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〈冒険者編〉
194. ハイペリオン・ダンジョン 1
しおりを挟むたっぷり十時間ほど眠り、ナギは目覚めた。魔力を枯渇させて倒れた時には真っ青だった顔色も、今はとても良い。
ぼんやりと空色の瞳を何度か瞬かせて、仔狼が枕元で鎮座しているのに気付いて、ふにゃりと笑った。
開口一番「おなかすいた……」とぼやいたのは、彼女らしいとアキラは苦笑する。
『センパイ、体調はどうです?』
「思ったよりも悪くない。と言うか、お腹が空いたのを除けば、むしろ元気かも」
ゆっくりとシングルサイズのベッドから身を起こすと、ナギは見下ろした両手を握ったり開いたりして頷いた。MPも全回復しているようで、笑顔を浮かべている。
「ん? ギリギリまで枯渇したからかな。魔力量がまた少し増えている気がする」
『……少し?』
「えっと、……かなり?」
ただでさえ人間やめますかレベルの魔力量を誇っていた少女が更に強化されたらしい。
仔狼は小さな肩を落とし、キュンと鼻を鳴らした。
とうとうハイエルフを越えて進化したナギには、未だ実感がないようで、不思議そうに首を捻っている。
「とりあえず、ご飯にしない? お腹がくっつきそう……」
『ですね。服も着替えた方がいいですよ。じゃあ俺はテントの外で見張ってます』
紳士な仔狼は一人用のテントから這い出すと、ふかふかの草原に腰を下ろして周囲を睥睨する。
ダンジョンの改変は無事に終わったようだ。
昨日までは無かった転移扉が草原にポツンと立っている。
あれに触れれば、ダンジョンの外──ハイペリオンの木の下に戻れるはずだが。
(センパイのことだから、ダンジョンに挑戦したがりそう……)
未発見、未踏破のダンジョンなのだ。
どんな罠や魔物が潜んでいるのか、何の情報も無しに挑戦するのは、本来ならとても危険な行為だった。
最寄りの冒険者ギルドに報告し、調査は高ランクの、それこそ金級冒険者に任せて、自分たちは報奨金をもらうのが正しい。
だが、ここは人もほとんど寄り付かない、大森林の奥深く。
最寄りの冒険者ギルドは片道十日は掛かる場所にあるし、報告しても調査が入るかは怪しい。
『こんな物騒な場所にあるダンジョンにわざわざ稼ぎに来ようと考える物好きはいないよなー……』
それに、何より。
このダンジョンがナギの希望に基づいて改変されているならば、当の彼女が尻込みするはずはなく。
『センパイが欲しい物……どうしよう、ひとつしか思いつかない……』
ナギに物欲がないわけではない。むしろ、かなりある方だと思う。
だが、どれも彼女は自力で稼いで購入し、試行錯誤の上に自作して手に入れてきた。
快適に暮らすための清潔で広くて綺麗なマイホーム。生活を向上させる魔道具。便利なキッチン用品など。
だけど、どうしても手に入らない物はある。前世で当たり前のように手にしてきた、それを彼女は三年前からずっと熱望してきた。
『いやいや、あれがダンジョンのドロップアイテムなら、ここに通おうと考える冒険者はいなくなるし、さすがに、ねぇ……?』
断言できない自分に落ち込む。
これはもう、手に負えそうにないので、仔狼は尻尾を巻いて退散することにした。
(あとはよろしく、エド! センパイのお守り、がんばって!)
徹夜は身体に負担が掛かるから、と見張りを途中で交代し、休ませていたエドにアキラは肉体の所有権を返す。
何やら文句を言われた気がしたが、ワンコには荷が重いので、耳を寝かせて素知らぬ振りをした。
「あれ? エド、おかえりなさい? 仔狼は戻ったんだね」
「逃げた」
「ん? 逃げた?」
「それよりナギ、食事をしよう。昨夜から何も食べていないだろう」
「うん、そうだね。ごめんね、私が意識を無くしたから、テントやコテージで休めなかったんだよね? 失敗したなぁ……」
「自分用のアイテムバッグに魔道テントは幾つか確保してあるから平気だ。食料や野営道具も収納しているしな」
大森林で数ヶ月サバイバル生活をして過ごしてきたエドはその辺はぬかりない。
ダンジョンアタック中にナギとはぐれたり不測の事態に陥ることも考えて、1ヶ月は自炊できる準備は整えている。
ナギ謹製のマジックリュックにマジックポーチ、バングルもアイテムボックスとして使えるため、かなりの物持ちだった。
「幸い、ここはまだダンジョン入り口でセーフティエリアのようだ。コテージで少し休むと良い」
エドの【鑑定】と仔狼の【索敵】で安全は確認済みだ。
ナギはほっとしたように笑うと、コテージを【無限収納EX】から取り出して設置した。
半日ほど絶食していたナギだが、その細い肢体のどこに、というほど食べた。
時間的には朝食だが、テーブルいっぱいのご馳走を幸せそうに平らげていく様は見ていて気持ちが良い。
もちろん、エドも遠慮なく手を伸ばす。
さすがに空腹の中、調理をする余裕はなかったので、ナギは作り置きしておいた料理を解禁した。
キノコとホーンラビット肉の炊き込みご飯、野菜たっぷりのポトフにコッコ鳥の照り焼き。ボア肉の角煮、ディア肉唐揚げは絶品だった。
オーク肉ハンバーグは特製のデミグラスソースで煮込まれており、うっとりするほど美味しい。
エドもナギも無言で皿を空にしていき、デザートのマスカットタルトのホールケーキも綺麗に完食した。
「ふぅ……美味しかった。久しぶりにたくさん食べちゃったわ」
我に返ったナギは少し恥ずかしくなったのか、ほんのりと頬を薔薇色に染めている。
魔力やスキルを使うと、無性に腹が減るので仕方ない。
それに、少食で好き嫌いの多いお嬢さまより、美味しくたくさん食べるナギの方がよほど好ましいと思う。
お腹が落ち着いたナギは風呂に向かい、汗を流して楽な部屋着に着替えてきた。
すっかりいつもの調子を取り戻したようで、綺麗な空色の瞳は好奇心が抑えきれないようにキラキラと輝いている。
「ここは、あの木が入り口になっていた未発見ダンジョンなのよね?」
「そうだ。ナギの魔力を得て、眠っていたダンジョンが息を吹き返した。半日の間に改変も済んだようだから、少しずつ魔獣や魔物が増えていくのだと思う」
なにせ、ここは大森林の中。魔素は周囲に渦巻いているので、ダンジョンのドロップアイテムにも期待が持てるだろう。
飽くまでも、普通のダンジョンならば。
「魔力を吸われたのはキツかったわ。未発見のダンジョンが、まさか最初の発見者を殺しに掛かるとは思わなかった」
「いや、死ぬことはなかったと思うぞ。ダンジョン自体は攻略されたがっているらしいし、大事な挑戦者を疎かにはしないだろう。多分、発見者の魔力を見定めてギリギリまで搾り取って使っているだけで」
「生かさず、殺さず⁉︎」
「いや、殺しはしない。放り出した場所もセーフティエリアだった」
「そうなのかなぁ? かなり苦しかったけど……」
ナギは少し不満そうだが、このハイペリオン・ダンジョンが二人に感謝しているのは確かだろう。
ナギは魔力を与え、このダンジョンの特性を導いた。お供のエドにもどうやらお裾分けをもらえたようだし。
小首を傾げている少女に、エドは早々に知り得た事実を伝えることにした。
「このダンジョンはナギの魔力を糧に、ナギの欲望をもとに再構築された。恩恵のギフトも貰えているはずだが」
「え? 待って待って。ステータス!」
ちなみにエドには【自動地図化】スキルが与えられていた。
探索にはとても便利な能力だ。
ナギもステータスを確認して驚いている。
「ハイペリオン・ダンジョン発見者って称号が付いているわね。あと、これは何だろう? ダンジョン名に備考で『食材ダンジョン』ってなってるんだけど……」
エドは無言でそうだろうとも、と頷いた。
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