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〈冒険者編〉
233. 拗ねた仔狼はかわいいけれど
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『ローストディアサンド、相変わらず旨いですね! 意外だったのが野菜サラダで、これは止まらない……』
シャクシャクと小気味良い音を立てながらサラダを咀嚼する仔狼。
ローストディアをたっぷり挟んで、マスタードとマヨネーズで味付けたサンドイッチをぺろりと平らげ、真剣な表情でサラダボウルに顔を突っ込んでいる。
「ベーコンとガーリックを細切れにしてカリッと揚げただけなんだけど、皆に好評だったんだよね。ちょっとした味変に使えて便利なのよ」
えへん、と胸を張るナギ。
賑やかな夕食を終え、プリンのおかわりをねだる連中を華麗にスルーし、解散して。
後はゆっくりと休むだけ、とエドと共に寝室に引っ込んだ。
そうして、ずっと一匹で我慢してくれている彼のために夕食を用意してあげたのだ。
寝室には念のために、遮音の魔道具を使ってある。多少、騒いだとしてもリビングで眠る四人に聞こえることはないだろう。
(辺境伯邸から貰ってきた魔道具だけど、意外と使えるわね。売り払わなくて良かった!)
辺境伯の執務室で使われていた魔道具は一見、ペーパーウェイトにしか見えない水晶玉だったが、念のために鑑定して魔道具だと気付いたのだ。
しっかり確保して【無限収納EX】内に放り込んだのは言うまでもない。
魔道ランタンや魔道テントなどと一緒に買い取ってもらう予定だったが、意外と便利なことに気付いて確保してある。
今回のように内緒の話をする際に使うのはもちろん、野営時に大活躍なのだ。
(森の中や水辺の近くでの野営は、虫の音や夜行性の獣の鳴き声がうるさいのよね……)
虫の音は慣れればそれほど気にならなくなったが、狼の遠吠えや鳥の雄叫びには睡眠を邪魔されるので、遮音の魔道具はとても重宝している。
本来は室内で起動し、外に聞こえないように音を遮る魔道具だったが、野営時のテントの周辺を範囲指定して起動すると、外の音を遮断できるのだ。
もっとも、そういう特殊な使い方をする場合、魔石の負担は大きいので、たっぷり魔力を込める必要はあったが。
(何にせよ、この魔道具のおかげでアキラともおしゃべりできるし、大助かりよね)
コテージの寝室にはしっかりと鍵を掛けてあるし、師匠二人を筆頭に宿泊している女性陣が押しかけてくるようなマナー知らずだとは思わないが、何が起こるか分からないのだ。
(エド以外の気配を感じたら、きっとミーシャさんやラヴィさんが心配してドアを蹴破ってきそうだもんね……)
なので、仔狼を抱っこして眠りにつく夜には鍵を忘れないし、念のために遮音の魔道具を使っている。
仔狼は基本、念話を使って意思を伝えてくるが、油断すると可愛らしい声で鳴いてしまうので。
ともあれ、今はダンジョンで活躍できずに、少しばかり拗ねている仔狼のために美味しいご飯で懐柔中。
食材ダンジョンでドロップしたワイルドディア肉を使ったローストディアサンドは彼のお眼鏡に適ったようだ。
オーク肉ベーコンとガーリックのフライドチップは特に気に入ったらしいので、サラダ以外の料理にも使おう。
「パスタや炒飯、おにぎりの具にも合いそうだよね」
『全部、食べ比べたいですっセンパイ!』
上機嫌に尻尾を揺らす仔狼の頭を撫でながら、ナギはにこりと笑う。
「食べ比べ、良いわね。空いた時間で作り溜めしておくわ」
『やったー!』
キャン、と甲高い声音で一声吠える。
遮音の魔道具、大活躍だ。
存分に外を駆けられないことで悪かった機嫌もかなり上向いたようなので、ここで最終兵器を出すことにした。
「では、とっておきを。食後のデザートのなめらかプリンです!」
『プリン……!』
黄金色の瞳が期待に輝く。
キラキラとした眼差しに見据えられ、ナギも笑顔で【無限収納EX】からプリンを取り出した。
仔狼が食べやすいように、スプーンですくい取ったプリンをサラダボウルに盛り付けてある。
たっぷりとカラメルソースを回しかけ、おまけにホイップクリームを添えてみた。
チェリーがないのが残念。この世界に桜の木はあるのだろうか、とふと思う。
『プリンだー! しかも、やわらかいやつ! 俺、ブームだった固めのプリンより、こっちの方が好きだったんで嬉しい!』
そう言えば、前世ではレトロブームで喫茶店のプリンは固めなものばかりだったような。
「私はどっちも好きだったけど……アキラがこっちが良いなら、時々作ってあげるね」
『やったー! んんんっ、おいしー! このチープな感じ、最高!』
かふかふっ、と大きな口であっという間に三個分のプリンを平らげた。
名残り惜しそうに皿を舐め、口元をぺろぺろさせている小さな黒狼の姿はとてもチャーミングだった。
「うん。スライムゼリーはたくさん確保しましょうプリンのために!」
『スライムいいなー。俺も狩りたい……』
「今回は他のメンバーがいるから、こっそり夜中に抜け出すのも難しそうなのよねー……」
キューン、と切なく鳴く仔狼の首元を撫でてやりながら、ナギはため息を吐いた。
コテージには女性チームが四人泊まっているし、こっそり抜け出せたとしても、外のテントには気配に聡い獣人のデクスターがいる。
(まず、ラヴィさんの耳を誤魔化せる気がしないし)
黒クマ獣人のゾフィも普段はぼんやりとして見えるが、【気配察知】スキル持ち。耳も鼻も良いのだ。
(ミーシャさんも私の知らない精霊魔法で網を張っている気がする……)
セーフティエリア内、さらに結界の魔道具を展開しているコテージに宿泊していても、長く生きているエルフの魔法使いは油断なく精霊魔法を展開しているだろう。
何となくの気配くらいしか分からないが、エルフであるミーシャの周囲には常に精霊がおり、彼女に耳打ちするのだと聞いたことがある。
周辺にいる魔獣の数や潜んでいる場所。甘い果実が実る木を教えてくれたり、ダンジョンでは罠を見破ることも出来るらしい。
どれほど上手に気配を隠してコテージから抜け出せたとしても、精霊の目を誤魔化せるとは思えなかった。
しゅん、と耳を寝かせて項垂れる姿が気の毒で、つい甘やかしたくなってしまう。
「夜に抜け出すのは無理だけど、お休みの日の自由時間に二人だけで出掛けようか?」
『……いいんですか? でも、他の連中にバレるんじゃ……』
「そこはちゃんと説得してみせるわ。低階層で採取がしたいからって。エドがボディガードでついてきてくれるから、きっと大丈夫だと思う」
ここまでの階層に辿り着くまで、ナギも何度か魔法を使って戦っている。
師匠であるミーシャに鍛えられ、ナギの扱う魔法はより鋭く、洗練されたおかげで、銀級の冒険者パーティである『黒銀』メンバーにも認められていた。
『……じゃあ、次の休みには俺、思いっきり外で走れる?』
「もちろん」
『あっあっ、スライムとか、魔獣を倒しても?』
「むしろ、たくさん狩ってくれると嬉しい。ドロップアイテムを確保したいもの」
『俺、頑張る!』
張り切った仔狼が反復横跳びよろしく、跳ねて喜ぶのを微笑ましく見つめる。
拗ねた仔狼も可愛らしかったけれど、喜ぶ姿はひときわ魅力的なのだ。
「まぁ、次の休みは三日後だから、もう少し我慢が必要だけど」
『我慢します! 俺、良い子だから!』
「うんうん、アキラはいい子だねー? よしよし」
ここぞとばかりに抱き上げで、もふもふに頬擦りする。
『それはともかく。いくら、視察だとしてもちょっと進みが遅すぎません? 期限までに間に合うんですか?』
「うっ……」
痛いところを突かれて、ナギは押し黙った。自分でもちょっとヤバいかなー? とは思っていたのだ。
とびきりの食材が手に入る、夢のようなダンジョンをついつい満喫してしまっていた。
本来ならストッパーとなるべき、お目付け役の師匠二人を筆頭に『黒銀』メンバーもうっかり餌付けしてしまい──皆、先を急ぐよりも美味しい食材確保に専念している状況で。
「……だね。明日、皆に先を急ぐようにお願いするわ」
シャクシャクと小気味良い音を立てながらサラダを咀嚼する仔狼。
ローストディアをたっぷり挟んで、マスタードとマヨネーズで味付けたサンドイッチをぺろりと平らげ、真剣な表情でサラダボウルに顔を突っ込んでいる。
「ベーコンとガーリックを細切れにしてカリッと揚げただけなんだけど、皆に好評だったんだよね。ちょっとした味変に使えて便利なのよ」
えへん、と胸を張るナギ。
賑やかな夕食を終え、プリンのおかわりをねだる連中を華麗にスルーし、解散して。
後はゆっくりと休むだけ、とエドと共に寝室に引っ込んだ。
そうして、ずっと一匹で我慢してくれている彼のために夕食を用意してあげたのだ。
寝室には念のために、遮音の魔道具を使ってある。多少、騒いだとしてもリビングで眠る四人に聞こえることはないだろう。
(辺境伯邸から貰ってきた魔道具だけど、意外と使えるわね。売り払わなくて良かった!)
辺境伯の執務室で使われていた魔道具は一見、ペーパーウェイトにしか見えない水晶玉だったが、念のために鑑定して魔道具だと気付いたのだ。
しっかり確保して【無限収納EX】内に放り込んだのは言うまでもない。
魔道ランタンや魔道テントなどと一緒に買い取ってもらう予定だったが、意外と便利なことに気付いて確保してある。
今回のように内緒の話をする際に使うのはもちろん、野営時に大活躍なのだ。
(森の中や水辺の近くでの野営は、虫の音や夜行性の獣の鳴き声がうるさいのよね……)
虫の音は慣れればそれほど気にならなくなったが、狼の遠吠えや鳥の雄叫びには睡眠を邪魔されるので、遮音の魔道具はとても重宝している。
本来は室内で起動し、外に聞こえないように音を遮る魔道具だったが、野営時のテントの周辺を範囲指定して起動すると、外の音を遮断できるのだ。
もっとも、そういう特殊な使い方をする場合、魔石の負担は大きいので、たっぷり魔力を込める必要はあったが。
(何にせよ、この魔道具のおかげでアキラともおしゃべりできるし、大助かりよね)
コテージの寝室にはしっかりと鍵を掛けてあるし、師匠二人を筆頭に宿泊している女性陣が押しかけてくるようなマナー知らずだとは思わないが、何が起こるか分からないのだ。
(エド以外の気配を感じたら、きっとミーシャさんやラヴィさんが心配してドアを蹴破ってきそうだもんね……)
なので、仔狼を抱っこして眠りにつく夜には鍵を忘れないし、念のために遮音の魔道具を使っている。
仔狼は基本、念話を使って意思を伝えてくるが、油断すると可愛らしい声で鳴いてしまうので。
ともあれ、今はダンジョンで活躍できずに、少しばかり拗ねている仔狼のために美味しいご飯で懐柔中。
食材ダンジョンでドロップしたワイルドディア肉を使ったローストディアサンドは彼のお眼鏡に適ったようだ。
オーク肉ベーコンとガーリックのフライドチップは特に気に入ったらしいので、サラダ以外の料理にも使おう。
「パスタや炒飯、おにぎりの具にも合いそうだよね」
『全部、食べ比べたいですっセンパイ!』
上機嫌に尻尾を揺らす仔狼の頭を撫でながら、ナギはにこりと笑う。
「食べ比べ、良いわね。空いた時間で作り溜めしておくわ」
『やったー!』
キャン、と甲高い声音で一声吠える。
遮音の魔道具、大活躍だ。
存分に外を駆けられないことで悪かった機嫌もかなり上向いたようなので、ここで最終兵器を出すことにした。
「では、とっておきを。食後のデザートのなめらかプリンです!」
『プリン……!』
黄金色の瞳が期待に輝く。
キラキラとした眼差しに見据えられ、ナギも笑顔で【無限収納EX】からプリンを取り出した。
仔狼が食べやすいように、スプーンですくい取ったプリンをサラダボウルに盛り付けてある。
たっぷりとカラメルソースを回しかけ、おまけにホイップクリームを添えてみた。
チェリーがないのが残念。この世界に桜の木はあるのだろうか、とふと思う。
『プリンだー! しかも、やわらかいやつ! 俺、ブームだった固めのプリンより、こっちの方が好きだったんで嬉しい!』
そう言えば、前世ではレトロブームで喫茶店のプリンは固めなものばかりだったような。
「私はどっちも好きだったけど……アキラがこっちが良いなら、時々作ってあげるね」
『やったー! んんんっ、おいしー! このチープな感じ、最高!』
かふかふっ、と大きな口であっという間に三個分のプリンを平らげた。
名残り惜しそうに皿を舐め、口元をぺろぺろさせている小さな黒狼の姿はとてもチャーミングだった。
「うん。スライムゼリーはたくさん確保しましょうプリンのために!」
『スライムいいなー。俺も狩りたい……』
「今回は他のメンバーがいるから、こっそり夜中に抜け出すのも難しそうなのよねー……」
キューン、と切なく鳴く仔狼の首元を撫でてやりながら、ナギはため息を吐いた。
コテージには女性チームが四人泊まっているし、こっそり抜け出せたとしても、外のテントには気配に聡い獣人のデクスターがいる。
(まず、ラヴィさんの耳を誤魔化せる気がしないし)
黒クマ獣人のゾフィも普段はぼんやりとして見えるが、【気配察知】スキル持ち。耳も鼻も良いのだ。
(ミーシャさんも私の知らない精霊魔法で網を張っている気がする……)
セーフティエリア内、さらに結界の魔道具を展開しているコテージに宿泊していても、長く生きているエルフの魔法使いは油断なく精霊魔法を展開しているだろう。
何となくの気配くらいしか分からないが、エルフであるミーシャの周囲には常に精霊がおり、彼女に耳打ちするのだと聞いたことがある。
周辺にいる魔獣の数や潜んでいる場所。甘い果実が実る木を教えてくれたり、ダンジョンでは罠を見破ることも出来るらしい。
どれほど上手に気配を隠してコテージから抜け出せたとしても、精霊の目を誤魔化せるとは思えなかった。
しゅん、と耳を寝かせて項垂れる姿が気の毒で、つい甘やかしたくなってしまう。
「夜に抜け出すのは無理だけど、お休みの日の自由時間に二人だけで出掛けようか?」
『……いいんですか? でも、他の連中にバレるんじゃ……』
「そこはちゃんと説得してみせるわ。低階層で採取がしたいからって。エドがボディガードでついてきてくれるから、きっと大丈夫だと思う」
ここまでの階層に辿り着くまで、ナギも何度か魔法を使って戦っている。
師匠であるミーシャに鍛えられ、ナギの扱う魔法はより鋭く、洗練されたおかげで、銀級の冒険者パーティである『黒銀』メンバーにも認められていた。
『……じゃあ、次の休みには俺、思いっきり外で走れる?』
「もちろん」
『あっあっ、スライムとか、魔獣を倒しても?』
「むしろ、たくさん狩ってくれると嬉しい。ドロップアイテムを確保したいもの」
『俺、頑張る!』
張り切った仔狼が反復横跳びよろしく、跳ねて喜ぶのを微笑ましく見つめる。
拗ねた仔狼も可愛らしかったけれど、喜ぶ姿はひときわ魅力的なのだ。
「まぁ、次の休みは三日後だから、もう少し我慢が必要だけど」
『我慢します! 俺、良い子だから!』
「うんうん、アキラはいい子だねー? よしよし」
ここぞとばかりに抱き上げで、もふもふに頬擦りする。
『それはともかく。いくら、視察だとしてもちょっと進みが遅すぎません? 期限までに間に合うんですか?』
「うっ……」
痛いところを突かれて、ナギは押し黙った。自分でもちょっとヤバいかなー? とは思っていたのだ。
とびきりの食材が手に入る、夢のようなダンジョンをついつい満喫してしまっていた。
本来ならストッパーとなるべき、お目付け役の師匠二人を筆頭に『黒銀』メンバーもうっかり餌付けしてしまい──皆、先を急ぐよりも美味しい食材確保に専念している状況で。
「……だね。明日、皆に先を急ぐようにお願いするわ」
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