しいに違いない。
大森林から持ち出した果樹も【無限収納EX】に確保してあるので、材料はバッチリだ。
「そうね。成人祝いを思い切り楽しむためにも、早く見習いから冒険者に昇格しなきゃ! そして土地を買って、自宅で果実酒を作りましょう!」
はっきりとした目標があると、やる気も増すというもの。
美味しいお酒のために、オーナーにはまた別の料理を教え込むのも良いかもしれない。
にんまりと笑うナギに釣られて、エドも晴れやかに笑う。
お酒に合う料理はどれも文句なしに美味しいので、ナギの企みも彼には渡りに舟なのだ。
「美味しいご飯とお酒のために!」
「おお!」
元気よく片腕を掲げて宣言する、相変わらずの二人だった。
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2巻発売記念の番外編でした!
6月1日に間に合いませんでした……!
地元の書店でポップ付きで宣伝されていて、嬉しいです☺️
念願のポップだー♡
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