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〈冒険者編〉
234. 叱られるのは嫌です
しおりを挟む「私のせいでもあるんですけど、各階層のクリアに時間が掛かっていると思うんです」
翌日、ベーコンエッグパンケーキの朝食をもりもり食している皆に勇気を振り絞って話しかけてみた。
三センチほどの厚さのふわふわパンケーキは渾身の出来栄えで、上に載せたベーコンエッグとの相性もとても良い。
ほんのりとした甘みと塩分のきいたカリカリベーコンは一緒に食べると意外と美味しいのだ。
半熟の目玉焼きにフォークの先をつぷりと刺して、とろっとした黄身をまぶして食べるパンケーキも絶品。
緑のサラダと赤いミニトマトを添えた一皿は見栄えも良い。
そのままでも美味しいが、そこにマヨネーズソースやケチャップソースを散らすのもおすすめ。
黒クマ夫婦は何と、ダンジョン産の蜂蜜をベーコンエッグパンケーキにたっぷりと投入していた。
ナギはつい悲鳴を上げてしまったが、旨そうに黙々と平らげていく二人を眺めていたエドが真似をして、意外な美味しさに顔を輝かせ──あまじょっぱいは正義、とナギも納得したのは、また別の話。
「……確かに、時間が掛かっているな。いや、うっすらとヤバそうだとは理解していたんだ、俺たちも」
そっとカトラリーをテーブルに置いて、『黒銀』のリーダー、ルトガーが眉間を指で押さえた。
隣に座るキャスも首を縮めて、反省の声を上げる。
「そう、そうなのよね……。先に進んでいないけど大丈夫なのかしらと、私も心配はしていたの。でも、つい食欲に負けちゃって……」
「仕方ない。旨い飯を前に我慢はできない」
カトラリーを使うことなく、手掴みでパンケーキを噛みちぎりながら、黒クマ獣人のゾフィが真顔で訴える。
その相方のデクスターの皿は既に空っぽだ。妻の発言に大きく頷いて同意を示している。
一応、反省している二人と開き直っている二人を交互に見やり、ナギはそっと首を巡らせた。
視線の先には、こちらもパンケーキの皿を空っぽにして、優雅に食後のハーブティーを楽しむ美女二人の姿がある。
頼れる師匠たち、ラヴィルとミーシャだ。
「──師匠、こんなにのんびりしていて叱られないのか?」
エドがラヴィルをまっすぐ見つめて、ストレートに聞いた。
ぴくり、とうさぎ耳が揺れたが、涼しげな表情はそのままにラヴィルは優雅な所作で肩を竦めて見せる。
「私の仕事は案内役の貴方たちの護衛だもの。ダンジョンの探索と踏破に責任はないはずだから、叱られないわ。……たぶん」
自信満々に答えていたが、多分、のところがめちゃくちゃ小声だった。
これはアレだ、多分叱られちゃうやつだ。
いつもは誇らしげに揺れている、うさぎ耳がへにょりと力なく垂れていた。
ナギはおそるおそる、ぴるぴると震える白うさぎさんの隣に座る師匠へ視線を向ける。
「なら、案内役護衛兼、報告担当のミーシャさんが叱られちゃうのは確実なんじゃ……?」
「か、くじつ……⁉︎ では、ないと思います。ええ。私はきちんと護衛任務を遂行していますし、報告書も書いていますから」
キリッと表情を引き締めて断言するエルフさん。じーっとナギが見据えていると、やがてそっと視線が逸らされた。
「……とは言え、少々予定が遅れ気味なのは確かです。本日からは効率良く魔獣を狩り、先へ進むことにしましょうか」
ミーシャの提言に、『黒銀』のリーダーであるルトガーが大きく頷いた。
「そうだな。ナギには悪いが、採取は報告用に少しだけにしてもらって、魔獣はフロアボス狙い、最短で階層を突っ切ることにしよう」
「珍しい食材の採取……うう、仕方ないですよね。了解です……」
肩を落とすナギの傍らに、ミーシャがそっと寄り添ってくれた。
「大丈夫ですよ、ナギ。採取は精霊たちに手伝ってもらえば、たくさん確保できます」
「はっ……! そうですね、精霊さんたちにお願いすれば!」
「蜂蜜入りの甘いミルクを報酬に依頼すれば、珍しい食材もレアな薬草も採り放題です」
「おお……! 素晴らしいですね、精霊さん! 甘い物が好きなんでしょうか」
こっそり耳打ちされ、ナギはぱっと顔を輝かせた。麗しい貌に微笑をのせて、ミーシャがこくりと顎を引く。
「大好物です。蜂蜜と焼き菓子が特に好きですが、珍しい物にも目がないので、きっとゼリーやプリンも気に入ると思いますよ? 精霊たちと、ついでに私たち用にたくさん作っておくことをおすすめします」
「何となく下心も感じますけど、そういうことならたくさん作っておきますね!」
美味しい魔獣肉が大量に入手できないのは残念だが、ダンジョンにはまたエドと二人で挑戦しに来れば良い。
それよりも等価交換──になるのかは不明だが、精霊たちに貢ぎ物を捧げたら、甘い果実や珍しい野菜、希少な薬草が手に入ると言うのはありがたい。
(精霊魔法の使い手であるミーシャさんがいないと交渉は出来ないけど、最短で階層を突っ切りつつ、素材を採取できるのは嬉しいかも)
精霊たちなら、自分たちが気付かず見過ごしていた有用な植物にも詳しいことだろう。
まだ見ぬハーブや香辛料が手に入る可能性は高い。
「よし! では、食事が終わったら、すぐに次の階層を目指すぞ。今回もエドに案内役を頼む。雑魚はなるべく放置か瞬殺、目当てはフロアボスだ」
ルトガーが方針を口にして、皆が頷く。
美味しい魔獣肉料理があまり食べられなくなるのかと残念そうにしていたが、そこは腐っても銀級の冒険者グループ。
気持ちを切り替えて、すぐに装備を確認していた。
◆◇◆
本気を出した『黒銀』は強かった。
魔法を使うのは、キャスだけ。他の三人は【身体強化】や武術系のスキルを駆使して、危なげなく魔獣を討伐していく。
個々の能力も高いが、何よりチームワークが素晴らしい。
無駄なく、確実にダメージを与えていく彼らの戦いに触発されてか、エドがとても張り切っているのが分かった。
さすが、脳筋ラヴィ師匠に鍛えられているだけあって、エドも結構な戦闘狂だ。
そして、叱られることがよほど嫌だったのか。案内人の護衛役だったはずの白うさぎさんは何なら率先して魔獣を瞬殺している。
低階層の魔獣は彼女の敵ではないようで、愛剣を使うことなく、すらりとした美脚から繰り出される蹴りで巨大な魔獣を地に倒していた。
「わぁ……」
「危ないですよ、ナギ。ぼうっとしていると巻き込まれます。ラヴィは興奮すると周囲があまり見えなくなるから」
「うわぁ……」
ちょっとドン引きしたのは内緒である。
頼れる魔法の師匠であるミーシャは油断なく防御結界を維持しつつ、精霊たちに「おねがい」をしてくれているようだ。
ナギがおずおずと差し出した、蜂蜜をたっぷり投入したホットミルクとお茶請けのクッキーはあっという間に消えてしまった。
「気に入ってくれたようですね。張り切って採取しに飛んで行きましたよ」
「本当ですか? 良かった!」
採取も精霊にお願いしているので、暇なのはナギ一人だけ。
とは言え、皆より体力も脚力もないので、遅れないよう必死に歩くことが仕事と言えば仕事かもしれなかった。
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