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〈冒険者編〉
198. 宝石と琥珀糖
しおりを挟む食材ダンジョンの攻略は順調に進んでいる。
いま、二人が挑んでいるのは十階層。
森林フロアを抜けたのか、平野が広がっている。見渡す限りの荒れ果てた地平には、魔獣どころか木々や建造物のひとつも見当たらなかったが。
「【自動地図化】スキル、便利すぎるわね……」
「地中に大量に、何かがいるな」
右上のモニター画面には十階層の地図が広がり、足元に魔物の反応があった。
どこに何匹隠れているのか、丸見えだ。
こんなチートスキルをくれるなんて、ダンジョンを管理している創造神サマは何と太っ腹なのだろうか。
あまりにもチートすぎるため、ナギはもう【気配察知】や【隠密】スキルを使っていない。
ただひたすらに、魔法をぶっ放してストレス発散──ではなく、魔獣や魔物を殲滅することに集中している。
「この【自動地図化】のスキルは、ハイペリオン・ダンジョン内限定でしか使えないんだよね?」
「鑑定によると、そうらしいな」
「すっっごく残念! ダンジョン都市でも使えたら、とっても便利なのに……」
「仕方ない。ここのダンジョンの発見者特典なんだ。……それよりも、どうする? そこの穴から敵の巣に入れそうだが」
エドが視線を向けた先には、1メートル四方の不自然な穴が開いていた。
鑑定するまでもなく、そこが魔獣──いや、どうやら魔蟲の巣であることは明らかだった。
ナギはエドを振り返り、にやりと笑う。
「もちろん、アリ退治がんばるに決まっているでしょ!」
巣にいる魔蟲の正体は、ジャイアント・アント。体長1メートルの巨大なアリの魔物だ。
それほど強い種族ではないが、外殻が硬く、集団で襲ってくるのが厄介な相手かもしれない。
「中には50匹以上いるみたいね」
「俺が氷漬けにしてこようか?」
「うーん、それは時間が掛かるだろうし、私がやってみる」
目の前の巣穴の出入り口はこの一箇所のみ。何箇所かに分かれていたら使えなかった戦法だが、幸いジャイアント・アントの拠点は一方通行の巣穴のようなので。
「危ないから、ちょっと離れておこうか。先に土壁を作っておくから、その後ろから攻撃しましょう」
念のために魔力を多めに込めて、頑丈な土壁を作り、それを盾代わりに使うことにした。
あとは簡単。中級魔法の威力の炎の塊をアリの巣に放り込んで、蒸し焼きにするだけだ。
「撃ち漏らしがいたら、フォローをお願い」
「分かった。護衛は任せろ」
「じゃあ、撃つね。炎の矢」
ヒュ、と青白い炎の塊が巣の中に撃ち込まれる。数秒後に、ドン! と激しい破裂音のような衝撃が穴と地面から響き、エドが慌ててナギを抱え込んだ。
バックファイアのような熱風と炎の渦が穴を広げながら吐き出され、ナギ自慢の土壁を少しだけ焦がした。
「お、落ち着いた、かな……?」
「……魔法の火は消えたようだが。やりすぎだぞ、ナギ」
「ごめんなさい……。巣穴が結構大きかったから、このくらいの魔法が必要かなって」
「まぁ、いい。ちゃんと殲滅できたようだから、ドロップアイテムを回収に行こう」
「はぁい……」
しおらしく頷いて、ナギは先を歩くエドの背中を追った。
巣穴は幸い、爆発で埋まってはいなかったようだ。念のために風魔法で空気を入れ替えて、水魔法をいつでも使えるように待機しながら、そこかしこに散らばるドロップアイテムを拾っていく。
「魔石と、これは鉱石……? 違うわね、綺麗な色の琥珀糖だわ」
「こはくとう……? 砂糖なのか、これが?」
「ええと、そうね。砂糖菓子になるわね。食べる宝石って言って、ブームになった記憶がある。砂糖と寒天で作られている和菓子よ」
着色して楽しむことが出来るので、それこそ好きな色の鉱石の形に固めて、友人にプレゼントしたことがある。
まぁ、味は砂糖と寒天なので、ものすごく美味しい代物では無いが、見た目が美しいので贈り物として喜ばれていたと思う。
「ジャイアント・アントのドロップアイテムというのが不思議だけど、女性に人気が出そうだし、リリアーヌさんが買い取ってくれると嬉しいんだけど……」
「多分、大喜びで買ってくれると思う」
「好きそうだし、売るのも得意そうだよね、リリアーヌさん……」
百貨店の女性売り場に置けば、人気商品になりそうだと、ナギも思う。
それこそ、綺麗な宝石箱デザインのケースに色とりどりの琥珀糖を詰めて飾れば、上流階級のご婦人方ならお茶会用にとこぞって購入してくれそうだ。
「うん、よし! 頑張って琥珀糖を拾っていくね!」
師匠たちへのお土産にしても喜ばれそうなので、ウキウキと回収していく。
ジャイアント・アントの巣穴は十階層だけでも、あと五つあるので、この際すべて潰していくことにした。
◆◇◆
「フロアボスの女王アリの宝箱からドロップしたの、大きな琥珀糖かと思ったら……」
「本物の宝石だったな」
「食材ダンジョンだけど、ちゃんとしたお宝もあるのね」
宝箱からは紫水晶がドロップした。原石ではなく、加工済みの宝石で、五センチほどの楕円形にカットされていた。ネックレスやブローチに加工すると使いやすいかもしれない。
「気に入ったなら、ナギが持っておくか?」
じっと眺めていると、面白そうな表情でエドがこちらを見てきた。
陽に透かせるとキラキラ輝く宝石はとても綺麗だが、あいにくナギはあまりアクセサリーには興味がない。
「うーん、着飾る予定もないし。うちで文鎮代わりに使われるのは可哀想だから、買取りに出すわ。魔道具のアクセサリーだったら、嬉しかったんだけど」
「文鎮……」
どうせなら、高く買い取ってもらって、そのお金で高価な調味料や美味しい食材を仕入れた方が、喜びは大きい気がする。
そう言うと、エドは肩を揺らして笑った。
我ながら女子力というか、乙女心との無縁さに哀しくなるが、これでも前世よりはマシだと思う。
金髪碧眼の妖精のような美少女に転生したのだ。可愛らしいドレスにこっそりと着替えてみては、一人ファッションショーを楽しむ夜だってある。恥ずかしいから、エドにもアキラにも内緒にしているが。
「行くわよ、エド! 次の階層に!」
くつくつと笑う少年の手を引いて、ナギは転移扉に触れた。
◆◇◆
そうして、二人は次々とフロアを突破していき、大量のドロップアイテムを手に入れた。
十階層から下はしばらく魔蟲エリアだったようで、ジャイアントビーやアラクネ、巨大な芋虫のキャリオンワームなどを殲滅しながら、進んだ。
ジャイアントビーは琥珀色の魔石と蜂蜜をドロップした。
アラクネは残念ながら食材ではなくシルクの布を、キャリオンワームは金の粒を落としてくれた。
魔蟲が集めた蜂蜜は最高級品と名高く、ひと匙が銀貨一枚の価値だと聞いたことがある。
結構な数の蜂蜜を手に入れたので、エドと二人で舐めてみたのだが、噂通りの蜜の味にうっとりと蕩けてしまった。
蜂蜜入りのガラス瓶をナギは大事そうに【無限収納EX】に収納する。
「これは全部売らずに、半分は残しておこうね、エド」
「賛成だ。この蜂蜜を使ったフレンチトーストやパンケーキが楽しみすぎる」
そんな感じに相変わらずオーバーキル状態で魔物を倒しながら、二人は何日もかけてダンジョンを進んで行き、とうとう二十階層に到着した。
小高い丘の上に、ひときわ大きな木が枝を広げる、森林フロアだ。
ざわざわ、と揺れる木々が【自動地図化】に反応して点滅する。
「もしかして、この木が魔物?」
「トレントだな。数が多いから、二人で倒そう」
「ん、木の魔物だったら、きっと炎が苦手よね? エド、氷の壁でガードしてね!」
きっと、あの巨大な木がフロアボスなのだろう。遠目だが、たくさん実がぶら下がっているのが見えた。
(なんの木の実だろう? 美味しい果実か、ナッツか……。どちらにしろ、楽しみ!)
今のところ、食材ダンジョンにハズレ食材はなかったので、自然と期待してしまう。
ナギは高揚するまま、書物でしか目にしたことのない上級の広範囲魔法を周囲にむらがるトレントたちに放った。
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